第十六話 刀の少女
「な、何故わらわが体に入れていないのじゃ!?」
突如現れた金髪の少女は、目の前でわたわたとわめき散らしていた。
アヤカシを蹴散らしている亡霊さんの体に何度も体当たりを繰り返しては、無情にも弾き返されている。
体が半透明であり、周りにいたルリ達が反応していないということは、亡霊さんと同じく周りに見えていないようだけど。
「あの」
「奴が剣を抜いた瞬間に、わらわが奴の体を乗っ取るはずがどうして」
いくらやっても成果が出ないことに業を煮やしたのか、少女は地団太を踏んで悔しがり始めた。最も実体がないので、地面には何の後も付いていないが。
「ちょっと、聞こえてますか?」
「うわぁ!? だれじゃ貴様は!」
ようやく俺の問いかけに気付いてくれた少女は、こちらを振り返るなり凄まじい勢いで驚いていた。
どうやら、今まで俺の存在に気付いていなかったようだ。
「誰って、ユウですけど」
俺の姿をまじまじと確認した少女は、目を大きく見開いてあっけにとられた様子を見せる。
「……確かに、あの男じゃ。 なら、今あの体を動かしているのはだれなんじゃ!」
「あなたって、この前夢の中に出てきた人ですよね」
そのあたりを説明すると長くなるし、さっきから目の前の少女に質問したくて仕方がなかった。
「そうじゃ、何か文句でもあるのか」
腕を組んで胸を反らし、居丈高になって答える少女。
「いや、なんか雰囲気が違うなぁって」
夢の中であったときは、もっとおしとやかで清楚な感じだったのに。
「ぐっ、今更取り繕えんか」
観念したように俯いてから、少女はぽつぽつと語り出した。
夢の中に出て神秘的な少女を演じたのも、玄関で語り掛けたのも、出掛ける俺に刀を持っていかせるため。この年の男相手なら、ああいう性格の方が受けがいいと思ったらしい。
「あの夢って、刀と関係してたんだ」
「知らなかったのじゃ!?」
刀を携行したのは、あくまで有事の際の備えであり、別に夢の内容は全く関係がない。
それを聞いた少女は、それなら全く無駄だったではないか、わらわは何のために、等と早口で言っていた。
「ええと、じゃああなたは刀の……妖精?」
「何でじゃ! わらわは由緒正しき付喪神じゃ」
俺の間違いを、びしっと音が出そうなほどの鋭い手刀で訂正される。
そういえば、ルリがそんなアヤカシについて前言ってたっけ。
「ってことは、家具達を操ってたのも」
「その通りじゃ、久しぶりの目覚めで力が有り余っておったからの」
胸を反らし、誇らしげに少女は答える。
「何であんなことを」
「わらわを忘れ去った人間達に思い知らせるためじゃ」
悪びれる様子は全くなく、自分がやったことは心から正しいと思っているようだった。
「ユウ、何かあったのか?」
と、戦闘を終えた亡霊さんが心配そうに呼び掛けた。どうやら、こちらの様子がおかしいことに気付いたようだ。
「ええっと、実は今……」
見知らぬ少女が現れたこと、その少女が刀に関係しているらしいことなどを、かいつまんで伝える。
「なるほど、お前が体を乗っ取られなかったのは、私が先に入っていたせいだろうな」
亡霊さんは驚く素振りも見せず、冷静に状況を把握していた。
「だ、だれじゃお前!」
「名無しの亡霊だ」
「なんじゃそれは!」
何だと聞かれても、俺も亡霊さんも全く知らないのだから答えようがない。
「ええい、貴様のせいでわらわの完璧な計画が」
「そもそも俺の体を乗っ取ったとして、それからどうするつもりだったんですか?」
この場で体を奪ったところで、俺の体の能力はたかが知れてるし、この世界での地位や影響力も特にない。乗っ取った後の、具体的な先の見通しは立っていたのだろうか。
「それは、人間に復讐を……」
少女が言葉を濁らせた、そのとき。
「ユウ? どうかしたのぼーっとして」
「取りあえず体は返しておくぞ」
刀を鞘に納めた亡霊さんが、次第に俺の体から抜け出ていく。
「なっ! まだわらわの話は終わって」
「なんでもない、大丈夫」
体に戻った後も、少女の声は聞こえ続けていた。
