同盟者―2
アシクの家を出て、シィンは俯きながらもくもくと歩いていた。
「シィン……シィン!」
物思いに沈んだ彼女は、何度か名前を呼んで、ようやく振り返ってくれる。
「カイネ……」
その眼の中には、迷いが見え隠れしている。頭一つ低い位置から、シィンは真っ直ぐに見上げてきた。
――こんなふうに人の目を見るようになったのも、ようやくのことだ。それなのに、アシクは!
「あ……その……ごめん、この里の事を黙っていて」
内心でアシクへの罵りを呟きながら、カイネはそれだけ言う。他に言わなければならないこと、訊かなければならない事がある筈なのに、それは口から出てこなかった。
口ごもりながらのカイネの謝罪に、シィンは軽く目を見張った後、笑った。
「ううん。あのね、驚いたことは驚いたんだけど、アシクとリュウさんのお話聞いて、『うん、そうなんだろうな』って思えたの」
「そう、なのか?」
「うん。だってね、ここの人たち、全然アーシャル様にお祈りしないのだもの。全部、自分たちの力でやっちゃって、『アーシャル様、お願い』なんて、全然言わないのね。わたしはこんななのに、誰も何も言わない。普通なものを見る目で、わたしを見てくれる」
そう言って、シィンは微笑む。それは晴れやかでいて、少し寂しげだった。
「ここではね、わたしに、『お願い、お願い、何とかして!』っていう目を向けてくる人はいない。ここでは、わたしは『神様』にならなくていいの。ただ、歌いたいように歌えばいいの」
「シィン……」
彼女は、青く晴れ渡った空を見上げた。その目の色は、いつもよりも鮮やかに輝いている。
「神様はね、いて欲しいけど、いなくちゃならない、というわけではないの。ここの人たちを見ていて、そう思った。神様がいなくても、人はちゃんとやってけるんだって」
「じゃあ、アシクが言っていたことは、断るんだな?」
シィンは神殿に帰らない。
そう受け取ったカイネは、パッと顔を輝かす。嬉しそうな彼の笑顔に鼻白んだように、シィンはキュッと唇を引いた。
「シィン?」
「あ、うん……」
歯切れの悪いシィンに畳み掛けるように、アシクは続ける。
「いいんだぜ? お前がやらなきゃいけないことじゃないんだから」
「そう……かな……」
「当たり前だろ? どんな責任があるってんだよ」
カイネの言葉に、一瞬、ほんの一瞬だけ、シィンは微かな棘が刺さったかのように顔を歪める。
「シィン?」
「何でもない。何でもないよ」
そう言って、彼女は、カイネと、少し離れたところで二人の様子を窺っていたローグに向けて、笑顔を見せた。
*
リュウとカイネたちが顔を合わせた、翌日のこと。
目の前にずらりと並べられた武器の数々に、カイネや他の里の男達は目を奪われていた。カイネたちに付き合って、シィンも恐々とそれらを見つめている。
剣や槍、弓などは見慣れたものだが、それ以外にも、見たことが無いような形をしたものもある。それに、形だけではない。鞘から抜き放った剣の刃は太陽を受けて眩しいほどに輝き、いつも使っている青銅で作られたものよりも、随分と軽かった。
「すげぇな、これ」
「だろう?」
感嘆の色を隠せないカイネに、リュウがしたり顔で頷く。
「コイツは、ウチの村の近くで採れる鉱石を使って、特殊な方法で精製したもんなんだ。青銅とは比べ物にならんほど、丈夫だぜ? ああ、そいつは弩ってやつなんだ」
カイネに得々と説明していたリュウだが、ローグが手にしたものを見て、そちらに向き直る。
「いいか? ここに小石を置いて、この引き金を引く――見てろ?」
そう言うと、集まった人々に退くように手で合図をして、随分と離れたところにある木に狙いをつけた。そこには、赤く熟れた果実が生っている。
パシュッ。
リュウが引き金を引くと同時に微かな音を立てて、小石が飛び、それは狙い違わず果実を撃ち落した。
一斉に、どよめきが走る。
その飛び方は、弓とは違う。もっと、鋭い感じだった。
「こいつは、力の有る無しには関係ないから、ローグに向いているかもな。お前、弓が得意なんだろ? 練習してみろよ」
そう言って、リュウは再びローグにそれを手渡す。受け取ったローグは、嬉しそうに頷いた。
少年の反応に満足そうに笑ったリュウは、次いでカイネに目を移す。
