化け物伯と追放令嬢
「お前となど婚約破棄だ!!」
ブチギレた婚約者が叫んだ。
こちらもそうしたいのは山々だけど、それは無理でしょう……。
そう思いながら困った顔で婚約者さまを見た。
さて、そんな婚約者との諍いも、早三ヶ月ほど前の出来事。
感情的に叫ばれた婚約破棄騒動は、当然そう簡単に成るはずもなく、破棄ではなく婚約解消となった。
まあ、ブチギレたからと言って衝動的に破棄とか叫ぶお相手とご縁を結ぶのはお互いちょっと厳しいね、という手打ちの結果だ。
私にもきっと悪いところはあったと思うの。でも、元婚約者も元婚約者だったのよね。とにかく心が狭かった。あと、頭も悪かった。その上、なんでそんなことするの? っていうことばかりするのも、とても嫌だった。
……いえ、人のせいにするのは良くないわね。きっとあちらも同じ事を思っていただろうし。お互いが、やることなすことイラッとしてた気がするもの。
きっと私たちは、徹底的に、相性が悪かった。
だから、婚約解消できてお互い良かったんだけど、その後が最悪だった。
私は人前で辱められた被害者だというのに、社交界からは腫れ物扱い。半ば爪弾き状態となってしまって、王都から少し離れた別荘に、療養中という名目で追い出された。
元婚約者は普通に社交をしているらしく、どうして私が追放されているのか納得がいかない。
でも、男女関係って、どうしても男性には武勇伝、女性には瑕疵として語られやすいのよね。
そこへきて、あの元婚約者、嫌がらせのような縁談を私に回してきた。迷惑をかけたからと善意みたいな顔して、絶対に悪意の塊の縁談だった。
こんな療養などといってはじき出す程度じゃなく、確実にこの王都から追放してやろうという思惑が透けて見える。しかも私に絶望を与える気満々としか思えない内容だった。
その顔合わせは断れるものではなかった。
そう、勝手にお見合いをセッティングされていたのよね。断ったら相手に失礼になる。
その場合、被害を被るのは本来なら元婚約者の家だけのはずなんだけど、お見合い相手が、ちょっと大物すぎた。
国の守護者、北の辺境伯さまである。
私の瑕疵ではないにしろ、断って印象悪くなるとか絶対に避けたい。
辺境伯さまの顔を潰すとか、恐ろしくてできるはずもない。
私は領地を持たない名前だけ貴族の子爵家令嬢だ。広大な領地と権力と武力を持つ辺境伯さまとは格が合わない。
普通なら、見合いどころじゃなく、言葉を交わすことすらできないような雲の上の方だ。物理的に領地も遠すぎるから、まず顔を合わせる機会もない人だ。
それを、どうやったのか、見合いまで取り付けてくる力の入れ具合に、悪意しか感じない。
そんな身に余るような見合いだけど、成立してしまったのには、当然訳がある。
件の辺境伯さま、曰く付きなのだ。
断りたい。
お見合いなので、合わなかったら断れると思うでしょう?
違うのよねぇ……。
お見合いっていうのは、結婚前の顔合わせと、ほぼ同義。お見合いした時点で世間の認識が「婚約しました」となる。この人と結婚するから顔ぐらい見ておく? という顔合わせなのよね。
婚約を解消した傷心の令嬢に、なんということをしてくれるの。政略でない場合の婚約は、普通は、会食などで偶然という形を取って引き合わせて相性を見たりするのよ。そっから婚約。それが婚約確定の見合いとかひどすぎない? それが迷惑をかけた私への仕打ち?
