第十五話 狙われた遺産
ぱちぱちと弾ける枯れ枝の音が、不規則なリズムを刻んでいる。ぼんやりと燃える火が、どこか儚げな雰囲気を醸し出していた。
ドロク村への道中、俺達は森の中でたき火を囲んでいた。今日はもう遅くなったので、これから野宿だ。
モモは道中はしゃぎすぎたのか、既に座り込んで静かな寝息を立てている。
「思えば、誰かと一緒に野宿するなんて始めてね」
一緒に火を囲んでいたルリが、不意に口を開く。
「そうなの? 旅の途中で意気投合とか無かったんだ」
ルリは割と社交的な性格だから、知らない人でもすぐ仲良くなれそうなのに。
「こっちは女一人なのよ、普通は警戒するでしょ」
「でも、俺は別に」
最初に会ったとき、ルリは別に警戒なんてしてなかったような。
「あんたは例外ね、年も若くて、誰かを襲う度胸なんてなさそうだし」
褒められているのかけなされているのか分からない内容を、実に楽しそうに言うルリ。
まあ、そのお蔭でルリと会えたんだから別にいいけどさ。
「ルリと俺がこうして一緒に会って、モモもいて」
それに、亡霊さんも。
「これってさ、凄いことだよね」
あいつがいなくなって、それを追って俺がこの世界に来て、ルリやモモに出会う。確率からすれば、物凄く低いものだろう。
「確かに、少し前までは考えてもみなかった」
軽く笑ったルリの顔が、たき火に照らされている。俺達の間には穏やかな時間が暫し流れていた。
※
二日掛かって山道を歩き、もう少しでドロク村へ着こうかというとき。
「ユウ、あれは」
周囲の警戒をしていたモモが、前方を見て不意に驚いていた。
モモに持ち上げてもらって村の方向を見れば、入口には物々しい砦が建築されていて、砦の見張り台では明らかに村人とは思えない集団が見張りをしていた。
壊死したかのような紫色の肌に、ぼろぼろの腰布のみを纏った服装。血走った目でだらしなく口を開け、涎を絶え間なく垂らしている。
「アヤカシが、なんで」
どうやらドロク村は、アヤカシによって占拠されているようだった。
「どうするの?」
モモが判断を仰ごうと問いかけた、そのとき。
「危ない、ユウ!」
ルリの声に咄嗟に身を伏せると、さっきまで俺がいた場所へ、砦にいたアヤカシが襲い掛かっていた。
アヤカシが降ってきた方を見れば、同じ姿のアヤカシが数体、歯茎をむき出しにしてこちらを向いていた。
「こいつらはガキよ、一回噛みついたら死ぬまで離さないから注意して!」
「わ、わかった」
慣れた様子のルリと、少し戸惑っているモモに続き、森で拾った木材を構える。
「亡霊さん、頼みます」
「承知」
体を任された亡霊さんは、もう一度襲い掛かろうとした先程のガキを一撃で両断する。
続けざまに上空から降ってきたアヤカシたちは、ルリが放った火球に包まれて焼失し、生き残っていたものも、モモの拳で吹き飛ばされていた。
「大したことなかったわね」
辺りを見渡しつつ、ルリが呟く。
「村の周辺を警戒してたんだろうか」
ここまであっさりと倒せる奴らが、敵の本隊とは考えにくい。恐らくは、偵察部隊の類だろう。
「ここにいたらまた襲われるかもしれない、一旦離れよう」
まだ村のアヤカシ達に動きはないけど、今の戦闘で俺達の存在を気付かれてしまったかもしれない。今はここから離れて、村に何が起こっているのか調べないと。
襲撃された場所から離れ、村を見下ろせる森の中で、俺達は今後の方針を相談していた。
「村の周りを見てきたけど、村は完全にアヤカシが支配しているようね」
目を閉じて式神を操作していたルリが、長い溜息をつく。
村のいたるところにアヤカシがおり、最早普通の人間が残っているのかすら定かではないそうだ。
「あいつら、何が目的なんだろう」
と、村とは別方向を見ていたモモが、不意に言葉を発した。
