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強奪―1

 カイネは、音も荒くアシクの部屋の扉を叩き付けるように閉める。そんな彼を、ローグが無言で見つめてくる――彼は、あれ以来、言葉を失っていた。いや、言葉だけではない。その眼差しはどこか幼く、まるで彼の中では時の流れがピタリと止まってしまっているかのようだった。

 カイネとローグがケネスに連れられて反乱軍の長であるアシクの下に身を寄せるようになってから、すでに2年が過ぎた。

 反乱軍。

 それは、神殿の支配に異を唱え、覆そうとしている人々の集まりだ。長のアシクと、その片腕のムールは同郷で、どちらも水害で家族を失っている。他にも、カイネたちのように外からの部族に襲撃されたり、あるいはアシクたちのように川の氾濫や嵐などの災害に遭ったりして、神殿に対する信頼を失った者たちが集まっている。みんな、神は助けてくれないことを思い知らされ、より良く生きるには自分たちの手で何かをしなければならないのだということを悟った者たちだった。

 全部で何人になるのかは判らないが、少なくとも、反乱軍の本部とも言えるこの隠れ里には、失われてしまったカイネたちの村と同じくらいの人々が暮らしている。他にも、数か所、こんな場所があるらしい。『軍』とは呼んでいるが、半数は女子どもや年寄りの非戦闘員で、ごく普通の生活を営んでいる。実際のところは、『村』といった方がいいのかもしれない。

 とにかく、2年。

 その月日が流れ、カイネは17歳、ローグも14歳になった。

 他の戦闘員は、情報収集や武器の手配、そういった戦いの準備に駆り出されている。人も物も着々と整い、蜂起の日は近づきつつあった。

 そんな中、カイネたちは何かを任されるでもなく、手持無沙汰な日々を過ごしている。

 確かに、戦闘員の中では若い方だ。だが、この二年間、剣や馬も必死に訓練し、充分に動けるようになっている筈だ。

 今日もカイネはアシクに「何か仕事をさせてくれ」と直談判に行き、いつものように敢え無く玉砕する運びとなった。

「くそ! オレにだって、何かできるのに」

 ぶつぶつと呟きながら歩きだしたカイネの後を、ローグが追う。

 カイネは、『何か』が、したかった。何でもいい。ただ、ここで何もせずにただ飯を食らっているのは、我慢がならない。

 イライラとした風情を隠さないカイネに、すれ違う大人たちは、「いつもの事か」という目を向ける。ほぼ連日のように、彼がアシクに抗議しに行っていることは周知の事実だ――そして、それが毎回無駄足に終わっていることも。宥めても無駄なことが判っているのか、慰めや励ましの言葉をかける者はいなかった。

