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半月後.2 カイとセイショウ

「なんでリブオイルがこんなに高いんですか!」

「あ、それねー純生オイルなんだよ。一般的に出回ってるのは、皮つきで種も取らずに絞ったものが多いんだけど、それだとそれなりの味にしかならないんだよね。繊細な料理の場合なんかは特に、余計な風味が加わっちゃって……」

「包丁なんて今使ってるもので十分でしょう?」

「だってシェキ製だよ!? あの刃物の名産地、シェキの包丁だよ! 生産量が少なくて滅多に流通しないんだよ。そんな名品が手に入るチャンスを逃してもいいって言うのかい!?」

「知りませんよ!」


 驚愕の表情を浮かべて叫ぶカイに、半ばキレながらセイショウが怒鳴り返す。

 セイショウだって人並みに料理はできる。しかしそれは食事を単なる『エネルギー補給』としか考えていない叔母と暮らす上で、必要に迫られて身に着けた技術である。さすがに彼女のように剣を包丁代わりに使うことは無いけれど、カイのように材料にこだわり道具1つに目の色を変えるような考え方は理解できない。

 おまけにカイは自国での身分が高かったようで、他の者とは金銭感覚がかけ離れている。

 なんの躊躇もなく料理に必要なものを購入してきては領収書を回してくるのだが、魔法生物に関する研究費用であれば全て経費で落とせることになっているので、セイショウはそれに応じるしかないのだ。

 しかしこれまでは、まあまあ妥協できる範囲での出費であったので、セイショウも目を瞑っていた。だが今日のこれは……。


「……3か月は暮らせる額じゃないですか」

「そうなの?」


 苦りきった口調で呟くセイショウに、きょとんとした顔で言うカイ。

「生活費の管理は全部、人任せだから分からなかったよ」とあっさり言われてしまっては、黙るしかない。

「もしかして部費が足りないとか?」と心配そうに聞くカイに、黙って首を横に振る。

 そう、その心配はない。ラニアの鱗を売った代金のおかげで部費は潤っている。けれどソルも新しい魔法具を注文したと言っていたし、油断は出来ないだろう。通常の武具と違って魔法具は高価なのだ。


「部費は大丈夫です。でも……」


 セイショウは俯いて難しい顔をする。


 こんな調子では、自分の稼ぎが減ってしまうではないか!


 魔法生物研究会では、1か月毎に収支をまとめる。利益から翌月の活動費を差し引いた後、余剰金は部員全員で分配できることになっているのだ。

 利益が少なくなれば、当然ながら分配金も少なくなる。

 講義に必要な教科書や道具類を中古で出来るだけ安く揃えたものの、今月は出費の多い月だった。少しでも多く稼いでおきたいという気持ちは強い。


 セイショウの苦学生ぶりを知るカイは、気の毒そうな顔で遠慮がちに口を開いた。


「……今日も皿洗いする?」


 カイはセイショウに色々とバイトを紹介してくれる。時にそれはカイが料理をした後の皿洗いだったり、カイのためのお使いだったりと個人的な要件のこともある。けれど、金銭的な援助を直接申し出るのではなく、バイトという形をとってくれる気づかいがありがたかった。

 だがセイショウは少しためらった後「いえ……今日は他のバイトがありますから」と首を振る。そして自分の鞄から、いくつもの紙の束を取り出してテーブルに乗せた。

 大学に入ってすぐ、セイショウは教授の1人からレポートの出来を賞賛された。

 彼自身はそれを、秘書として働いていたころに培われた能力のおかげだと思っている。

 セイショウの文章は「簡潔にして明瞭」という評価を得ているが――それも何人もの教授から――それは彼が仕事で書類を作成していた時に、最も気をつけていたことだったからである。

 やがて1人2人と、友人がレポートの添削を依頼してくるようになった。

 最初は断っていたセイショウだったが、予想外に頼ってくる人数が多いことに気がつくと、これをバイトとして成立させることにしたのである。

 有料ならばと引き下がった友人はもちろん居たけれど、有料でもいいからと頼んでくる友人も居た。むしろビジネスとして成り立ったことで、面識のない相手からも依頼は来るようになった。

 セイショウからすれば、バイト代を稼ぐことが出来る上に、他人のレポートを読むことで受講していない講義の内容を知ることが出来て、まさに一石二鳥なのだ。


「僕も手紙を書こうかな」


 皿洗いを終えたカイが、戻って来てセイショウの近くに座った。レポートの世界に入り込んでいたセイショウが上の空で頷く。だが彼は、どさどさと大量の紙が落ちる音を耳にして顔を上げた。