「みて、アヤカシがこうざんにはいっていってる」」
「鉱山?」
モモの見ている方へ視線を向ければ、一列になったアヤカシ達が、統制のとれた動きで次々と鉱山へ入っている。
そういえば、ドロク村には小さな鉱山があるとかゴンキチが言ってたような。でも、アヤカシが鉱物資源なんて必要にするかな。
「鉱山で最近遺跡が見つかったらしいって、もしかしてドロク村かしら」
ルリの聞いた話では、最近小さな村の鉱山で古代ワコク文明の遺跡が発見されたらしい。
その後特に重大な発見があったとかは聞いていないので、あまり重要には思っていなかったそうだ。
アヤカシは、その遺跡が目的でドロク村を襲ったのだろうか。
「どちらにしろ、行ってみなければわからない、か」
ぼつりと言った俺の言葉に、ルリとモモが無言で頷いていた。
アヤカシ達に見つからないように、山中をかなり遠回りして鉱山へ近づく。鉱山の全景が確認できる崖の上に着いた頃には、既に日も傾きかけていた。
「流石に厳重な警戒ね」
崖下に位置する鉱山を見つつ、ルリがうんざりとした口調で呟く。
鉱山の周辺は、アヤカシ達によって何重もの警備が敷かれていた。さっき戦ったガキや、見たこともないアヤカシの姿もある。
この数相手に真正面から突っ切るのは骨が折れそうだ。
「モモ、ルリ、ここは搦め手でいこう」
「何か思いついたの?」
「ちょっと卑怯かもしれないけど……」
そう言った俺の視線は、山の更にに上へと向いていた。
作戦の準備が終わるまで、それから数時間ほどかかっていた。丁度山の影から出てきた三日月に、薄い雲がかかっている。
俺達がいるのは、崖から更に斜面を100m程登った山中。
「これで大丈夫なの?」
「多分……」
目の前にあるのは、あちこちからかき集めてきた大量の岩石。大きいもので直径十m程はあり、モモの協力が無ければここまで集まらなかっただろう。
そこから崖に至るまでの全ての障害物は取り払われ、まっさらな土地が広がっていた。
「モモ、頼む!」
「いっくよー!」
モモが全力で岩を押せば、数十もの岩が轟音を立てながら一気に斜面を下っていく。岩の加速は止まらず、そのまま崖から飛び出した。
落下した数十の岩石が、警備していたアヤカシ達を凄まじい勢いで蹂躙していく。轟音と怒号が鳴りやんだとき、そこに動くものは何もなかった。
「よし、上手く行った」
あれほどいたアヤカシ達も、その大半が岩に押しつぶされて絶命していた。いくつかかあった見張り台も粉々に砕かれ、暗闇を照らすのに使っていた火が建材に引火して大きな火柱を立てている。
「敵ながら、ちょっと可哀想ね……」
いかにも死屍累々といった様子をみて、少しだけ気まずそうにするルリ。
「よし、行こう!」
この機を逃す手はない、モモに捕まって一気に崖を駆け下り、鉱山の入り口へ。
と、鉱山の中からアヤカシが十数体飛び出し、怒りをあらわにして周囲を取り囲んだ。
さっきの攻撃が俺達によるものだと確信しているらしく、どう見ても友好的な雰囲気ではない。
「亡霊さん、刀を使って下さい」
「しかし、良いのか?」
俺の体を亡霊さんに渡す前に、刀のことを伝えておく。この数相手に木の棒では、流石に分が悪い。
「元々こういう時のために持ってきたんですから」
まだ不安はあるが、今まで持っていても何も起きなかったのだ。たぶん大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
「承知」
ゆっくりと頷いてから俺の体に入った亡霊さんが、すらりと白塗りの鞘から刃を抜き放った、そのとき。
「ようやくわらわを抜いたか」
不敵な笑い声と共に、目の前に見知らぬ半透明の少女が現れた。それはあの、いつか夢で見た金髪の少女だった。