「その剣もいいだろ? 軽いから、使い慣れないとちょっと勝手が違うかもな。そうだな……ちょっと、手合わせしてみるか?」
「――いいのか?」
「ああ、いいとも」
リュウは気軽にそう答えて、ニヤリとする。
「お前、まだ俺たちと手を組むことに納得してないんだろ? 手元が狂った振りして俺を斬っちまってもいいぜ?」
少しだけ――ほんの少しだけ、頭の中をよぎった考えを見事に見透かされ、カイネはグッと言葉に詰まる。そんな彼に、シィンが微かに眉をひそめて、咎めるような眼差しを送っていた。
「ほら、来いよ!」
カイネが不穏な考えを持っていることを見破ったにも拘らず、リュウにわだかまりは全く無いらしい。拓けた場所へと、先に立って歩き出した。
自分のことを甘く見ているだけなのか、それとも、本当に何も思っていないのか。判断が付かないままで、カイネはリュウの後を追いかける。
「いいか? やるからには、本気で来いよ?」
片手に剣を引っ提げて、リュウが言う。自信満々な余裕に溢れたその態度が何となく、気に食わない。
カイネは鞘から剣を抜き放つと、黙って構えた。
リュウの方から動こうとする気配は見られない。カイネはジリジリとにじり寄って、ゆっくりと距離を縮める。一息で跳べる距離まで近付いて、一気に飛び込んだ。
剣を振り上げる。
軽い。
いつもよりも容易だった切り返しに、カイネは一瞬戸惑う。それがブレになったのか、振り下ろした刃は、いとも簡単に跳ね飛ばされた。重い力で返されて後ろによろめきそうになったのを、グッと踏み止まる。
続いて、もう一閃。
今度は剣に振り回されることなく、リュウの胴を狙った刃は鋭く空気を薙ぐ。
ギィンと響く、金属音。襲い掛かった剣をリュウはねじ伏せ、押さえ込んだ。
ジッと互いを見据えたまま、ギリギリと、鍔迫り合いになる。
力自体は互角だった。どちらも引かず、交叉した刃はピクリとも動かない。
睨み付けるカイネの視線を受け止めて、フッと、リュウが目元を綻ばせた。
「!?」
次の瞬間。
足の甲に走った衝撃。
「グッ」
呻いたカイネから、わずかに力が抜ける。しまった、と思った時には遅かった。
ドンと体当たりされ、後ろ向きに地面に倒れ込む。慌てて身を起こそうとした彼の首元に、切っ先が突き出された。
「降参?」
平然と、リュウが言う。そうして、悔しさに顔を歪めているカイネから、剣を引き上げた。
「いいか? 勝つ為には何でもしろよ? 足を踏もうが、物を投げようが、勝てばいいんだ。正攻法だけでやろうとするな」
そう言いながら、リュウはグルリと周りを取り囲んでいた男達の一人を手招きすると、普段使っている青銅の剣を構えさせる。そして、何を考えているのか、自らも彼の正面に立ったかと思うと、固唾を呑んで見守る視線の集まる中、気合と共に剣を振り抜いた。
その時起きた現象に、一同が目を見張る。
バキィン、と鋭い音。それと共に、刃が宙を舞ったのだ。
「折れ、た……?」
呆然と、カイネは呟く。剣で剣が折れるなど、見たことがなかった。
息を呑んで言葉を失っている一同を、リュウが見渡す。
「この通り、武器は最高のものを用意してやった。だが、それに頼るな。どんな武器でも使い手次第だからな?」
普段の飄々とした風情を消した厳しい顔でそう言うと、リュウは剣を鞘に戻した。
それを待ち兼ねたように、ローグに引き止められていたシィンが駆け寄ってくる。
「カイネ、大丈夫!? 痛いところ、ない?」
顔を強張らせ、その目には、彼を案じる光だけが浮かんでいた。
「大丈夫だよ、怪我はしてない」
「ホントに?」
「ああ、本当だって」
念押しに頷いてやると、ようやく彼女の顔が緩む。そうして、まだカイネの手の中にある剣を、その輝きを、恐る恐る見やった。
「それで、戦うんだね」
「ああ、すげぇのが手に入ったよ」
まるきり歯が立たずにやられたのは悔しかったが、素晴らしい武器が手に入ったのは、事実だ。これがあれば、戦力が格段に上がる。
だが、上気するカイネに対して、シィンの顔色は優れなかった。
「どうした?」
彼女は顔を上げてカイネの目を見つめる。何か言いかけて、結局、口をつぐんだ。
「シィン?」
「なんでも、ないよ」
シィンはそう答えたが、カイネには、「何でもない」ようには見えない。それ以上は何も言わず再び顔を伏せた彼女に、カイネの胸の中にはいやな予感がわだかまった。




