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入学当日.3

「え、入るのか?」


 間の抜けた声を上げたのはベルだった。


「さっき歓迎するとか言ってませんでしたか?」

「ああ、まあ、そうなんだが……」


 呆れたようにセイショウが言うと、ベルは言葉を濁して視線を彷徨わせた。明らかにセイショウの返事は予想外だった様子だ。


「その……活動内容も知らないのに簡単に決めたから、驚いてな」

「金のためなら大抵の困難は乗り越えられる、がモットーですから」

「良い性格してるなー」


 ソルが収支報告ノートで顔をパタパタと扇ぎながら笑った。


「じゃあ、お前が会計担当な。今までは俺が兼任してたんだけどよ。助かるわー。俺、こういう細かい作業が苦手なんだよな」

「でしょうね」

「あ?」

「何でもないです。……で、どういう活動なんですか?」


 セイショウは手元に目を落として、ソルの視線をスルーした。

 ページを繰りながらザッと内容を確認する。やはり、かなりの額の収益が発生している。支出の額もそれなりに大きかったが、赤字は発生していない。この分なら、確かに普通のバイトでは得られないほどの儲けが見込まれそうだ。


「簡単に言うと魔法生物に関する様々なことを行う部だ」

「ざっくりし過ぎですよ」


 ベルの説明に容赦ない突っ込みを入れるセイショウ。

 初対面から散々な扱いを受けたので、こちらも猫をかぶるような遠慮は必要ないと彼は判断した。特に短い付き合いならまだしも、これから部活動を通して長い付き合いになりそうなのだから。


「すまない、どうも説明というのは苦手で……」


 ベルが申し訳なさそうな顔をした。

 年下であるはずのセイショウから生意気な態度をとられても、気を悪くするどころか大真面目に反省している。


(1番付き合いにくいタイプだ……)


 ベルを見ながらセイショウは、苦虫を噛み潰したような顔になった。冗談が通じない相手というのは慎重に対応しないと、あらぬ誤解やら要らぬ騒動やらを呼び起こす。この女性ひとを相手にする時は言葉に気を付けようと思った。

 彼女とは対照的に、そんな気遣いが全く無用に思えるのがソルだ。何でも冗談にしてしまいそうな態度を見ていると、そもそもこの男は人生を真面目に生きたことがあるのだろうかと思ってしまう。


「調査、研究、保護、飼育、繁殖、討伐……まあ魔法生物に関することなら何でも、うちの部の仕事だ」


 指を折りながらソルが説明する。 


「魔法生物……魔物、って略されるけどよ。その生態を研究することが主流だ。ただ作物が荒らされたり旅人が襲われたりと、魔物による被害が出ている場合は討伐を請け負う。逆に、絶滅しそうな種を保護して飼育したり、繁殖に手を貸してやったりすることもある」

「なるほど」


 頷きながらセイショウが横目でチラリと、部屋の隅で眠るもふりーなを見る。彼の視線に気づいたソルが「ああ、あれは違うぞ」と顔の前で手を振った。


「もふもふたちは神獣だからな。魔物とは違う」

「神獣……?」


 留学してくる前にオートの言語と文化、風習も予備知識として仕入れてきた。この国は様々な宗教が混在しているが、オート固有のものと言えば、多神教の『オルゴ教』のはずだ。


「オルゴ教では多種多様な神を祀る。神々の祠を見たことがあるか?」


 セイショウが滞在している下宿のすぐ近くには、水の神を祀った祠があった。下宿で水汲みの手伝いを申し出た時、主人から「帰りに井戸の水を少し、祠にお供えしてくるように」と言われて立ち寄ったことがある。

 どうやら近隣の住人が使う共同井戸の守り神として祀ってあるらしいが、こざっぱりとした小さな祠だった。


「祠の両側に、一対の神獣の像が設置されていただろう? あれが、もふもふともふりーなだ」


 神々と人間を仲介するもの。それが神獣であるそうだ。


「へぇ……僕、本物の神獣って初めて見ました」


 少し感動して、改めてもふりーなを眺めるセイショウ。神獣だと言われれば、その雄大さも美しさも、なるほどと納得できる。

 彼の母国でも神獣という存在は居るが、実物を見たことはない。全て伝説上の生き物か、架空の生物という存在であり、神と人間を橋渡しするのは人間の神官だ。


「オートでは神獣がとても身近な存在なんですね」

「いや、そうでもないぞ? 実際にもふもふを見たことのある人間なんて、ほんの一握りだ。滅多に姿を現さないからな」

「え、でも……」


 ソルの説明を受けて不思議そうに視線を戻すと、ベルが明後日の方向を向いていた。


「ベルはオルゴ教の唯一の巫女だ。もふもふたちと意志の疎通ができるのはコイツだけなんだよ」


 セイショウが目を瞠る。


「本来、巫女ってのはそう簡単に神獣を呼び出したりするもんじゃないんだが……この女、四六時中もふもふたちを自分の傍に置いて、移動に使ったり昼寝する時の布団代わりにしてるんだ」

