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三日後

 オート国の暦では、週の真ん中である『火の日』は午後から休日となっている。コセキ総合大学でも正午をまわれば正門には錠が下ろされてしまう。ただ裏門は通行が出来るようになっているため、普段のセイショウは部室でカイの手料理を食べたあと、魔物の世話をしてから帰宅することにしていた。

 けれど今日はカイが大学にいない。二日ほど前に「ちょっと珍しい食材を調達してくるねー」と言って出かけたきりだ。

 くれぐれも余分なものを買って来るな、と念を押して送りだしたセイショウは、頭の中で部の出納帳を思い浮かべた。

 テンテン盗難事件に専念するため、魔法生物研究会では当面の間、魔物の討伐や素材の売買をしないことに決めている。つまり収入がストップしている状態なのだ。

 昨日届いたソルの魔法具は、やはり高価なものだったし、カイも今まで通りに食材を買ってくる。早く事件を解決しなければ赤字になってしまうだろう。

 いざとなったらカイに有料の料理教室でも開いてもらおうか。参加者を若い女性に限定すればカイも反対しないだろう。むしろ大喜びする様子が目に浮かぶ。


「お、セイショウ。もう帰るのか?」


 帰り支度をしていたセイショウに声をかけてきたのは、『応用魔法』の講義で一緒のアクセルだった。

 スラリとした長身で、頭に巻いたバンダナから長い亜麻色の髪が伸びている。

 美形というわけではないのだが、いつもいたずらっ子のような表情を浮かべている顔は、愛嬌があって女受けする。


「ああ。いったん下宿に戻って昼食をとろうと思って」

「へえ? 珍しいな。最近なんか元気もないし……女関係の悩みか?」


 アクセルにサラリと言われて、思わず返答に窮するセイショウ。脳裏にはベルの姿が浮かび上がる。しばらく前からベルとセイショウの関係はギクシャクしていた。表面上は以前と同じように振る舞う二人だが、見えない壁は確実に存在した。

 しかしセイショウはすぐさま平静を取り繕うと、落ち着き払った様子で「なんでそう思う?」と聞き返した。

 アクセルは見た目通り楽天的で大雑把な性格をしている。好んで「不真面目に生きる」ことを目指すタイプだが、実はその裏に冷静な観察眼と鋭い分析能力が隠れていることに、セイショウは気づいていた。 だからこそ、ベルとのことを見抜かれたのかと焦ったのだが。


「この世の中に、女のこと以外で悩む事なんてあるのか?」

「……まあ、君ならそうだろうね」


 ものすごく意外なことを聞かれた、という表情を浮かべて言うアクセルに、セイショウは脱力した。

 カイとはタイプが違うが、アクセルもまた女好きである。けれどカイに比べて女関係のトラブルが多い理由は、彼の性格が大雑把だからだ。

 面倒なことが嫌いで「まあ何とかなるか」で済ませるアクセルだから、カイのように女に対してマメになれない。浮気がバレないように注意を払うこともしないし、バレた時のフォローもしない。

