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第十話 脅威の気配

「おはようーございますー」


 新築の匂いが大分薄れてきた自室、聞きなれない誰かの声で目を覚ます。


「あ、おはようございます……?」


 反射的に挨拶を返せば、目の前に人の顔があった。


「あのー、お頼みーしたいことがー」


 正確に言えば、あったのは人の顔だけ。首から上、顔の部分だけが腹の上に乗っかっていたのだ。

 年の頃は少し上くらいだろうか、下がった眉が目立つどことなくぼんやりとした雰囲気の女性だった。


「ええっとー、聞いてますかー?」


 目の前の状況を認識したとき、声にならない叫びが口から飛び出していた。


「どうしたの、そんな大声出して」


 大声を聞きつけたのか、ルリが部屋のふすまを開けて現れた。


「く、くく、首が」


 どうにか説明しようとするが、驚きのあまり口が回らない。


「首がどうしたのよ……って、ヒトウバンじゃない、珍しいわね」


 こちらの驚愕とは対照的に、ルリは冷静さを保ったまま生首に対して興味深そうな視線を向けていた。


 鮮烈な目覚めから十数分後、俺とルリは今の机を囲んでいた。


「起きている人がー誰もいませんでしたからー、上がって待っていたんですー」


 机の上に乗った生首が、首を浮かせて礼をする。さっきよりは落ち着いていられるけど、まだ生首だけが浮いている光景には慣れない。


「頼みたいことがあるからって、勝手に上がり込むのは良くないわよ」

「慌てていたのでー、済みませんー」


 切迫した状況らしいが、間延びした口調からはどうにも深刻さを感じ取れない。


「それで、頼みっていうのは?」

「わたしの体をー探してほしいんですー」


 体って? と視線で質問した俺に、ルリは小声でヒトウバンについて教えてくれた。

 ヒトウバンの外見は、普通の人間と何ら変わりがない。唯一違っているのは、首と胴体を分割することが可能であり、それぞれに別個の意思があることだ。

 元々他国から渡ってきたアヤカシであり、ワコクでは馴染みが薄い。その為、生態等はあまりよく分かっていないという。


「昨日の朝からー行方が分からなくなっているんですー」


 ヒトウバンの頼みとは、自身の体部分の行方を探して欲しいということだった。 


「心当たりはないの?」

「それが全くー」


 困り果てていた所、この村にアヤカシについて詳しい人がいると聞いて、この神社までやってきたという。 


「別に詳しいって訳じゃないけど、わざわざ来てくれたんだし、困ってるんなら力になるよ」


 出会い方こそ驚かされたが、そういう理由なら別に断ることもない。 


「本当ですかー?」

「まあ、ユウならそう言うと思ったわ」


 俺のお人よしにも慣れたのか、諦めた顔で笑うルリ。


「あれ、おきゃくさんなの」


 と、目を覚ましたモモが、寝間着姿で居間に現れた。


「モモも手伝ってくれるか?」

「よくわかんないけど、モモがんばるよ!」


 モモは朝からやる気十分といった様子で、両拳を体の前でぎゅうっと握って気合いを入れる。

 こうして俺達四人は、ヒトウバンの体を探すことになった。


                              ※


 ヒトウバンが住んでいるのは、俺達がいる村から四、五時間歩いた場所にある街。今までいた田舎の村よりは栄えていて、商店等がぽつぽつと並んでいた。

 まずは、街の中心から少し離れた場所にあるヒトウバンの家行ってみることに。


 ヒトウバンの家は、一人暮らしには丁度いい広さの質素なもの。中央の囲炉裏を囲んで座り、今後の方針を話し合う。


「取り合えずは、周辺の聞き込みね」


 ばらばらになって、家の周辺で妙なものを見ていないか聞いて回った。

 が。


「手掛かりなし、か」


 数時間経過しても、さっぱり手掛かりは見つからなかった。目撃証言も、体がいた痕跡もなし。


「どうしましょうー」

 

