身の程を知れと捨てられた光の聖女は普通に生きたい
「リュミエール『身の程を知れ』と言ったのだ」
一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。
仕事を片付けていた私に、研究室長であるユリシス様がそう言った。
こっちは忙しいんだけど、とりあえず首をかしげてみる。
「聞いているのか、リュミエール嬢」
うわぁ、イラついてるわね、急いで笑顔で返す。
「ええ失礼いたしました、その意味は存じておりますわ」
「なら話が早い」
ユリシス様は、いつものように整った顔で淡々と言った。
「私の婚約者が決まった」
手にしていた魔法陣の紙を落としそうになった。
「……え」
誰が?
「ああ、驚くのも無理はない。だが、父上が決めたことだ。相手は辺境伯家の令嬢だ」
この人は何の話をしているの?
「わたくしたちは、お付き合いをしていたのではありませんか」
3年前。
『公私ともに私を支えてほしい。未来を共に歩もう』
そう言って、ユリシス様は彼の瞳色の魔石が散りばめられたネックレスを贈ってくださった。
「終わった話だ」
ユリシス様は、わずかに眉を寄せた。
まるで私が物分かりが悪いといいたげに睨まれた。
伯爵家で不服なら、そちらは一体何様なのよ。
「リュミエール、君は優秀だ。よく私を支えてくれた。だが、私の妻になるには足りない」
「足りない?」
身長が?
「家格も、後ろ盾も、社交での影響力もだ。分不相応そういうことだ」
念押しした?胸の奥に紅炎が点いた。
非常に簡単に。
当然のように。
彼はいとも簡単にお付き合いしてきた三年を切り捨てた。ついでに研究室での六年も。
「幸い、大結界魔法陣は完成した。私も王立魔法師団へ戻る。正式な婚約者が決まった以上、未婚の君を側に置くわけにはいかない。王立魔法騎士団へ推薦しておいた。明日からそちらへ行くといい。」
私は、彼を見つめた。
自分だけが正しい、そう思い込んでいる目。
「ユリシス様。私がこれまで、この研究室で何をしていたか、ご存じですか」
「当然だ、秘書兼助手だろう、君はよく働いた,感謝する」
私は笑ってしまった。
これはもう話にならない。
「私が贈ったものは売って構わない。詫び金代わりにはなるだろう」
手切金、そうきたのね。
何かが静かに冷え切って消えた。
「ありがとうございます。では、ありがたく処分いたします」
「負け惜しみは見苦しい」
もういいわ。
私は,滅多に見せる事がない最上級の淑女の礼をとった。
「では、失礼いたします」
研究室を出る時、振り返りはしなかった。
疲れて物も言いたくない。
人はこんなにも簡単に人を傷つける言葉を発する。
でもその言葉がどこへ巡って返っていくのかまでは、考えられなかったのね。
それに、、それに、わたくしが足りてない?
そちらこそ、少し足りてらっしゃらないこと。
◇
翌朝。
第四魔法陣研究室は大騒ぎになっていた。
「起動しません!」
「もう一度、魔力を流せ!」
「流しています! でも弾かれます!」
「そんなはずがない!」
大結界魔法陣。
ユリシス主導で六年をかけて完成した、国境防衛用の大型魔法陣である。
だが王立魔法師団へ移送されてから動かない。
何をどうしても動かなかった。
◇
数日後、私は王立魔法騎士団の門の前に立っていた。
魔法騎士団は、研究職ではなく前線部隊だ。まあでも、光属性なら仕事は山ほどあるわね。
受付で推薦状を見せたら騎士が表情を変えた。
なに?もうくびにされた噂が広まってるの?
本部棟の面会室へ通され、待たされたのは、ほんの数分だった。
奥から現れたのは、長身の男性だった。
威圧感というか畏怖を感じさせる人が出てきた。
黒髪に、鋭い灰色の瞳。
王立魔法騎士団長、アルベルト・クラウス。
この方が、近隣諸国に名を轟かせ、国内で知らぬ人はいない最強の魔法剣士。
「リュミエール嬢か」
「はい」
「待っていた」
「…わたくしを、ですか?」
「そうだ」
団長は周囲に視線を向け人払いをした。
扉が閉まり、彼は静かに膝を折った。
え!なんで?まさか?
「お迎えが遅くなりました。光の姫君」
私は息をのんだ。ばれてる。万事休す。
どうしよう、おとうさま。
「な、なぜご存知なのですか」
焦りが止まらない。
「王弟殿下がご存じだ、あなたが何者かを知らずに迎えるほど我々は愚かではありません」
思わず顔を上げた。
クラウス団長は、まっすぐ私を見ていた。
「ここは実力の世界です、あなたの力を貸してほしい」
「良いのですか?」
「望むところです」
あぁ良かった、皇国にかえらなくてもいい。
「でも、わたくしは婚約を破棄をされ研究室を追い出されました」
「気の毒だが、拾った我々は運がいい」
拾った?