 むっつりとした顔で風を切りながら歩き、二人はいつもの定位置、他の者が滅多に訪れることのない、裏庭の隅へと向かう。

「ああ、くそ!」

 足を止めてどっかりと腰を下ろしたカイネは、また、同じ罵りの声を上げた。ローグは近くの木に寄り掛かる。

「剣だって、馬だって、他の奴より、よっぽどやれるだろ? 後は何が足りないってんだよ!」

 憤りを拳にのせて、地面を殴りつける。

 ローグはそんな兄貴分に同意するように、肩をすくめた。

 実際、剣の扱いはここの大人たちの誰よりもうまく、彼に勝てるのはアシクとその副官のムールぐらいだろう。馬だって、一番早く駆けられる。

 だが、大人たちが彼らに望んでいるものはそれらではないのだということを、二人は知らない。剣を取って戦える、それ以外にも必要なことがあるのだということを。

 知らないからこそ、カイネとローグは焦り、それ故に空回りをするのだ。

「なあ、オレ達でちょっとやってみないか?」

 手招きをして近寄ってきたローグに顔を寄せて、カイネが囁く。

 大人たちが何もさせてくれないのなら、先に実績を作ってやればいい。

 カイネの真剣な眼差しに、ローグが瞬きをする。その目は興味津々とばかりに輝いていた。

「大神殿に忍び込んでやろうぜ。で、何か……情報でも、ものでも、何でもいいから取ってくるんだ。オレ達がやれるってこと、見せてやろうぜ」

 カイネの台詞に、ローグがコクコクと頷く。

 目と目を合わせた二人は、どちらからともなく互いの拳を突き出すと、コツンとぶつけ合った。


   *


 隠れ里の厩舎からこっそりと馬を引き出し、駆け通すこと、丸三日。

 カイネとローグは、大神殿のある町アシャルノウンへと足を踏み入れていた。

 アシャルノウンの位置は教えられていたが、彼らがそこに入るのは、初めてのことである。二人は、とにかくその人の多さに言葉を失っていた。隠れ里の十倍は、いるのではないだろうか。

「とにかく……神殿を探すか」

 気を取り直してそう呟いたカイネに、同じようにポカンとしていたローグも頷く。

 美しく整備された町並みを、二人は歩く。カイネたちの村は木でできた家ばかりだったが、ここは石造りで、見上げるほどの高さの建物ばかりだ。道はむき出しの土ではなく、キレイな模様に並べられた石畳。通りに面して並ぶ店には、様々な品物が置かれていた。

 大神殿は、いったいどこにあるのだろうか。

 町に入ってから随分と歩いた筈だが、なかなかそれらしい建物は見当たらない。

「誰かに訊いてみるか」

 いつまでもうろついていてもらちが明かないと判断し、カイネは近くの露店の店主に声をかける。

「ちょっと、ここって、大神殿がある町だよな? 大神殿はどこにあるんだ?」

 見知らぬ子どもからの不躾な物言いにも拘らず、店主は愛想よく片手を上げてカイネたちの後ろを指差した。

「あんた達、田舎から来たんだな? ほら、見てみなよ、あれだって。あれが、このアシャルノウンが誇る最高神アーシャル様のおわす大神殿さ」

 意気揚々とそう言った男に釣られるようにして、カイネとローグは振り返る。

 最初は、気付かなかった。

 だが、やがて、男が指差すものが、連なる家々の背後にそびえる巨大な白い建物であることを悟る。

 陽の光を受けて、眩しいほどに輝いている、白亜の建物。それは、まるで、宝石か何かでできているかのようだ。

「キレイなモンだろう?」

「あ……ああ……」

「あそこでな、儀式をやってくれるんだよ」

「儀式?」

「そうさ。神の子シィン様が、月の女神様をその身体に降ろして、ワシらの幸せを祈ってくれるんだ。そのお陰で、ワシらはこんな暮らしができとるのさ。前は一月に一回とかだったけどな、最近は三日とあけずにやってくれる」

「へえ……」

 カイネは生返事をしながら、ギラギラと猛る目で大神殿を睨み上げる。あの大神殿は、確かに美しい。だが、それは、カイネたちや他の村々から搾り取ったものでできているのだ。

 彼の隣で、ローグの拳に力が入る。

 ――何が、祈りだ。

 そんなものに効果がないことは、カイネもローグも、身を持って知っている。神の子の祈りとやらが偽りであるのと同様に、あの豪奢な神殿も、中身のない張りぼてに過ぎない。

 長らく忘れていた暗い情熱に駆られたカイネには気付かずに、気の良さそうな店主が続ける。

「まあ、一度は見といて損はないさ。確か、今日も儀式をやってくれる筈だから、行ってみるといい」

「ああ、そうだな。そうするよ」

 そう答えて切り上げると、カイネは顎をしゃくってローグに合図する。そして、大神殿をヒタと見据えたまま、そこを目指して歩き出した。

 その純白の神殿は、近付けば近付くほど、その威容を明らかにしていく。家々の屋根を遥かに凌いでその姿を見せているのは、神殿が高台にあるからというだけではない。実際にそれ自身が巨大なのだ。

