この世界(1):Yside
第1章からは視点が変わります
声が聞こえる。
誰かの声。
男の人の声と、女の人の声。
誰かはわからない。
知らない人達だった。
そう言えば私、どうなったんだっけ。美和と言い合いになったのは覚えている。美和のミスで宿代が足らなくなって、確か8万円。足りない8万円をどうしたかしら。誰かに借りることになった気がする。誰か…?
そう言えば怪しげな男に確か、
「体で払えって言われて、……え?」
「あら、起きたようですね。」
「……」
あの怪しげな男の存在を思い出した私は勢いよく起きあがった。でも次に視界へ入って来た人達の反応で、本当に寝ていたと理解するのにそれ程時間は掛からなかった。
「…大丈夫ですか?ユティ様。」
「ユティ……」
そう、そうだ。どうしてあんな酷い目に遭ったことを一瞬でも忘れてしまっていたのだろう。女の人が私をユティと呼んだおかげで、現実味のない、出来れば夢であって欲しかった出来事を思い出してしまった。
「記憶が混乱しています?大丈夫ですか?ご自分が誰か解ります?」
「…えと、はい。思い出しました、全部」
「それは良かったです。記憶が混乱していたらその分説明が大変ですから。」
女性はふふ、と上品に笑いながら手にしていたボードにペンで何かを書き始める。白衣を着ているから医者か学者かのどちらかと考えられるが、今いる薄暗い部屋には眩しいくらい髪の金色が派手だった。
一方で、男性の方はずっと黙ったままだ。女性のように何かをするわけでもなく、じっと私の方を眺めている。
「ではユティ様、あなたが置かれている状況を説明いたしますね。あ、申し遅れましたわ。私、アサギ・ユイと申します。普段は軍の医療班にいますが、今日からユティ様の主治医をつとめます。よろしくお願いしますね。」
「……はい」
「それと、こちらが……。ブレット大佐、発言を。」
「ジークフリート・ヴォル・ブレット…」
「えーと、彼は今日からユティ様の世話係となります。普段から口数が少ない方なので、気になさらないでください。」
金髪の女性はやっぱり医者だったらしい。にしても随分若い人だ。私は一応、今いるこの世界が自分の生まれ故郷とは異なる世界であると、理解しているつもりだった。私を連れて来たあの男が、テレポートなんていうおかしなものを使ったのは体感したから、認める他ない。
だから、異世界だから、元の世界とは違ったところもあると思う。若くから医者をしている人がいても、きっと普通なんだろう。
対してさっきと変わらず男性の方は無表情で、アサギさんも言ってたけれど、無口だ。アサギさんくらい明るくフレンドリーだったらどういう人か掴めるものだけれど、彼に関しては全くだ。
私の世話係になってくれるというし、あまりにも口数が少ないのは困る。
それに、左の頬にいれられた大きな刺青が怖い印象を与えられる。
「ユティ様、よろしいですか?」
「あ、はい。…すみません、ぼうっとして……」
「いえいえ、起きたばかりですから仕方ないですわ。…ではユティ様、しっかり聞いて下さいね。わからないことがあれば気軽に申し出て下さい。それから、きちんと現実を受け止めて下さいね。」
「…はい。」
ようやく始まる、と思って私は気を入れ直した。そしてアサギさんの言葉に耳を傾ける。
「ユティ様も気づいていると思われますが、この世界はユティ様がいらした世界とは異なる世界です。ちなみに、この世界に定まった名は特にありません。」
「あの、アサギさん」
「はい?」
「さっきから気になってたんですけど、その敬語やめてほしいです……。アサギさんの方が年上ですよね?」
せっかくアサギさんが説明を始めてくれたが、私はいきなり割って入ってしまった。なにしろ、年上の人から敬語で話されるのは違和感がありすぎて落ち着かなかった。社会人になれば上下関係があるから、年下の人が上司になることもあるが、生憎と私は学生で、特別家が富豪というわけでもない。だから慣れない。
「それは、ユティ様に慣れていただくしかありませんわ。あなたは我々のシャーマンです。これからは、ここに住まう多くの者達があなたを敬います。」
「……そんなこと、」
思わず否定しようとした。でも、アサギさんの表情が余りに真剣だったから次の言葉が出せなかった。早くも受け止めることが出来なくなっている。
「先ずこの世界の人類は、能力者と非能力者に分けられます。能力者と非能力者は大抵別々に共同生活を行っていて、それぞれが“アガルタ”と“プラネット”と呼ばれる場所に住みます。シャーマンとは“アガルタ”の動力源となる人間を指し、また能力者の頂点に立つ存在です。ユティ様、あなたは我々のアガルタ、“ミスト”の頂点に立つお方なのですよ。」
「……っ、そんな……だって、私は超能力なんて使えません!頂点だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか……」
アサギさんの話が突飛過ぎて私は混乱していた。能力者の頂点?私が?さっきまで女子大生だった私が、そんなモノである筈がない。なりたくもない。どんなに素晴らしい地位だとしても、願い下げだ。
「…ユティ様。」
「それに、私はそんな名前じゃない!!」
「ユティ様、落ち着いて下さい!この名はあなたを守る為のものなんですよ!本当の名をこの世界で名乗れば、元の世界へ戻ることが出来なくなってしまいます。」
「元の世界に帰れるなら、今すぐ帰してください!何だってこんな世界に…まだ借りてもない8万のために、こんなっ!…あの男は!?私をこの世界に連れてきたあの男は何処にいるのっ!?」
私はそう叫びながら寝かせられていたベッドから身を乗りだしアサギさんに縋りついた。
「!!…いけません、ユティ様。落ち着かなければ、能力が暴走します!」
そう言われた瞬間、私の中で何かが弾けた。
次はジークフリートさん視点です。