「……」


 無言で彼女に視線を送るセイショウとソル。その圧力にいたたまれなくなったベルが、口を尖らせて反論した。


「……奴等とは幼い頃からずっと一緒だったのだ」

「だからって部室で飼うな!」

「私は学生なのだから仕方ないだろう!」


 これもきっと、日常茶飯事な言い争いなのだろう。ソルとベルのやり取りを、生暖かい目で見つめるセイショウ。

 きょろきょろと周囲を見回し茶道具を見つけると、自分のための茶を入れて2人の喧嘩が終わるまで待つことにした。ついでに近くにあった茶菓子も失敬する。

 コリコリと歯ごたえの良い、親指の爪ほどの大きさの焼き菓子を食べていると「くーん」と背後から声が聞こえた。

 振り向くと、目を覚ましたもふりーなが床に腹這いになり、上目使いでセイショウを見つめている。どうやら菓子が欲しいらしい。


「ほら」


 セイショウが菓子を放り投げると、もふりーなは嬉しそうに口を開けた。その口の大きさに比べると菓子はあまりにも小さく思えて、ちゃんと味がするのか心配になってしまう。

 目を細めて喉を鳴らすも様子も可愛らしく、何度かセイショウは彼女に菓子を投げ与えてやった。

 やがて茶がぬるくなった頃、喋りつかれたベルとソルがテーブルにやってきた。


「ああ、終わりましたか」

「君は環境適応能力が高いな……」

「神経が図太いとか言われないか、てめぇ」


 ソルの問いは無視して、セイショウは自分が座っていた椅子をベルに薦める。


「質問いいですか、ソル」

「なんだ?」

「先ほどの活動内容で、どうしてこれだけ稼ぐことが出来るんですか?」


 討伐の依頼をこなして報酬をもらうこともあるだろうが、それだけでは説明がつかない。

 セイショウの疑問に「ああ」とソルは頷いた。


「魔物から素材をとって売るんだよ」

「素材?」

「抜けた毛とか、角とか爪とか骨とか。魔法薬だけじゃなく、衣服や武具の材料になるものが多い。おまけに高値がつく。そういうのを集めておいて売るんだ」

「魔物の肉体に無駄なものは無い、という言葉まであるぐらいだ」


 ベルが穏やかに微笑みながら言った。

 なるほどと頷くセイショウ。魔物が多いといわれるオートだからこその話だ。魔物を単なる厄介者とせず、資源の1つとして有効利用しようとする姿勢が感じられる。

 先ほど触れたもふりーなの毛など、上質の絹に劣らない手触りだったし、神獣の毛という希少性も相俟って高額で売れるのではないか……と少々怪しいことを考えながらセイショウが振り向いた時だった。


「ベルちゃーん、居る~?」


 間延びした声とともに入口の戸が開けられ、ひょっこりと顔を出した人物。


「捕獲!!」

「きゃー!?」


 その顔を見た瞬間、セイショウは現れた人物を小脇に抱えていた。


「さっそく魔物ゲット! ソル、素材の確保!」

「ええええええ」

「落ち着けセイショウ。どんだけ金にがっついてるんだお前は」


 狼狽えるベルと呆れるソルの顔を眺めた後、セイショウはふっと息をついて身体の力を抜いた。


「冗談ですよ。僕だってキャットガーター族ぐらい知ってます」


 抱えていた人物をそっと床に下ろし、ぽんぽんと衣服を整えてやる。

 それはセイショウの腰ぐらいの背丈の少女で、ショートカットの髪に包まれた頬は丸っこく、どんぐり眼に呆然とした表情を浮かべていた。その頭には猫の耳が生えている。

 なんだよ冗談かよ……と舌打ちをするソルと違い、ベルと猫耳少女はいまだショックで固まってしまっている。

 セイショウは勝手に少女の手を取ると、「新入部員のセイショウです。よろしく」と挨拶した。


「あ……え~と……メーイです……?」


 少女が自己紹介する。展開についていけず、混乱していることが分かる口調だった。


「冗談だったのか……。それにしても心臓に悪い冗談だぞ」


 ようやく復活したベルが、咎めるようにセイショウを見つめた。その言葉で我に返った少女が、肩をすくめるセイショウの顔を下から眺めながら「メッ! ですよぉ~」と頬を膨らませる。


「……」


 動作も容姿も幼いが、やはり先輩なんだろうな……。

 ふくれっ面を見下ろしながら、すっと指を伸ばして顎の先をくすぐってやると、メーイは顔を綻ばせて喜んだ。


「メーイは飼育担当だ。飼育小屋の管理をしている」


 ひとしきり謝罪の意を込めて撫でてやると、メーイはすっかりセイショウに懐いたようだ。嬉しそうに彼の手をとって頬をこすりつけている。

 幼女趣味に見られないだろうかと密かにセイショウが心配していたら、ソルが彼女を顎で指しながら説明した。

 メーイは「あ!」と何かに気づいたように声を上げる。


「そうだったぁ~。ちょっと素材を集めるのが大変だから、手伝ってもらおうと思って戻ってきたの~。セイショウ君、お願いできる?」

「いいですよ」


 セイショウが頷くと、メーイは「ありがとう~。じゃあ、あのお鍋を持ってきて~」と部屋の一角を指さした。

 そこは本格的な厨房になっており、彼女が指さした先には大きな寸胴鍋が置いてある。

 急に不安になったセイショウが「随分大きな鍋ですね。どんな素材を入れるんですか?」と尋ねると、メーイは自分の袋から油紙に包まれた塊を取り出した。

 ガサガサと音を立てながら紙を広げ、中身をセイショウの目の前に突きつける。


きも


 早くも入部したことを後悔するセイショウだった。

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