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第二話 ここは何処で私は誰で

 燦々と照り付ける太陽の熱を後頭部に感じつつ、意識が段々と覚醒する。

 確かさっき、見たこともない何かに襲われて…… 

 

「起きたか?」

 

 と、うつ伏せになっていた俺の上方から、誰かが声を掛けた。

 

「うわぁ!?」


 体を起こして見たその姿を見て、思わず声を挙げていた。

 心配そうにこちらを見ていたその男の体は、半透明に透き通っていたのだ。


                        ※


 参道を歩く俺の隣にいるのは、白と碧の派手な袴を纏った青年。

 腰まで伸びた艶のある長い黒髪と、儚げな整った顔立ちは、一見女性にも見える。しかし、射抜くような鋭い目付きが、剣呑な雰囲気を漂わせていた。


「ええと、あなたの名前は? あ、俺は鏑木悠かぶらぎ・ゆうです」

「……分からん」


 階段を下り、左右に分かれた林道に立つ。

 行く当ても無いが、取り合えず記憶にある街の方向へ行ってみようか。


 傍から見れば、一人で質疑応答を繰り返している変人に見えただろう。何せ俺が話しているのは、自分に取り憑いた亡霊なのだ。今朝から体が重たかったのは、この人が憑いていたせい。突然気絶してしまったのは、経験したことのない激しい運動を急に行ったせいだろう。

 知らない場所に放り出されたときや、命の危機に陥ったときとは違い、今はそれほど取り乱していなかった。

 霊が見えるのは生まれつきだ。とは言っても、ぼんやりとそこに何かがいると把握できる程度で、こうやって霊に取り付かれるのは初めてだった。

 しかし何故か、嫌悪感や不快感は無かった。こうして霊と話していることを、自然に受け入れられていた。 色々起こりすぎて、驚くことに疲れていたのかもしれない。


 今のところ実害はないけれど、この亡霊さんがどんな人なのかは気になる。 どうやら、自分の意思で俺に取り憑いた訳では無さそうだけど。


「あなたはどうしてここに? 言い難いなら構わないんですけど」

「分からん、何も思い出せんのだ。 お前は何か知っているのか?」


 亡霊さんは眉間にしわを寄せ、憂鬱の色を濃くする。


「困った事に、俺も似たような状況なんですよね」


 それから俺は、簡潔に自分の状況を亡霊さんに語った。行方不明の幼馴染を探していたら、全く見知らぬ土地に流れ着いてしまったことを。

 何も覚えていない亡霊さんと、何も知らない俺。ある意味、似合いの二人かもしれない。  


「さっきは、ありがとうございました」


 どさくさで礼を言い忘れていたが、さっき亡霊さんが手を貸してくれなければ、多分俺は死んでいただろう。今更そのことに思い至って、背筋が寒くなる。


「気にするな、勝手に体が動いただけのこと」


 道幅は次第に広くなり、周囲の景色も、緑一色から変化し始めていた。 

 民家や、農作業をする人もちらほら見え始める。藁葺き屋根の質素な家に、淡い色をした素朴な服装の人達。田舎というよりも、まるで時代劇の中にいるようで。


「もしかして、タイムスリップ……?」


 あの井戸を通って、時間を遡ってしまったのだろうか。でも、昔は月が二つあったなんて聞いてない。

 首を傾げながら歩いていると、いつの間にか、足は小さな村の中へと入っていた。

 立ち並んだ民家も、見知ったものより数百年は前と思わしきものばかりで。 ここが過去にしろそうでないにしろ、今まで住んでいた所よりも古い文化の場所だと推察出来た。


 と、村の中央、丁度広場のようになっている場所に、大勢の人々が集まっているのが見えた。


「お前さん、見たこと無い顔だな。 それに、えらい珍妙な格好して」


 そこで、自分の格好が上下学校指定のジャージのままだったことに気付く。 動きやすく丈夫で、見栄えを気にしなければ便利な服だった。が、周囲の人からすれば、明らかに浮いている。   


「た、旅人なんです」

「はぁ、珍しいね」

 

 誤魔化せたかは微妙だが、どうにか納得してくれたようだ。

 

「あの看板は?」


 どうやら村人は、広場に建てられた看板を見に来ているようだった。 内容を確認しようとするが、人の群れに遮られてよく見えない。


「あんた、しらねぇのか!?」


 最初に話し掛けられた人とは違う村人が、酷く驚いた様子でこちらを向いた。


「え、ええと、まあ」

「アヤカシだよ、アヤカシ」

 

 いつもだったら冗談だろうと聞き返す所だったけど、昨日今日に掛けて不思議な事を経験した後では、その言葉もすんなりと頭に入る。

 本殿で襲い掛かってきたあの怪物も、アヤカシというものの一種なのだろう。


「でけぇオニが、自分の嫁にするために女子おなごを集めてるって話だ」

「あの看板はよぉ、そのオニを倒せる奴を集めてんのさ」

「ここらは領主さまの目もとどかねぇし、戦える奴なんていねぇしな」

「最近物騒だとは聞いてたけどよ、まさかこんな田舎にまでとはねぇ」


 アヤカシを知らない事が余程珍しかったのか、村人達は俺を取り囲んで口々に話し出した。 


「それって、どんな子ですか?」


 女の子を集めているとは、もしかして。


「さあ……あちこちの村々から、見境なしにって話だけど」

 

