中学時代
中学校にハルキは入学した。新しい友達や、ワカバがいて、楽しいと思っていた。
部活はバスケ部にしようと思っていた。けどそんな中、父の祖母が、父の誕生日の日に息を引き取った。とても悲しい知らせだった。
季節は夏が過ぎて、秋になった。私は美術部に転部していた。やっぱり諦めてしまった。そして、冬にはブラジルに帰国をすることになっている。
この部活にはいってまだ少ししか経っていないけど、4ヶ月もいなくなるのは淋しく思った。ワカバと別れて4ヵ月も連絡できないことになるのは辛いけど、またきっと会えると信じて、ブラジルに行く準備をしていた。
ハルキは他にも、辛いことがあった。それは、クラスのこと。
クラスでは陰口を言われていて、すごく嫌だった。不登校まがいなことも何回もあった。彼女は小学校でのことを思い出していて、辛くなっていた。
その反動か分からないが、部活では攻撃的になってしまっていた。その為、いつもホミヤガに当たってしまっていた。
自分が悪いのは分かっていた。自分をコントロールできない自分が弱いと、ハルキは知っていた。だけど、どうしていいのか分からなかった。
ついに、ブラジルに帰国する日が来てしまった。淋しいとは思うけれど、涙はやっぱり流れなかった。
心のどこかで、平気だと、大丈夫だと考えていたのだろう。それとも、親を信じられていなかったのだろうか。
どちらにしろ、ハルキの心は黒いものがたくさんあって、もう信じられるような感じではなかった。何故なら、もう自分が誰だか分からなくなってしまっていたからである。きっと、もう心から笑えないと思っていた。もう二度と…。
私は、ブラジルで様々な人の家にいた。それは、両親の兄弟達の家だった。
何日か、あるところに滞在してそしてまた、別の所に移動する。そんな感じだった。滞在先では、色々と手伝っていた。
大体の母方の兄弟の人が、店を持っていたのでその手伝いをしていた。
そんな事をしながら、帰国の時が来た。
年が明けて、4月私は新学年になった。
新しいクラスには美術部の部員や、小学校からの友達もいた。今年も、私とワカバはクラスが違っていたが、昔と変わらず仲良くしていた。
私にとっては、今年は上手くやっていけそうなクラスとなっていた。そんな日々のある日、不幸な出来事が起こる。
ある朝、彼女は電車が急ブレーキを掛けたように、聞こえた。だけど、夢だと思って起きなかった。この選択がショックを軽減する代わりに、後悔を増やすことになってしまった。
鉄道は人身事故を起こしてしまった。原因は、中学生がイヤホンを付けて、自転車で線路にいたことだった。中学生は病院に連れて行かれましたが、死亡。
その中学生は、ハルキと同じ中学校であり、同じ小学校の卒業生だったのだ。彼女はとてもショックを受けてしまっていた。夢ならば消えて欲しいと思った。けど、夢であるはずがない。
その時、彼女は朝のことを思い出した。急ブレーキの音。聞いていたのに、起きなかったこと。
そのことを思い出して、すごく泣いていた。卒業のときに考えていたことは、まるで紙のように破り捨てられてしまった。別れても会えるという考えは。
しばらくは悲しみの底にいたが、無理でも笑顔でいたかったその訳は、家庭が危険となっていた。
父の仕事がないので、仕事を見つけようとするのだが、外国人という理由で駄目になってしまっていた。そのせいで、父のイライラが母に当たり、その後私に来てしまって、私は心が不安定になってしまっていた。
そんなときに、ヒシが話を聞いてくれた。ヒシがいたから、今の私がいると思っている。ヒシが、あの時私の話を聞いてくれていなければ、もう存在していなかったと思う。
ヒシは、私の話を真剣になって聞いてくれていたし、私を励まそうともしてくれていた。そんな心遣いが私には嬉しかった。それからは、少しずつ変わっていこうと思ったいた。自分を上手くコントロールできるように。
それから、年は変わり私は受験生になり、勉強も難しくなった。そんな時、よく勉強を教えてくれたのが、ムっちゃんだった。
彼女にはよく、相談にも乗ってもらっていた。だからきっと、ハルキは信じられたのだろう。彼女の優しさを。
私とワカバは、お互いに励ましていた。彼女は自分の道を切り開こうと頑張っていた。私も合格したい高校があった。だから、励ましていた。
他の人は変わっても、彼女だけは変わらず接してくれていた。私はそんなワカバが大好きだった。家族のような存在だった。いや、家族より大きな存在で、暖かい光だった。
ホミヤガとは、部活で会うぐらいになった。去年はクラスも一緒だったから、毎日会っていた。一時は隣だったときもあった。
彼にはよくいじめのようなことをしてしまっていた。はっきり言えば私がホミヤガの優しさに甘えていたのだ。
そんな優しいホミヤガが好きだったこともあった。でも駄目だった。彼には好きな人がいたことを、当時の私は知らなかった。
部活ではいつものようにヒシと走り回っていた。正確に言えば追われていた。私はこんな毎日が好きだった。みんなと過ごす毎日が。
でもあと少しで、引退をしてしまう。そうなるとなかなか会えなくなる。
それでも楽しかったけど、やり過ぎだと思った。後になって考えてみれば、とんでもないことをしたと思った。
でも、それでもよかったと思える思い出の一部だった。これからも、いい思い出であり続ける。
体育祭などが過ぎていき、受験も終わった。結果は、合格していた。私は、嬉しかった。それからの毎日は、目まぐるしく過ぎていった。そして、遂に卒業のときが来た。
明日は、とうとう卒業式当日だ。辛くても、楽しかった中学校生活も明日で終わってしまう。今になって色々な思い出が、頭の中を走り去っていった。様々なことを考えているうちに、式は淡々と進んでいた。
もうすぐハルキの番だった。とても複雑な気持ちでいた。
そして、ハルキの番となろうとしていた
「樫吾 玻瑠希。」
「はい。」
ついに番が来てしまった。ハルキはたくさんのことを考えていた。
そして、卒業式は終わった。泣いている人、笑顔の人、嬉しい人、悲しい人。それぞれだったけど、私は少し、悲しかった。原因は人身事故で亡くなった人の名前を呼んでもらえなかったということ。
クラスに戻ると、私は泣いていた。今思うとあの涙はきっと淋しいから流れたのだと思う。
小学校の卒業式は、また会えるし、近いからと思っていたが、中学の卒業式では、高校はみんなバラバラになって、下手したらもう会えないかもしれないと思ったら急に淋しくなった。そして、式中よりも思い出が出てきて、いつの間にか泣いていた。泣かないと決めたはずの式に。
しばらくして、一年生と二年生の時に担任をしてくれた先生が来た。とても嬉しかった。
私は、もっと長くこの中学校にいたいと思った。みんなが揃って欲しいと思った。様々な想いを抱いて私は、中学校の正門を出た。
3年前の4月。私は期待と不安を抱いてこの正門を通った。それからたくさんの出来事があったけど、今、私はきっと言えるだろう。
「この中学校に通って良かった。」
って。
たとえ、どんなに中学校が悪く言われても、私はこの中学校が好きだった。大好きだった。そして、これから先も大好きでいたい。
3年間はあっという間だったけど、とても良い3年間だったと思う。先生や、仲間たちに支えられて、ここまで来た。これからも進んで行きたい。
-3年間ありがとうございました!-