喪失―2
それから一週間をかけて、カイネは穴を掘り続けた。手伝うローグは以前の快活さをすっかり失い、ただ人形のようにカイネが出す指示に従うだけだった。
黙々と、ただ黙々と穴を掘り、一人一人を丁寧にその底に下していく。
一週間かけて、殆どの村人は誰にも侵されることのない安らかな眠りに就き、あとはカイネの両親とローグの母親を残すのみとなっていた。
そんな時。
「カイネ!?」
もう何日も聞いていない、自分の名を呼ぶ人間の声に、カイネは痛む腰をゆっくりと伸ばしながら振り返る。
「ケネス」
旅商人はその場に荷物をどさりと落とすと、駆け寄ってくる。
「いったい、これはどうしたんだ? 何があった? 他の皆は?」
案じる響きに満ちたケネスの言葉も、カイネの耳にはどこか遠く感じる。何人もの熱を失った村人の骸に触れ、彼の心も冷え切っていた。きっと、自分の心が再び動き出すことはもうないに違いないと、カイネは心の片隅で思った。
「あんたが言ってた奴らが、来たんだ……きっと。オレたちの他は、誰もいないよ」
淡々とそう答えたカイネに、ケネスがどこかが痛むかのように顔を歪ませる。
「すまない……僕がもっと早く来ていれば……」
そう、後悔を滲ませる彼に、カイネは肩をすくめた。
「別に。あんたが来たって、何も変わりゃしないさ」
「そりゃ、そうだろうけど、でも……」
「もういいさ。あと少しで終わるから、ちょっと待っといてよ」
更に言い募ろうとしたケネスをそうやっていなすと、カイネは再び農具を手に取り、もう少し穴を深くしようと地面に突き立てる。
そうやって、もう何人も手を出せないように深く掘り下げた墓穴に、父とそして母を横たえる。周囲の連中が冷やかすほどに仲がいい夫婦だったから、別々の穴よりも一緒に眠らせてやった方がいいだろうとカイネは思ったのだ。
隣では、ローグももう充分な大きさの穴を掘り終えていた。両親に土を被せるのは後回しにして、そちらへ向かう。
ローグは、母親を包んだ毛布を前に頭を下げて座り込んでいた。春よりも夏に近づきつつあるこの陽気に、それは鼻を突く異臭を放ち始めている。だが、彼は、表情を変えることなく、ジッとそれを見つめ続けていた。
「ローグ、おふくろさんを休ませてやろう?」
屈みこんで弟分の顔を覗き込みながら、そう言い聞かせる。
ローグは、声を上げることはしなかった。ただ、ポタリ、ポタリと、いくつかの涙をこぼしただけで。
カイネはクシャクシャとローグの頭を撫でると、彼の母親を抱き上げた。穴の底に安置しようとした瞬間に、ローグがヒュッと息を吸い込むのが聞こえたが、動作をやめることはしなかった。少しはだけた毛布を直した後、穴から上がる。
「土、かけてやれよ」
それだけ言い置いて、カイネは再び自分の仕事へ戻った。奥歯をきつく噛み締め、ただひたすら土をすくい、落とす。ザッザッという無機質な音がするたびに、段々と両親の身体が隠れていく。そして、平穏だった、過去も。
何も知らず、何も見えていなかった愚かな自分は、両親と共にここに埋めていくのだ。
やがてすべてが覆いつくされ、何も見えなくなった。目の前にあるのは、少し盛り上がった地面だけ。その上に、パラパラと花の種を撒き散らす。
ここはやがて、野に戻るだろう。カイネたちがここにいたという証は、いずれ何もかも消え失せてしまう。せめて、この花が、皆が眠ることの目印になってくれればいいと、カイネは思った。
*
「オレを大神殿に連れてってくれよ」
焚き火の周りでの夕食時、そう切り出したカイネに、ケネスは怪訝な眼差しを向けた。
「大神殿? 何で、また?」
「見てみたいんだ」
「見るだけ、なのか?」
「ああ。どうせ、ここにはもういられないし。他に行くところもない。大神殿に行った後、どうするか決める」
ケネスはカイネの中にあるものを見透かそうとするかのように、ジッと彼を見つめる。カイネはそれを無言で受け止めた。次第に空気が強張っていく中、ローグは壁を一枚挟んだ世界にいるかのように、膝を抱えて座ったまま、じっと炎に目を向けている。
やがて、ケネスは小さく息をついた。
「何か、変なことを考えてるだろ?」
「変なことって? 別に、何も考えちゃいないさ。ただ、見てみたいだけ」
また、しばしの沈黙。そして、ケネスが口を開く。
「行くところが無いってんならさ、僕の知り合いのところに連れて行くよ。君たちには、きっとその方がいいと思う……色々な意味で」
「知り合い?」
「そう。君達のように、神サマに助けてもらえなかった人たちの、いるところ」
「オレ達のように……」
「ここのようによそ者に襲撃されたり、あるいは災害に遭ったりして親しい人を亡くした人は、他にもたくさんいるんだ。そういった人たちが集まって、国を作り直す機会を窺ってるんだよ。神サマにすがるのではない、自分たちで動かしていく国を作る機会を。僕は、あちらこちらを廻りながら、彼らの為に情報を仕入れたり、君達のような人に呼び掛けたりしているんだ」
そう説明したケネスは、そこで「でもね」と語調を強くする。
「それは、『復讐』とかではないんだよ。あくまでも、より良い国を作る為なんだ。私怨とか、そんなものでは、動けない」
カイネの目が、ふらりと泳ぐ。その時の彼は、充分に一人前の身体を持っているにも拘らず、どこか幼い子どものような心許なさを帯びていた。痛ましそうに、ケネスが目元を歪める。
「どうする?」
カイネはケネスを見つめ、ローグに目をやり、またケネスに戻る。
ローグの声を、あれ以来、一度も聞いていない。視線を交わしたことも、無かった。
カイネは、独りではなかった。彼には、面倒を見てやらなければならない者がいる。まだ、その手に残されているものがあったのだ。
膝の上に置いた両手を、カイネはゆっくりと握り締める。
そうして、ケネスへの答えを口にした。