「……それ全部、今日の分ですか」

「そうだけど?」


 にっこりと笑うカイの目の前に積まれた手紙の山。その全てがラブレターだ。

 色男で紳士的。ついでに金持ちであるカイに、夢中になる女学生は多い。

 そしてカイは、根っからのプレイボーイだった。

 もらったラブレター全てに返事を書くマメさと、差出人全員の名前を憶えているカイの記憶力に、セイショウはいつも感心している。


「あ、でも今日はセイショウ君宛のも預かって来てるよ」


 カイが数通のラブレターを差し出すと、セイショウは無表情でそれを見つめた。見つめるだけで手を出そうとはしない。

 

 実はセイショウも、なかなか女にモテる。

 サラリとした茶髪で童顔。そして物腰の柔らかい彼は、年下から年上まで幅広い年齢の女性に好感を持たれている。

 ただしセイショウ本人は誰かを特別扱いすることなく、全員に平等な態度で接している。ということはつまり、誰が相手であっても彼にとってはどうでもいいことなのだ。

 セイショウが図書室で自習しようとすると、女学生が後をつけてきて本棚の影からクスクスと、気に障る笑い声を立てながら様子を伺ってくる。そんな彼女たちを目当てに、男友達までもがセイショウと行動を共にしようとする。

 だから彼は、大学での空き時間を部室で過ごすようになったのである。


「なかなか可愛い娘たちだったよ」と笑いながら言うカイ。

「いくら出すって言ってました?」

「……相変わらずだねぇ」


 嘆息するカイを前に、セイショウは肩をすくめた。

 あまりにもセイショウが異性に興味を示さないので、一時期「男色では……」と噂が立ったことがある。

 そのとんでもない話を聞いて、1度と言わず何度となく男に迫られたことのあるセイショウは、忌まわしい記憶を呼び起こされて身震いした。

 勘違いした男色家に迫られないように。また、積極的な女学生からのアプローチを牽制するために、セイショウはハッキリと宣言した。


 自分はノーマルである。苦学生なので、1日分の日当を払ってくれれば、デートの相手からパーティーのエスコートまで努めさせていただきます、と。


 セイショウの予想通り、大多数の女学生は幻滅して離れて行った。しかし、一部の女たちはそれでも諦めようとはしなかった。

 せめて自分の想いを知っていてもらいたい。もしかしたらこの手紙が彼の目にとまって、自分に関心を抱いてくれるかもしれない。

 そんな淡い期待を込めて書かれた手紙は、セイショウの荷物に忍ばされたり、今日のように知人に託されたりして、彼の下に届く。

 そして封を切られることもなく、カイに押しつけられるのである。


「いつものように処分しておいて下さい」


 快く手紙の処分を引き受けてくれるカイが、実はこっそり中を読んで次に口説き落とす娘を選んでいることを、セイショウは知っている。だが別に何とも思わなかった。


「分かった、片づけておくよ。……週末はどんな令嬢とデートなのかな?」


 返された手紙を鞄にしまいながら、カイが冷やかすような笑みを浮かべた。


「サラ先輩です」

「ああ、彼女か……」


 あっさりと答えたセイショウの返事に、微妙に顔を歪めるカイ。

 サラは『日当』を用意してセイショウにデートの相手を依頼してくる『客』だ。しかも、かなり常連の。

 

 報酬をもらう以上は、その日を完璧な1日に演出してみせる。

 前述の宣言を行ったとき、セイショウにはその覚悟があったし、事実その通りに振る舞った。

 デートの相手として彼ほど申し分のない男は居ない、と言わせるほど完璧な相手役を務めたので、彼を雇った客はほぼ全員がリピーターとなった。

 中でも裕福な商家の一人娘であるサラは、頻繁にセイショウをデートに連れ出す。

 ただし、彼女の顔は結構な美人なのだが、女好きのカイでさえ敬遠するほど我が儘で感情的な性格をしているのだ。


「疲れるだろうね、彼女の相手は」

「金のためなら大抵の困難は乗り越えられる、ですよ」


 同情の言葉をかけるカイに、何でもないことのようにセイショウは答える。

 郷里で働いていた頃は、一癖も二癖もある人間を相手に商談や交渉を行っていたのだ。それに比べればずっと楽な仕事だと思った。

 感心した様子で見つめてくるカイの視線が、かえって気まずい。


「それよりも、さっさと仕事を片付けてしまいましょう」

「あ、うん。そうだね」


 居心地の悪さをごまかすように、けれどそんなことを微塵も感じさせない冷静さを保った声でセイショウが言うと、カイは素直に頷いてラブレターの返事を書く作業に戻った。

 セイショウもまた、数分後にはレポートの添削に集中していた。

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