私が悪意と確信したのもそのせいだ。
婚姻が成立しないとしたら、それは基本的に家格の高いほうが断ってきた場合のみ。つまり、辺境伯さまが断ってくれたらいいのだけれど、この話を受けている時点で、その望みは薄い。
私の方もがんばればなんとかできるかもだけど、断るデメリットが大きすぎる。
それだけ不本意なのに、お話自体は「お詫び」として成立するほど、分不相応な程に良すぎるお話なのよね。建前がしっかりしてるから表向きは怒るに怒れない。
身に余るので……と、断ったけれど、外枠が良すぎて、断れない仕様だった。
辺境伯さまにつきまとう曰くを口実に断るのは、木っ端貴族にはできない。そこを持ち出すのはめちゃくちゃ失礼に価するので。
粘った末、ありがたくお受けいたします。となったわけだ。
元婚約者の嘲笑う顔がちらついてムカつきますわぁ。
辺境伯さまの手前「あんな話を押し付けて!」なんて口が裂けても言えないのよね。表向きは感謝の言葉しか言えないこの悔しさ。
さて、件の辺境伯さまは、このたび珍しく王都に来ていらっしゃるとのことで、めでたく見合いの席となってしまった。
むしろ、辺境伯さまが王都に出向いてこられるから、この話をねじ込んだというのが正しいだろう。
怒っても仕方がない。いい話なのは間違いないのだ。私は、私なりに覚悟を決めた。
覚悟は決まっていたはずだった。
北の辺境伯と呼ばれるその人は「化け物伯」という蔑称がある。
その名の通り、化け物じみた見た目をしているというのである。
化け物って、そこまで言う? と思っていた私は、きっと箱入り娘だったのだろう。世界を知らなかった。
魔物が跋扈する辺境で国境を維持するような屈強な男性だ。きっと、顔に傷でもあるのだろうと、高をくくっていた。
最初の顔合わせの時点では、顔が半分仮面で隠れていたので、そこに傷があるのかしらと軽く考えていた。仮面の方が目立つんじゃないかしら、だから変な噂が出てしまったのかも、などと思ったほどだ。
辺境伯さまはまだ二十代半ばの大変見目麗しい男性だった。国境を守る辺境伯に相応しい逞しい体つきではあったけれど、魔法剣士という特性上、決して筋肉だるまではなかった。鍛えられた均整の取れた肉体は、化け物とは程遠い洗練された美丈夫だったのだ。
どこが化け物伯? 仮面の下に傷がある程度でしょう?
だから、やっぱり噂って当てにならないと思った。
けれど現実とは厳しいものなのね。
二人きりで話をするために庭に出て、辺境伯さまが隠していた仮面の下の顔をあらわにしたところで、自分が間違っていたことを知る。
傷? そんな生易しいものではなかった。
あらわになった精悍な顔立ちはとてもきれいに整っていて、見惚れるほどの美青年だった。
……ごく一部をのぞいて。
その、ごく一部が、すこぶる問題だった。美青年な部分が全部霞んで、そのごく一部に目が釘付けになるほどに。
え? それ、どういう状態?
化け物と呼ばれるのも納得というか、そう呼ぶ人も出てくるだろうなという状態だった。
顔全体からするとの六分の一くらいの範囲。左目周辺が、肉がむき出しになっている、というのだろうか。皮が剥げたような、肉がボコボコとヌメヌメとしているというか、内臓が裏返ったみたいな肌感で、目の部分はその肉に埋まりつつも眼球が飛び出したみたいな状態というか……。
思った以上に、グロくってよ……?
これから結婚をするというその人を目の前にして、私は言葉を失い呆然と立ち尽くしてしまった。
辺境伯さまは嘲るようにふんと鼻を鳴らし、不愉快さを隠そうともせずに私を見下ろしている。
「化け物の顔がそんなに気になるか」
まあ、気にならないと言えば嘘ですよね……!
なんて言えるはずもなく。私は賢明にも口をつぐむ。
いいえと嘘をつく勇気もないために、少し首を傾げて微笑んでごまかすことにした。
「お前は俺の妻になろうというんだ。正直に言ってみろ」
いやぁ、親しき仲にも礼儀ありって言葉がございまして……。
にこにこと笑顔で辺境伯さまと視線を合わせるけど、飛び出したむき出しの目が気になって仕方がない!
「何でもないふりをしたところで、この顔が気になってしょうがない様子だな」
申し訳ありません! その通りです!
私が視線を逸らそうとしたところで、辺境伯さまはぐちょぐちょなその左目周辺を手で軽く覆う。
ひょぇっ!
それを見て思わずビクリと私の肩がはねた。
ぞわりとした震えがはしって身体が無意識にこわばった。
こわい。これは、心臓に悪いわ……。
そっと目をそらす。
「どんな物好きな女が見合いを申し込んできたのかと思えば、見ただけで怯えるなど論外だな。目的は、金か、権力か」
いやいやいや、待ってください。なんで私が好き好んで申し込んだみたいに思われておりますの? って、考えるまでもないわ。あの元婚約者の嫌がらせでしょうね。
これ、私が望んだわけじゃないなんて否定したら、辺境伯様への侮辱になりかねないやつじゃないの! ホントに嫌なやり方をするわね、あの男!
もんもんとしていると、辺境伯さまの視線が更に厳しくなってゆく。
「気持ち悪い顔など見たくもないと言えばいいだろう。取り繕われると、余計に気分が悪い」
「ち、ちがいます…!」
私は慌てて顔を上げる。
とりあえず、あのバカのことは置いておいて、辺境伯さまの誤解を解かなきゃ!