 アクセルが、入学して四日目にとある女生徒から「女の敵!」と平手打ちされたのは有名な話である。


「今日も女がキレてさ。歯型をつけられた」


 袖をまくりながら言うアクセルは、ニッと顔いっぱいで笑っていて、全く困った様子も反省している様子もない。

 呆れながらもセイショウが思わず笑うと、急にアクセルが怯えたような顔つきで後ずさった。


「どうした?」

「……あぶねぇ。自分を見失う所だった……」


 胸を抑えて大げさにため息をつくアクセルの姿に、眉を潜めるセイショウ。そんな彼を、少し離れた所からしげしげと見つめながら、アクセルが首を傾げた。


「なあセイショウ。俺は女が好きだ」

「……ああ。多分、言われなくても知ってるよ」

「根っからの女好きだという誇りがある」

「それって誇るようなものなのかい?」

「男として生まれたなら、誇っていいと思う」


 よく分からない持論を展開させるアクセルに、結局なにが言いたいのかとセイショウが聞こうとした時だった。


「お前の笑顔はノーマルな男までそっちの気にさせる!」


 セイショウに指を突きつけて、責めるような口調でアクセルが叫んだ。


「なっ……」

「この俺がっ不覚にもっ男のことを『可愛い』とか思っちまった! なんだその色気。反則だろ!」

「知るか!」

「お前……本当に男色趣味は無いのか?」


 アクセルのそれは、セイショウにとって禁句だった。

 かろうじて爆発する寸前でギリギリ怒りを抑え込んだセイショウは、不気味なほどに低い落ち着いた口調で「ねぇよ」と呟く。

 だがその危険信号に気づかないアクセルは、更に禁句を重ねてしまう。


「じゃあやっぱり、噂通りの幼女趣味なのか?」


 数分後。驚愕の表情を浮かべたまま床に転がるアクセルの身体をまたいで、セイショウは教室を後にした。

 この日から「火の日の午後は、誰も居ないはずの教室に汚い男の悲鳴が響き渡る」という噂が囁かれるようになり、いつしか『コセキの不思議ミステリー』に加わることになるのだが、それはセイショウの預かり知らぬ出来事である。


 セイショウが裏門に近づくにつれ、塀にもたれて立っている人物の姿がハッキリと見えてきた。

 彼にとっては既に馴染みとなっているほど、良く知った相手だった。


「――メーイ?」

「セイショウ君~、一緒にご飯食べない~?」


 駆け寄ってきたメーイがセイショウの手を取って言った。

 どことなく緊張した面持ちのメーイの表情を見下ろして、しばらく考え込むセイショウ。

 やがて彼が「いいですよ」と答えると、彼女はホッとした様子で肩の力を抜いた。


「それで、どこで食べましょうか? できればあまり高くない店が良いですが」

「あの~……ピクニックとかどうかな~。実はお弁当があるの~」

「へえ。メーイが作ったんですか?」


 純粋な好奇心から出たセイショウの質問に、メーイは顔を赤く染めて下を向いた。


「……料理は苦手、で~……その~……買ってきたんだけど~」


 小さな声でもごもごと、言いにくそうに口ごもるメーイ。セイショウからどんな反応が返ってくるのかを恐れて彼と視線を合わせようとしない。

 セイショウは微笑みながら彼女の手を握ると「今日は天気が良いから楽しみですね。どこに行きますか?」と優しく声をかけた。

 顔を上げたメーイは、セイショウの目を見て安心したらしく、表情を綻ばせた。


「あのね~お弁当は飼育小屋の近くに置いてあるの~。二人で食べた後に、一緒に魔物の世話が出来るかなって思って~」


 熱心に言うメーイから、一生懸命さが伝わってくる。その姿を見れば、事情を知らない人間であっても微笑ましく感じてしまうだろう。

 セイショウも、彼女がなぜ自分をそこまで誘いたがるのかは分からないが、こんな顔で頼まれごとをしたら無碍むげには断れないと思った。特に断る理由もないのだから良いのだが。