「では拾った責任はとっていただけるのでしょうか」
無意識に口をついて出てしまった,慌てて口を押さえるけれど遅い。
クラウス団長が、片眉をあげた。
「もちろん!熟考のうえ、拾わせて頂いた。人を見る目がなかった男に感謝している」
吹き出してしまった。
「クラウス様はずいぶんはっきりおっしゃるのですね」
「仕事では遠回しな言葉は命取りだ。」
「では私も…普通に民のために役に立ちたいです。派手に目立つのは避けたいですが」
クラウス団長はうなずいた。
「考慮するが、今のお名前で堂々と成果を出されよ」
その日から、私は魔法騎士団で働くことになった。
最初に任されたのは、討伐部隊の防御陣の修復。
私がささっと指で空中に線を引けば光が飛び、壊れかけていた防御陣が光り出した。
「直った」
若い騎士が呆然とつぶやき、歓声をあげる。
クラウス団長だけは顔色一つ変えない。
仕事は多岐に渡り、
騎士団同行の討伐、瘴気浄化、特に魔法陣の修理や改善、ただただ積み重ねた。
◇
魔法騎士団の魔法陣や魔道具を修復し尽くして、
騎士達に簡易の防御魔法陣の作り方を教えていた私は、クラウス団長に呼び出された。
「魔法師団に行ってくれないか」
動揺し焦った私に、クラウス団長は一枚の紙を渡してきた。
王冠に杖の紋章、王立魔法師団の正式文書。
応援要請という名の懇願だった。
大結界魔法陣が起動しない。
完成報告済みの国家防衛術式が使用不能。原因不明。
旧型の魔法陣が停止するまでに、緊急で、魔法騎士団の解析担当の派遣を請うものだ。
書類を読み終えた私はクラウス団長を見た。
「行けるか、リュミエール嬢、君しかいない」
笑顔で頷いた。
「無理はしなくていい」
「いいえ、あの魔法陣、見極めて仕上げてまいります」
「では、私も同行する」
「クラウス団長自ら?」
「魔法師団は、都合の悪い事実を隠すのがうまい,君の警護もある、それに,見ておきたい」
「ふふ、結構おっしゃいますのね」
クラウス団長は、渋い顔で顎髭を撫でながら遠くを見て言った。
「経験則だ」
なんかあったんだろうな。
◇
王立魔法師団本部の空気は重く澱んでいた。
まるで瘴気溜まりじゃないの。
疲れ切った魔法師たち、頬がそげ落ちたユリシス様は私を見た瞬間固まった。
こっちも、みんなの形相見て引いたけど。
「リュミエール?」
クラウス団長が私の前に一歩出た。
「王立魔法騎士団より派遣された解析責任者だ」
ユリシス様が目を見開く。
私は一礼した。何でもないふりで挨拶をする。
「お久しぶりでございます、ユリシス様」
彼は何か言いかけて、口を閉じた。
挨拶が済んだら彼に用はない。
私は大結界魔法陣の前に立つ、周囲の視線が集まる。
計算され尽くした魔法陣。
ユリシス様が優秀な研究者であることは間違いない。
けれど、決定的に足りないものがあった。
「この魔法陣は、通常の皆様の魔力では起動しません。
中心核に、光属性の高密度魔力が必要なのです」
ユリシス様の顔から血の気が引いた。
「そんな話は聞いていない」
「報告書はあげております」
いい加減気がついて欲しい、光属性とヒントをあげたのに、察してよ。
「つまり私より出力の低い方が起動しようとしても、陣が魔力を受けつけないのです」
「低い?魔力が?」
まだわかんないのかしら?もう!
