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休日、街中にて

「パーティー……ですか」


 目を通していた招待状から顔を上げ、セイショウは口を開いた。

 彼の目の前に座る女性が「そうよ」と頷く。

 その口調を聞けば、セイショウがこの誘いを断るという可能性を全く考えていないことが分かる。他人を従わせることに慣れている人間特有の話し方だ。


「なぜ僕を?」


 相手の感情を刺激しないよう、慎重に言葉を選んで口を開く。

 今日の雇い主、つまりセイショウが1日分の拘束料をもらってデートをしているサラ・ノーマンは、ちょっとしたことで気分を害しやすく、それを周囲にぶつけるという困った性格の持ち主なのだ。


「今回の招待客は女性が多いの。ダンスの相手に事欠くような方が居たら、かわいそうでしょう?」


 いかにも気の毒そうな声音で言っているが、サラの顔に浮かんでいるのは微笑だった。

 セイショウはすっと視線を逸らし、無言で考える。

 彼女の性格からして、他にも多くの男性客を招待しているはずだ。表向きはダンスのパートナー確保のためとなっているが、恐らく女性客に「たくさんの崇拝者に囲まれる自分」を見せつけたいというのが本当の理由だろう。

 虚栄心の強いサラの、底が浅い思惑など簡単に見抜くことができた。しかしそれを不快に感じるかと言われれば違うと答える。セイショウにとってはどうでもいい。

 彼が気にするポイントは1つ。金になるか否か、だ。


「拘束時間が長くなりますから、通常の料金に加えてこれだけの特別料金をいただきます。飲食代などの負担はそちら持ちということで。ああそれから。パーティー用の礼服を持っていないので、その経費を出していただけるとありがたいです」

「結構よ」


 招待状を裏返してセイショウが見積もりを書き連ねると、サラは満足そうな表情で即答した。

 さっそく銀行手形を取り出して金額を書く彼女を前に、「もう少しふっかけられたか……?」という考えがチラリと頭をよぎるセイショウ。

 しかし金儲けにシビアである彼は、同様に「適正価格」に対してもシビアである。相手の弱みにつけこんで暴利を貪るなどというのは性に合わず、結局サラに提示した金額が妥当であると判断して何も言わなかった。