 目指すものが判っていれば、そこに辿り着くのは簡単なことだ。

 程なくしてカイネとローグは大神殿の門の前に立つことになった。

 入り口の扉はカイネの背丈の三倍ほどもあり、横幅に至っては、群集がなだれ込んでも詰まってしまうことはなさそうだ。

 神殿の前にはすでに人だかりができている。

「こんなにたくさん、入るのか……?」

 思わずカイネが呟いてしまうほどの、人数だった。一つの建物に、これほどの人間が入れるなんて、とうてい信じられない。

 だが。

 カイネとローグの目の前で音もなく巨大な扉が開かれると、ざわめく人々がその中に吸い込まれるように消えていく。

「俺達も行くぞ」

 ローグに一声かけて、カイネも群集の後に続いた。

 大神殿の中はまるで広場のようで、空のように高い天井には、繊細で煌びやかな神々が行き交う様が描かれている。木で組み上げた家しか建てたことのないカイネには、それがどうやって造られたものなのか、想像もできなかった。

 一つの村ほどの人々がざわめく中、不意に、リィン、と清らかな鈴の音が響く。その瞬間、神殿の中を静寂が支配した。誰も彼も、身じろぎ一つせず一点を見つめていて、カイネとローグはつられるようにその方向に視線を向けた。

 皆の頭を遥かに越える位置に張り出した、高座。

 一同が熱を帯びた眼差しを注ぐそこに、小さな人影が現れる。遠目な上にヴェールを被ったその人物がどんな容姿をしているのかは判らなかったが、子どもか、もしくは、女性のようだった。

 皆が固唾を呑んで見守る中で、彼あるいは彼女は、ゆっくりとした動作でヴェールを下ろす。

 女性――少女、だ。あれが、『神の娘』なのだろう。

 その髪の色はカイネもローグも今まで見たことのない色をしていて、神殿の中の光景とあいまって、現実のものとは思えなかった。

 いったい、何が始まるのか。

 そう、カイネが思った時だった。

 少女が、口を開く。

 溢れ出てきたのは、歌。いや、旋律。

 その小さな身体のどこからそれほどの音が出せるのかと不思議になるほどの声量で、彼女は謳う。それは、高く、低く、立錐の余地もなく詰め掛けた人々の間を縫っていく。

 美しい。

 歌など、母親の子守唄くらいしか聞いたことのないカイネにも、そう思えた。隣では、ローグもポカンと口を開けて聞き入っている。

 だが、それは、本当に『祝福』をもたらすものなのだろうか。

 その声はカイネの心に突き刺さり、まるでこじ開けるように食い込んでくる。この世にギリギリ留まっているかのような、境界線上の美しさ。一歩踏み間違えたら、別の世界に転がり落ちてしまいそうなものを感じさせた。

 そこに、安らぎや温もりは、ない。

 周囲に目を走らせれば、皆、食い入るように彼女に見入っている。

 その声にこれほどの人間が陶酔していることに、カイネは何故かゾクリとした。

 この上なく、異様な光景に思われてならなかったのだ。

 いつしか歌は止んでいて、ふらつく少女が帯剣した男に支えられながら姿を消すのと入れ替わりに、煌びやかな衣装を身につけた長身の男が現れる。

 男は、朗々とよく通る声で陶然としている聴衆に語りかける。

「神はいつも我々を守ってくださいます。ほら、今も、シィン様は祝福を与えてくださった。アーシャル様も、常に我々の傍におられます。アーシャル様を信じている限り、我々は幸福でいられるのです。さあ、皆、アーシャル様を敬い、祈りましょう」

 彼の言葉は、少女の歌声の百分の一も、カイネの心には響いてこない。だが、人々は感極まったようにどよめきを上げ、周囲を見回してみると、中には涙をこぼしている者すらいた。

 カイネは、身震いする。

 おかしい、と思った。だが、それ以上に、何も知らなかった頃なら、自分も同じように熱に浮かされていたのだろうと思うと、ぞっとしたのだ。実を持たない不確かなモノに、全てを委ねて安穏としていたのだろうと思うと。

 やがて高座から男も姿を消し、人々が動き始める。

 顔色を失ったカイネの袖を、ローグが案じる眼差しを浮かべて引っ張る。

「ああ……行こう」

 カイネは小さく頷くと、人の波に押し流されるようにして、大神殿を後にした。


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