「じゃあ行きましょうか」


 セイショウがメーイの手を引いて歩き出すと、彼女は弾むような足取りで後に続く。

 やがて二人が飼育小屋のあるエリアに近づいた時、最初に気がついたのは視力の良いメーイの方だった。


「あれ~? 誰か居るよ~。テンテンの小屋の前~」

「……もしかして密猟者、ですか」


 緊張で身体を強張らせたセイショウが囁くと、メーイはゆるゆると首を振った。


「ううん~。学生っぽいし~……それに、なんだかとっても綺麗な人っぽい~」


 少し躊躇った後、メーイは拗ねたような口調で最後の一言を付け加えた。


「確かに、よほど大胆な密猟者でなければ、こんな昼間からテンテンを盗もうとはしないでしょうね」

「もしかして入部希望者かな~? 色んな魔物の小屋を覗いてるよ~」

「入部希望者ですか」


 嬉しそうな声を上げたメーイとは対照的に、セイショウの表情が微妙に翳った。

 部員が増えると当然のことながら分配金が減る。収入のない今の状態では、なるべくなら避けたい事態だった。


「セイショウ君~、何としても入部してもらわないと~!」

「そうですねぇ……」


 意気込むメーイに対し、煮え切らない返事しかしないセイショウ。ぐいぐいとメーイに手を引っ張られても、ノロノロとした足取りで歩くだけだ。

 むぅ、と不服そうに頬を膨らませたメーイは、彼のやる気を呼び起こすための切り札を口にした。


「部員の数が増えると~、生徒会から補助金が出るんだよ~」


 次の瞬間セイショウは素晴らしいスタートダッシュを切って走り出していた。小脇に抱えたメーイが「んにゃあぁぁ」と悲鳴を上げたが、彼の耳には聞こえない。

 数秒後には、セイショウは小屋を覗き込んでいる女生徒の背後に迫っていた。彼の気配に気づいた女生徒が、後ろを振り向く。

 確かにメーイが言った通り、整った容姿をした女だった。歳の頃は17か18ぐらいだと思われるが、「かなり派手な女だ」というのがセイショウの第一印象だった。

 顔の造りも、化粧も、着ているものも派手だ。といって下品なわけではなく、彼女の雰囲気にしっくりと馴染んでいる。

 カイと並んで立てばさぞかしお似合いだろうなと考えながら、セイショウはにこやかに話しかけた。


「こんにちは。魔物に興味があるんですか?」

「ええ、まあ……。それより……その娘、大丈夫?」


 女生徒は答えながら、フサフサとした睫毛に縁どられた瞳で、じっとセイショウの脇を見つめていた。

 その質問で「ああ」と思い出したように声を上げたセイショウは、メーイを下ろして立たせてやる。


「きゅぅ……」


 少しフラつきながらも両足で地面を踏みしめたメーイは、ぼんやりと周囲を見回している。

 やがてハッと意識が覚醒した彼女は、恨めし気な顔でセイショウを睨んでから、女生徒の方へと向き直った。


「あの~、入部希望者の方ですか~?」


 少し頬を紅潮させながらメーイが言うと、女生徒は困惑した顔をした。


「入部?」

「僕たちは魔法生物研究会の部員です。その魔物たちは僕たちが飼育しているんですよ」


 セイショウの説明に、女生徒が後ろを振り返った。


「そうなの。誰が飼育してるのかな、とは思ってたんだけど……」

「私はメーイで、こっちはセイショウ君~。魔物が好きなら、うちの部に入部すると楽しいよ~。世話も出来るし~」


 メーイが笑顔を浮かべて勧誘すると、女生徒は肩をすくめて「特に魔物が好きっていうわけじゃないの」と言い、「それに、爪が割れそうだし」と完璧に手入れされた指先を眺めながら付け加えた。


「どちらにしても、クラブ活動をする暇もないし。ごめんなさいね」


 それだけ言うと、女生徒は立ち去ろうとした。その背中にセイショウが声をかける。


「君の名前は?」


 そんなことを聞いてどうするのか、と言われる可能性もあったが、彼女は振り向いて少しだけセイショウの顔を見つめた後「イノよ」と答えた。

 去って行くイノの姿を見送りながら、メーイが「……魔物が好きじゃないのに、なんであんなに見てたんだろう~」と首を傾げながら呟く。セイショウも同じことを考えていた。

 イノが飼育小屋を覗き込んでいた様子は、ただの興味本位とは思えないほど真剣だった。おまけに何か思案しているようにも見えた。

 もし彼女が密猟犯だとしたら、セイショウたちに声をかけられた際に、あれほど冷静で居られるだろうか。しかし何らかの形で密猟に関わっている可能性が無いわけではない。

 もう随分と遠くなったイノの後ろ姿を見つめながら、セイショウは彼女の名前と容姿を覚えておこうと思った。

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