 俺達は三人共、顔を見合わせ困り果ててしまった。モモはまだ帰ってきていないけど、恐らく同様の結果だろう。


「心当たりはないって話だったけど、本当に何もなかったの? 例えば、失踪する前の日に何かあったとか」


 ルリの問いに、ヒトウバンは宙に視線を浮かせて考え。数刻置いてからぽつりと呟いた。


「もしかするとー、あそこかもしれませんー」


                           ※      


「こんな場所にいるの?」

「もしかしたらーですけどー」


 案内されたのは、町はずれの草原。夕日に照らされて、伸びた雑草が紅く染まっている。

 周辺に誰かがいた痕跡もないようだし、ここも外れかな。

 そう落胆しかけた、そのとき。


「良からぬ気配だ、気を抜くな」


 ここに来てから渋い顔をしていた亡霊さんが、突然声を荒げた。只ならぬ様子に、足を止めてぐるりと周辺を見渡せば。


「どうやら、わてらに気付きおったようでんがな」


 聞きなれない口調の声がどこからともなく響き、見慣れない集団が一瞬で周囲全てを取り囲んでいた。

 全員全く同じ服装で、編み笠を目深に被り、白い作務衣を纏って、手には長い槍を携えている。


「囲まれた!?」


 突然の出来事に驚いていると、上空からまた声が響いた。


「ヒトウバンはん、あんたもご苦労様やったな」


 声のした方を見れば、宙に浮かぶ何者かが目に入った。

 二対の黒い羽で宙に浮かぶ、長い嘴の生えた鳥頭人間。服装は黒と白の作務衣で、胸の辺りには奇妙な円形の刻印が象られていた。


 と、俺達の間から、ヒトウバンが鳥頭の方へ進み出た。


「私の体は」


 先程までの間延びしたそれとは違い、はっきりとした口調で問いかけるヒトウバン。


「ほれ、ちゃんと返してあげまっせ」

 

 鳥頭が指を鳴らせば、編み笠の男たちが、縄で縛られた首のない胴体を運んできた。拘束を解かれた胴体はすぐさま頭に駆け寄り、愛おしそうに頭を抱きしめていた。


「よかった……」


 心底安堵した様子で息を吐くヒトウバン。


「せやけど、ここから生きて返す訳にはいかへんなぁ」


 飄々とした鳥頭の口調が、明確に殺意を帯びたものに変わる。

 鳥頭は瞬時にヒトウバンへ近づき、乱暴にその体をこちらへ向かって付き飛ばしていた。


「そんな!? 貴方の言う通りにしたのに!」


 囲みの中に入れられ、青ざめた様子で抗議するヒトウバン。


「わてらのことを知られたからには、どなたはんであろうと生かしておけんのや」


 鳥頭が手で号令を掛ければ、周囲を取り囲む編み笠達が一斉に槍を構える。


「お前達は、オオオニの仲間か」

「ほう、あんはんは随分オツムが働きまんねんなぁ」


 半分当てずっぽうだったが、どうやら正解らしい。わざわざ俺達を誘い出して始末するなんて、あの時オオオニが女達を運んでいた存在しか思い付かなかった。


「お前達の目的は何だ、何を企んでる!」

「そないなこと聞かれましても、わてが正直に答える筈がないやろ」


 鳥頭はへらへらと笑いながら、明らかに馬鹿にした態度でこちらを見る。


「だったら、力ずくでも聞かせてもらうわよ!」


 勢いよく叫んだルリが、式神を一斉に解き放った。


「行くぞ、ユウ!」


 それと合図に、俺は亡霊さんに体を渡す。


「わいらカラステングの力、その目に焼き付けてからお陀仏しなはれ!」


 鳥頭の号令と共に、編み笠達が一斉に襲い掛かってきた。


 正面から突き出された槍の穂先を、抜き打ちで一気に三つ切り落とす。伸びきった腕が戻る前に、接近して編み笠の一人を一閃。

 驚きで動きが止まった周囲の編み笠二人を、一太刀で切り捨てる。


 瞬く間に三人を仕留めた亡霊さんの剣技を前に、編み笠達は動揺を余儀なくされていた。


 とその時、呆然と立ち尽くしたままのヒトウバンが、編み笠二人に槍囲まれているのが見えた。


「亡霊さん、あれを!」


 俺の言葉を受け、亡霊さんは道に落ちていた石を足で蹴り上げ、鞘を反転させ空中で弾き飛ばした。。空中で真っ二つに割れた石の欠片が、それぞれ編み笠の頭に直撃した。


「大丈夫か?」

「どうして、私は貴方を」


 駆け寄った亡霊さんを見て、戸惑いを浮かべるヒトウバン。


「話は後だ、お前はここにいろ」


 無表情でそう告げ、亡霊さんは残った編み笠の元へ賭けていった。


 戦況はこちらが優位に進み、数分もしない内にカラステングの仲間は全員俺達に倒されていた。


「成程、オオオニを倒したちうのも、あながち嘘ではおまへんようやな」


 自分一人だけになったというのに、カラステングの余裕は崩れない。


「泣いて謝ったら、許してあげないでもないわよ!」

「冗談きついわ、そこらの雑魚と一緒にされたら困るっちうねん」

 