 神社を出る前に、またあの井戸を覗いてみた。が、何度覗き込んでみても、あのときのように光ったりはしなかった 井戸の底は日の光が差さないくらい深くて、飛び込むのは無謀だ。井戸が原因だったとすれば、少なくとも今はあっちに戻れない。

 もしあいつもここに飛ばされていたとしたら、あいつも、俺と同じように戻れなくなっているんじゃないか。女を攫うアヤカシの話を聞き、気が気でなくなっていた。


「もしかしてあんた、退治に行くつもりかい?」

「やめとけやめとけ、見た所、お侍さんでもねぇようだしよ。 若いのにわざわざ死ぬ事もないだろ」  

「そういう訳じゃないんですけど、ええと、危険を避けるために、そのオニが何処にいるか教えてもらえませんか?」


 騙すようで心苦しいけど、一回引っかかってしまったら、確認しなければ気が済まない。


「はあ、だったら……」

 

                            ※


 村での会話から数時間後、俺は最初に目覚めた神社から程近い山中にいた。


「この道を真っ直ぐ、ね」


 あの神社からさらに奥、山道を子一時間ほど分け入った所に、オニのいる砦があるらしい。


 村人にはああ言ったが、あいつが囚われている可能性がある以上、放ってはおけない。

 いきなり乗り込むつもりは流石にないが、せめてどんな人が攫われたのかだけでも確認できれば。


「アヤカシ、か」

「覚えてるんですか?」


 ずっと黙っていた亡霊さんがぽつりと呟き、思わず聞き返す。


「聞き覚えがある気がしてな」


 元々この世界の住人だっただろうし、その縁かな。


「亡霊さんは、やりたいこととかあります?」

「何故そんな事を聞く」

「こうやって俺に取り付いてるのは、なにか未練があるんじゃないかなって」

 

 亡霊さんは、余程強い心残りがあったのだろう。でなければ、記憶を失っても現世に留まり続けていられないはず。


「分からん、何も」

「だったら、俺が探しますよ。あなたが誰なのか、どうして死んだのか。 それが分かれば、あなたのやりたいことも見えてきますよね」


 その言葉は前もって考えていたものではなく、自然と口から出ていた。


「いいのか? お前には、他にも探し物があるはずだが」

「あいつを見つけるのも大事です。けど、あなたには命を助けてもらった恩がある。 それに、なんとなく放っておけないんです」 


 なんとなくだが、取り憑かれたのも一つの縁かもしれないと感じていた。経緯は多少変わっているけど、知り合った人が困っているのなら助けたい。 

 あるいは、この見知らぬ土地で一人くらいは友達が欲しいだけなのかも。


「別にただでやる訳じゃないですよ。 その代わりといったらなんですけど、あなたの剣の腕を俺に貸してもらえませんか?」


 村人の話から、この世界がかなり物騒であると察せられた 少なくとも、自分の身は自分で護らなければならないだろう。これからあいつを探しに行く道筋には、アヤカシや、ひょっとしたら人間と戦わなければならないかもしれない。

 全く戦闘能力の無い俺にとって、亡霊さんの凄まじい剣の腕は喉から手が出るくらい欲しいものだった。


「……聞こえる」

「亡霊さん?」

「向こうだ!」

 

 何かに気付いたような亡霊さんが、山中の一方向を指差す。確信に満ちた声に背中を押されるように、俺の足はそちらへと向かった。

 と、打撃音らしき鈍い音と、何かの高い鳴き声が断続的に聞こえてきた。 それは進むに従って、段々と音量を増す。 

 数分進んだ所で、音の発生源へ辿り着いた。伐採の後なのか、少しだけ森が開けている場所で、軽装姿の少女が見覚えのある小さなアヤカシ達に囲まれている。 少女は必死に抵抗しているようだが、数の不利は覆せていないようだ。 このままでは、アヤカシに倒されるのも時間の問題だろう。

 少女の姿は、服装も髪型も、あいつとは似ても似つかない。幸い木々に遮られて、アヤカシはこちらにはまだ気付いていないようだった。このまま静かに立ち去れば、襲われずにすむだろう。

 けど、女の子が襲われているのに、ただ見ているだけなんて出来ない。とはいえ、あれだけの数相手にどうやって。


「記憶が無かろうと、今何を為すべきかは分かる。お前の体、今一度貸してはくれぬか?」


 亡霊さんの言葉は、俺の気持ちを見透かしたようで、


「勿論!」

 

 答えは、最初から決まっていた。

 視界が真っ白に染まり、意識が一瞬で途切れる。あの浮遊感も、今は心地よかった。 

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