 書き終えた銀行手形を差し出しながら、サラが「礼服はどこで作るつもり?」と尋ねた。

「そうですね……」と口ごもるセイショウ。

 まだアイヒに来て1か月足らずだ。自分の生活圏内の店しか知らないが、あいにくその中に洋服屋は無い。


「実は手頃な店を知らないんですよ。貴女のように着こなしの良い方に選んでいただけるとありがたいのですが」


 にっこりと笑ったセイショウの顔を直視して、サラが赤面する。彼女は得意そうな様子を隠しきれないまま、澄ました顔で「いいわよ」と答えた。


「じゃあ今から早速行きましょう。まだ時間には余裕があるし」


 サラの提案で、2人は街の西側へと向かった。そこは富裕層が集中する高級市街地だ。


「うちが代々贔屓にしている店があるの。ここの角を曲がって……あそこにある『テーラー・フィティン洋装店』よ」


 セイショウの目の前にガラス張りの豪華な店が現れた。周囲に立ち並ぶ店と比べても、一際大きく圧倒的な存在感を醸し出している。

 普段の彼であれば絶対に入らない類の店だが、これからかかる費用は全てサラが払うのだ。セイショウは平然とした顔で店の敷居をまたいだ。

 緑色の髪をきっちりと編み込んだ女性店員が、すぐにサラの姿に気づいてにこやかに微笑む。


「これはサラさま、いらっしゃいませ」


 そしてサラの隣に立つセイショウに、蔑みの視線を投げかけた。

 今日のセイショウはデートということで気を使った服装をしているが、この店の服に比べれば一見して安物と分かる。


「彼は私の知人よ。パーティー用の礼服を作りに来たの」

「左様でございましたか」


 サラの言葉に、再びにこやかに微笑む店員。どうやら金持ちに媚びへつらう人種のようだ。

 セイショウとサラが礼服を選び始めて間もなく、店の奥から店主が数人の縫い子たちを連れて現れた。

 ひたすら下手したてに出る店主と、尊大な態度で命令するサラ。

 ああでもない、こうでもないとセイショウそっちのけで話をしているが、なかなか決まらない。

 欠伸を噛み殺しながら店内を見渡していたセイショウは、あることに気づいて店主を振り返った。


「この店には毛皮を使った商品が多いのですね」


 陳列してある洋服のほとんどに、毛皮が取り付けられていた。服全体が毛皮で出来ているものも少なくない。


「それが当店の特徴でございます」

「毛皮の取り扱いで、テーラー・フィティンの右に出る店はアイヒ中探しても無いのよ」


 店主とサラが説明する。

 この店は全ての商品に毛皮をつけることにより、他の店との差別化を図った。それが特徴として確立され、有名になったのだという。

 アイヒは年中を通して涼しい気候なので洋服も防寒仕様になっているものが多い。だが毛皮を使うとなればそれなりに値も高くなる。

 テーラー・フィティンの店は客層を富裕層に絞るという賭けに出て、見事に成功したということだろう。


「この店に、テンテンの毛皮を使ったものはありますか?」


 唐突なセイショウの質問に、怪訝な表情を浮かべるサラ。店主の方も同様に感じたろうが、そんな様子は微塵も見せず「こちらでございます」と帽子を差し出した。

 それは本当に小さな帽子で、機能性よりもデザイン性を重視したものであることが明らかだった。


「これはアイヒテンの毛皮ですか?」

「いえいえ。希少種の毛皮など手に入りませんよ」


 店主が苦笑を浮かべる。


「こちらはカリフ国から輸入した、カリフテンの毛皮でございます。手触りはアイヒテンに劣りますが、色合いや毛の長さはこちらの方が素晴らしいですよ」

「アイヒテンの毛皮を見たことがあるのですか?」


 何気ない風を装って繰り出されたセイショウの質問に、店主がにこやかな笑みを浮かべたまま硬直する。

 しかしすぐに平静を取り繕うと「子供の頃に1度だけ、父親が仕入れたことがあります。病死したアイヒテンの毛皮が競売にかけられ、競り落としたのだとか。おかげで店の金庫にはかなりの打撃だったようです」と語った。

 店主の話にも態度にも不自然な点は無い。それがかえって気になった。セイショウがテンテンの話を持ち出してから、縫い子の一人が青褪めた顔をしているので尚更だ。しかし今この場で突っ込んだ質問をするのは危険だろう。


「それは貴重な体験ですね。羨ましいです」とセイショウが微笑むと、サラも「本当ね。私も一度アイヒテンの毛皮を触ってみたいわ」と応じ、そのまま話の流れは自然と礼服選びに戻って行った。

 セイショウの礼服は結局、サラの好みにかなうものが無かったためにオーダーメイドで作られることになった。

 彼女が選んだのは銀色がかった濃い紫色の生地だった。この布は段々と色が薄くなっていくように染められており、最後はほぼ真っ白になる。上半身の色を濃く、足元に向かって薄くなるようにというのがサラの注文だった。


 縫い子たちに寸法を測られていると、フワリと漂った香りが鼻をくすぐり、セイショウは目を瞠った。

 女性が香水をつけるのは珍しくない。けれど彼が驚いたのは、周囲に居る数人の縫い子たちが全員同じ香りを身に着けていたことだった。

 そういえばサラもこれと同じ香りをつけている。流行りなのだろうか。


 礼服が出来上がったら下宿先に届けてもらうことになり、セイショウとサラは店を出た。

 道を歩きながらセイショウは香水について尋ねてみる。


「ええ。今、大人気なのよ。普通の香水と違ってクリームになっているのだけれど。美容効果があるの」


 ちょうど進行方向に、その香水を扱っている店があるという。


「女性が並んでいるでしょう?」


 言われてセイショウは街道の脇に目を向ける。

 しばらく前から気になってはいたのだが、そこには行列が出来ていた。それも女ばかりの。


「何かあるのですか?」

「その香水を買う客の列よ」


 サラの答えに思わずセイショウは仰け反りそうになった。


「これ全員、香水を買うために並んでいるんですか?!」

「いつものことよ」


 サラが何でもないことのように答える。

 最後尾も先頭も見えない行列を眺め、セイショウは頭を振った。彼の叔母が知れば、呆れたように鼻を鳴らすであろう光景だ。

 やがて列の中にチラホラと男の姿が混ざりはじめる。彼等は女たちに囲まれて居心地が悪そうにしていた。恐らく女性へのプレゼントとして噂の香水を買うつもりなのだろう。

 セイショウの脳裏にベルとメーイの姿が浮かんだ。


(……2人とも香水ってタイプじゃないな……)


 ベルの清楚なイメージに、香水は似合わない。メーイの幼女のような見た目にも。

 彼がそう考えて香水の購入を止めた所で、ようやく店の入り口が見えてきた。

 これだけの人気商品を扱っているにしては小さな店構えであった。狭い店内は客でごった返している。開け放した扉の横に、飾り文字で書かれた看板がかけられていた。


『シェ・イヴ 休日のみ営業』


 アイヒの暦は8日ごとに区切られる。4日目の午後と8日目が休日となっているから、この店は1週間で1日半しか営業していないということだ。

 いくら繁盛しているとはいえ、あまりにも商売っ気のない姿勢だ。これで店が成り立っていることが凄い。

 経営者はどんな人物なのだろうと興味を惹かれ、セイショウは通り過ぎざまに店内を覗いてみた。

 奥のカウンターで女性客を相手に話をしている、あれが恐らく店主なのだろう。

 けれどその人物は、頭からすっぽりと豪奢な頭巾をかぶっており顔を見ることが出来なかった。体型からして女性なのだろうということが分かる程度だ。

 店主が客に商品を手渡した時、袖口からチラリと手が覗く。華奢でほっそりとし、抜けるように白い肌の色がセイショウの目に飛び込んできた。

 なぜか彼にはその光景が強く印象に残り、残りの1日を過ごすうちに何度となく頭の中に映像として浮かび上がるようになった。

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