さっきびっくりしたのは決して気持ち悪いとかそういう意味ではありませんわ!
「そういうつもりはございません!」
けれど辺境伯さまからは無言のまま、ひどく冷淡な視線が向けられた。
「あ、あの、本当にそういうつもりではなく、あのっ」
「不愉快だ、言い訳など聞きたくもない」
確かにそれはそうでしょうとも! でも、違うのぉぉぉ!!
「い、痛くないんですか!!」
叫んでから、バッと口に手を当てる。
眉間に皺を寄せた辺境伯さまが先を促すようにじっと見つめてくる。
どうごまかそうかと必死で考えたけれど、ごまかせるだけの言葉が見つからない。黙っていても余計に機嫌を悪くさせそうだし、おそるおそる白状することにした。
「い、いま、その、手を触れていらっしゃったので……、だって、直接目を触ったら、痛いのではと。見てるだけで痛そうで、こう、ヒェッとなりまして……」
あんまり触れられたくないだろう身体的なところに言及するのは、大変気が引けてしまう。でも、気持ち悪いと勘違いされるのよりはマシかなって思ったのだけど、案外、露骨に事情を聞く方がもっとダメかも……。
え、その場合、どうしたら良かったの、私。
不安がぐるぐるまわる。
けれど、聞こえてきたのは先ほどとは打って変わって、険のとれた力の抜けた声だった。
「……いや、痛くはない」
「そ、そうですか! よかった! その、傷がむき出しっぽい感じだったので、それだけでもヒリヒリしそうですし! 目は瞼もなさそうだったので、乾燥して痛そうだし、そこに触れて張り付いたら、剥がす時も痛くなりそうだし! もう、見てるだけで痛そうで……! 違うのならよかったです!!」
目元を覆った瞬間から、気になって気になって仕方がなかったの。
彼の怒ってない様子にホッとして、心の中に渦巻いていた心配が、つい口から溢れてしまった。
けど、言うだけ言ってしまってから、ハッと我に返る。
しまった! 余計なことまで言っちゃった!
いくらなんでもこの顔を見て「よかったです」はないでしょうに!
再び口をふさぐように手を当てる。
「……も、申し訳ありません、余計な、ことを……」
顔の異形に対する感想とか、どんな内容でも、絶対言及されたくないやつよね。
なんてったって通称化け物伯。散々不快な反応され尽くされてる人だ。何が地雷かわからない。
何がセーフかは、その人の考え次第のロシアンルーレットだ。
言及だめ、絶対。
涙目になる。
そもそも気にしてるとこをそんなふうに同情されて、気分がいいわけがない。
どうしましょう……。本当に申し訳ない……。
「……こわくないのか?」
「……え?」
怒ってはいない様子にぽかんとする。セーフだったらしい。
よかったぁぁぁ!
辺境伯さまは少し驚いたような顔をしているだけだから、つい安心してしまった。そして更に軽くなる私の口。
「え、こわいですわ。そんなに剥き出しだと、うっかり触ったら、痛そうで、とても怖いです。それ、覆ってなくて大丈夫なんですか? もしかして仮面に保護機能とかあったんじゃないですか? いえでも、なんか張り付けたら張り付けたで剥がす時痛そうですわね……! え、大丈夫なのですか?!」
……大丈夫なのですかと問いたいのは私の頭の方だわ……。
本音がこぼれている。喋ってる口が止まらない。
途中でまた喋りすぎてるかもと頭をよぎったけれど、辺境伯さまと目がガッチリ合ってしまったのが不運だった。それで動揺して目を逸らしづらいし、頭が真っ白で本音が止まらない……!
やめて! 考える隙を与えて! もうちょっと配慮できる精神状態の時に喋らせてほしいの! 取り繕いたい!
黙りたいのに、ちゃんと答えなきゃと思ったせいで、どこを黙ったらいいのか判断がつかず、とりあえず思ったままが口から出てしまい、大惨事が起こっている気がする。たぶん気のせいじゃない。
「気持ち悪いだろう?」
「いえいえいえ! 内臓を直視したみたいな気持ち悪さが多少はありますが、それより痛そうとかわいそうのほうが断然強いのでそれどころじゃないっていうか……!」
それどころじゃないのは、私の口のゆるさですわね。
やばいですわ、止まらないのですわ。
だまりたいのに、聞かれたら、何か答えないとって気持ちに負けてしまう。
この答えはよくないのはわかるけど、どこがどうよくないのか、混乱してよくわからない。頭の中が、真っ白!