「ええい、わらわを無視するなー!」
それからも少女は暫く叫んでいたが、俺が反応を返さなくなると次第に静かになっていた。
「これからどうしようかしら、一気に中へ突っ込む?」
さっき飛び出してきた敵の後、洞窟の中から敵は現れなかった。でも、今の騒ぎを聞きつけて、村から増援がくるかもしれない。
「ああ、行こう」
※
松明の弱々しい明かりのみが照らしてている洞窟の中を、足場を踏み外さないように慎重に進んでいく。
採掘途中でアヤカシに襲われたのか、坑道内にはツルハシ等が無造作に打ち捨てられていた。
「せ、せまいね」
「頭をぶつけないように注意して」
体の大きいモモにとって。この狭い坑道は相当動きにくいようだ。
そのまま数十分進んでいった場所で、唐突に道は途切れていた。
「ここで行き止まり?」
「いや、こっちに細い道がある」
行き止まりの斜め前に、坑道より細い道が更に奥へと伸びている。
「ほんとだ」
恐らく、ここで本来の坑道は終わりであり、ここからが遺跡発掘のための通路なのだろう。
「モモはここで、増援が来ないか見張っていてくれるか?」
「わかった」
人一人がようやく通れる程度の通路では、流石にモモが通るのは無理だ。モモに後詰を頼んで、俺とルリは通路の先へと足を踏み入れる。
俺達の少し上を滞空する火球が、唯一の照明となって僅かな範囲を照らしている。
狭い通路の中を、ルリと手を繋いで進んでいく。松明すらないここでは、ルリの陰陽術だけが頼りだ。
「全く、何故わらわがこんな目に……」
と、今まで黙り込んでいた少女が不意に口を開いた。
「そういえば、あなたの名前は?」
今までとは違う落ち着いた様子に、思わず心の中で呼び掛けていた。
「わらわは影切丸、かつて天下にその名を轟かせた名剣じゃ」
大きく胸を張り、いかにも尊大な態度で名乗る少女。とはいっても、こっちに聞き覚えはないのだが。
「もしや、知らぬのか?」
何と言っていいのか分からずに黙っていたら、少女は不安げな顔で問いかけてきた。
「あんまり詳しくないんで……」
「私は記憶がないからな」
「ええい、このうつけものどもめ」
俺と亡霊さんの返答に、少女は不満げに腕を組んだ。
「そんな凄い剣が、どうして神社に眠ってたんですか?」
「知りたいか、なら聞かせてやろう」
影切丸とは元々の名前ではなく、人を切った際その影までも両断したという逸話から名を付けられたそうだ。
その切れ味は各地に知れ渡り、ときの有力者達がこぞって追い求めるほどの一品として知れ渡っていたらしい。
「わらわほどの名剣となれば、神社に奉納されるのも当然の流れじゃった。じゃがしかし、いつの間にか人間達はわらわのことを忘れ、神社もすっかり荒れ果ててしまった。わらわも、倒壊した本殿の残骸に埋もれてしまったんじゃ」
過去のことを語っている少女は、懐かしさとも悲しさともとれない複雑な表情になっていた。
「話しておったら、また怒りが湧いて気おった。貴様の体を乗っ取れていれば、人間達への復讐を果たせていたのに」
少女の顔が、悔しげにゆがむ。
「でも俺を乗っ取ったところで、大したことは出来なかったと思いますけどね」
「そもそも貴様があの時、わらわの邪魔をしていなければ……」
と、通路の先が開け、不意にひんやりとした冷たい空気が流れ込んできた。
「ユウ、これって」
それと同時に、何かの大きな呼吸音が聞こえ始める。
細い通路をぬけたそこに広がっていたのは、おびただしい量の残骸がただ転がっている光景。聞いていた遺跡のようなものはなく、岩や木材の破片のみが残されていた。
そして、残骸の中央には。
「生き残りの村人……じゃあないわよね」
隣にいるルリは、緊張感をあらわにしてそれを見つめている。
体長およそ2、30m、体色は全身真緑で、蛇の胴体に、無理やり豚の顔と足をくっつけたとしか言いようのない奇妙な体。豚蛇は激し呼吸を繰り返し、その度に口から冷気が漏れている。
目ざとく獲物を見つけた豚蛇は、一気にこちらへ襲い掛かってきた。