「で、直るのか」
「はい、直します」
ぼろぼろの疲弊した魔法師達が安堵の表情でこっちをみる。そんなすがるような顔。
「最初から作り直します。魔力が足りない、いえ少ない方々が動かせるように」
ユリシス様の肩が震え拳を握りしめている。
私は責めたりしていないわ。
ただ、真実をお伝えしているだけ。
クラウス団長が低い声で言った。
「報告書にはそのまま記載する。大結界魔法陣は、リュミエール嬢の魔力供給と調整を前提として成立していた。よって、彼女を外した現体制では運用不能、よろしいな」
「待ってください!」
ユリシス様が叫んだ。
「それでは私の成果が」
団長の周りの温度が下がった。
「あなたの成果ではないのか?」
ユリシス様は答えられなかった。
私は静かに書類を閉じた。
「ユリシス様」
「……何だ」
「成果とおっしゃいますが、これで王国の民や多くの命が救われるのであれば、誰が作ったか問題ではありませんわ」
ユリシス様の端正な顔が歪む
「君は私を笑いに来たのか」
「直しに来ただけです。そして、あなたが何を見ていなかったのかを知っていただくために」
「リュミエール、私は」
彼の言葉を遮った。
「さて次のステップに進みましょう。時間が無いのでしょう」
過去を回帰する暇はないし必要もない。
団長が告げた。
「本日付で、大結界再構築計画は魔法騎士団預かりになった。責任者はリュミエール嬢だ」
室内がざわめいた。
ユリシス様が、信じられないという顔で私を見た。
「つまり…君が、私の上司になるのか」
私は微笑んだ。
「期間限定ですが、自然な成り行きかと、お気になさらずに」
彼の握りこんだ手が震えている。
「私は、君にひどいことを言った、取り消したい」
「取り消せませんわ…第三王子殿下」
静かにそう言うと、彼は唇をきつく噛んだ。
そうよ,もう知っているのよ。あなたは王族。
「……そうだな」
私は彼から目を逸らす。
ユリシス様は、もう何も言わなかった。
そう黙ってお仕事してちょうだい。
◇
再構築計画は、数週間で完成した。
ユリシス様の理論を基礎に、私が魔力導線を作り替え、魔法騎士団が実戦運用に合わせて調整した。
完成式の日、陣は王都の空に淡い金色の光を広げた。
誰か一人の魔力に依存しない、国家防衛用の大結界。
式典の後、団長が私に書類を渡した。
「辞令だ」
「またですか?」
最近,出世街道まっしぐらだ、このままでは次期王妃にされそうだ。
辞令にはこう記されていた。
王立魔法騎士団、魔法陣開発官
私は目を瞬いた。
「開発官?」
「妥当なところだ」
「また目立ちますね」
私は小さく笑った。
その時、背後から声がした。
「リュミエール嬢」
ユリシス様だった。
彼は更に痩せていたが、ブルーグレーの瞳は光を湛えていた。
「君に、謝りたかった」
私は黙って彼を真っ直ぐに見据える。
「すまなかった」
深く頭を下げる彼に、私に何を言えと。
許す、ではないし、
許さない、と言うほどの思いも消えた。
そう、もう,いいわ。
「ユリシス第三王子殿下」
「…っ」
「もう、終わった事ですわ。そんな事を覚えているほどわたくしは暇ではありませんの。ですが、あの日の言葉は、殿下はお忘れにはなれないでしょう」
「……当然だ」
「だから、今後は仕事で返してください」
「分かった」
私は一礼し、その場を離れかける。
すると団長が、なぜか私の隣に並んだ。
「リュミエール嬢、この後祝いの席を用意した」
「えっと,このあとは」
断るかお受けするか、どっち、おかあさま。
「私が祝いたい」
え?これはまっすぐなお誘い。どうしよう。
本気で少し困って、私は頭一つ分以上高いクラウス団長を見上げた。
「クラウス団長は、私を特別扱いしないのでは」
「仕事ではな」
「ではその?」
「祝いの席は仕事ではない」
ありゃぁ,どうしよう。
私は耳や頬に熱が集まるのがわかった。こればかりは制御は無理。
クラウス団長は平然としている。
「普通に生きたいのだろう」
「ええ」
「なら、普通に祝われればいい」
「理屈として合っていますか?」
「合っている、これも自然の成り行きでは」
私は少し笑った。
ユリシス様が少し離れた場所からこちらを見ていた。
私はクラウス団長の差し出した大きな武骨な手を見た。
それから、そっとその手を取った。
「では、普通に祝われに行きます、クラウス団長」
「それはよかった、では、アルベルトと」
もう名前呼びなの?
「…ア…アルベルト様」
「では行こう。」
アルベルト様はユリシス様へ何かささやいた。
「では従弟殿、我々はここで失礼する」
……従弟?
え?
今、なんて?
私は頬も手も熱くて聞き返せなかった。
まいいか。
王族でもない。
華やかな舞踏会でもない。
物語の姫君のようなお迎えもない。
私には望む居場所があって、
私の仕事を私のものと認めてくれる人がいて、
飾らない私を見てくれる人がいる。
……うん、これがいい。
だから私は今日も、背を伸ばし凛々と歩く。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語を少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
評価・ブックマーク・ご感想をいただいた皆様、ありがとうございます。
ご感想で文章表現についてご指摘をいただき、大変勉強になりました。
今後の執筆に活かしていきたいと思います。 澪