 冷酷に笑ったカラステングは、腰に差していた長い物体をおもむろに顔の前で真横に構えた。

 と次の瞬間、凄まじい音が周囲に響き渡った。


「何、この音は……!?」


 音量そのものはけして大きくない筈なのに、黒板を引っ掻いた音の十倍、二十倍にも思える不快感が、体の芯におぞましい寒気をもたらしていた。

 感覚を共有していない筈の俺も、まともに思考することすら不可能になりそうな音の攻撃。その直撃に受けて、亡霊さんとルリは動くことが出来ない。


 耳を抑えたままの亡霊さんに、カラステングの凶刃が迫った、そのとき。


「ユウ、よけて!」


 遥か後方から、モモの叫び声が聞こえた。それと同時に、こちらへ向かって凄まじい飛んでくる長い木が見えた。

 丸ごと引き抜かれたのだろうか、真新しい根を生やした木は、轟音と共に俺達とカラステングの間に突き刺さった。

 衝撃が周囲を突き抜け、巻き上げられた土煙が周囲を覆う。


「な、なにが起こったんでんがな」


 と、一瞬カラステングの動きが止まり、笛の音も止んでいた。


「覚悟!」


 当然、その隙を逃す亡霊さんではない。

 踏み込んで放たれた亡霊さんの剣が、笛ごとカラステングの体を一閃していた。


「どうやら、わいの負けみたいやな」

「答えろ、お前達はいったい何だ?」


 噴き出した血で真っ赤に染まるカラステングに、もう一度問い掛ける。


「相克の徒に、絶えぬ光を!」


 しかし帰ってきたのは、意味深な言葉だけで。

 最後まで余裕たっぷりに皮肉めいた笑みを浮かべながら、カラステングは絶命した。


                                   ※


 ヒトウバンの家に戻った俺達は、彼女から今回の件について聞くことになった。


「申し訳ありませんでした、騙すようなことをして」


 結局、最初からこの話は嘘だった。

 体を人質に取られたヒトウバンが、俺達を誘い出すために一芝居うったのだ。 

 ちなみに口調についてだが、あれは素でああなっていたらしい。体と一定距離離れてしまうと、上手く力が入らなくなってしまうそうだ。


「人質を取られてたんだし、仕方ないですよ」

「それだけではないのです、私は今朝、貴方の命を奪おうとしていました」

 

 沈痛な表情のまま、深々と頭を下げ続けるヒトウバン。

 体を攫われた原因である俺に対して、逆恨みに近い感情を持っていたようだ。奴らの目的が抹殺なら、ここで殺しても同じだと。

 今朝布団の上にいたのは、寝ている俺を殺すつもりだったのか。


「でも、踏み止まってくれたんですよね」

「それは……だからって!」

「だったら、もう気にしなくてもいいんじゃないですか。俺はもう気にしてませんから」


 結果として何も起こらなかったのだ、過去に起きそうになったことをぐちぐち言ったところで、何も始まらない。

 甘いかもしれないけど、ここでヒトウバンを責める気にはなれなかった。


「ありがとうございます、ユウさん」


 暫しの沈黙の後、ゆっくりと面を上げたヒトウバンの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


                               ※


 ヒトウバンの家で一夜を過ごし、俺達は村へ帰ることに。 


「このご恩は必ず返します、もし何かあれば遠慮なく仰って下さい」  


 何度も頭を下げるヒトウバンに見送られ、村への帰路へ着く。


「少し驚いたけど、平穏に終わってよかったわね」

「そうだねー」

「モモ、口調が移ってるぞ」


 相克の徒、か。


 皆の前では普通を装っていても、頭の中ではカラステングの最後に呟いた言葉がぐるぐる回っていた。

 得体の知れないおぞましい何かがゆっくりと動き出しているような、言いようのない焦燥感があった。

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