「ごまかそうとするな。ずっとここを見ているではないか。醜いのだろう。どうせ嘲笑っているのだろう」
「ま、待ってください! それは、見慣れないものが顔に付いてたら目がいってしまうのは仕方がないっていうか……! 醜いとかじゃなくて、顔に傷があったら目がいきますし、たとえば顔に傷がなくてもファッションで眼帯してたりしててもいろんな意味で二度見してしまいますし! 元婚約者のやってた眼帯は見ていて痛々しくて見れたものではありませんでしたが、あの時元婚約者に感じた「知り合いと思われたくない」というほどの嫌悪感は、辺境伯さまには全く感じないですし! 衝撃的には……、あ、そうだ! イケメンが鼻に詰め物してそれがビローンって出てるのに、何事もなく普通に生活してるのを見たらつい凝視してしまうのと同じぐらい衝撃かもしれません! その程度です! でも、決して、醜いだとかではなくって……!」
「……鼻の詰め物と、同等……」
「あ、いえ、あくまで衝撃の度合いで、決して同じ感情を抱くというわけではなくてですね!」
自分で言っていて何を言っているのかよくわからなくなっているけれど、とにかく、取り繕わなければと必死で言葉を重ね続けている。
それに比例して、墓穴が、だんだんと広く深くなってる気がするのは気のせいじゃない気がする。けれど、止めどころが分からない。どうしましょう。
とりあえず、その掘り進めた墓穴に入って埋まりたい! お願い! その冷たい目で私を見ないで! 誰か! 私に土を! 土をかぶせて! いっそ墓穴に埋めてぇ!!
喋りながら、頭の片隅でやばいのを自覚していて涙目になる。
「お前は、こんな顔の男が夫になって、嫌ではないのか」
だから更なる追撃はやめて!
でも、もう、黙るという選択肢をチョイスできるほど思考は働いてなくて、やばいという気持ちのまま本音が垂れ流されてゆく。
「お顔のその状態については、その、嫌とかどうとかよりも、とにかく触れてしまえる状態のほうが怖いです! その、醜いとかじゃなくってですね、私には、病気とか剥き出しの傷とかのように見えるので、とても痛そうに見えるのです。辺境伯さまは大丈夫そうにしていらっしゃいますが、どこまでが問題で、どこからが大丈夫かを明確にしていただきたいといいますか……! そこがはっきりすれば特に問題はありません!」
「……気持ち悪いだろう。どう言い訳を重ねても触りたくないくらい気持ち悪いということなのだろう。……この顔は普通ではないのだから」
そう言われて一瞬考える。
うーん。どうかしら。
「それは、見慣れたら、慣れると思いますので、私としてはそこも問題ないと思いますわ」
たぶん。
「……気持ち悪いのも普通ではないことも、お前は否定しないのだな……」
辺境伯さまの低い声が、ひどくしょんぼりして聞こえる。
しまった! そこは否定するところでしたの?!
いえでも、否定したところで、そんなの絶対嘘じゃないですかーーー!!
そんなトラップ仕掛けないで!
逃げ道なさすぎて、私は黙り込んだまま冷や汗がダラダラ出るのをこらえた。
「いえ、あの、でも、その、強い拒否反応みたいなのは、特にないといいますか……」
ぜんっぜんフォローになってないですわね!!
言ってから自分の言葉の内容に絶望する。
辺境伯さまの顔が、すこし、悲しそうに歪んだ気がした。
「ではお前は、この異形にさわれるというのか」
辺境伯さまが私の手をとった。
男性から手を握られた事実に、顔がボンッと熱くなる。
「ひゃぅあ! あわわわ……」
と思ったら、ぐっと手を引きよせられ、私の指先をその異形の部分に触らせようとしてきた。
「わぁぁぁぁぁ! ま、まって! まってください!! 手! 素手は!」
慌てて手を引こうとするけど、力が強すぎて逃げられない。
辺境伯さまの顔が歪むように笑った。
「どう取り繕っても、所詮は触るのが気持ち悪いということだろう」
「あ、洗ってから! ちゃんと手を洗ってから!」
「触ったあとで洗わせてやる」
「先に! 先に洗わせて下さい! 汚い手で触って膿んだらどうするんですか……!」
私の悲鳴のような叫びに、辺境伯さまがキョトンとする。
あ、なんかかわいい。
「……まさか、俺を心配して言ってるのか……?」
その言葉に私は発狂したように叫ぶ。
「最初からそう言ってるじゃないですかーーー!! そんな痛そうなお肌、触るとかこわすぎます!!」
途端に辺境伯さまが声をあげて笑った。
「ははははは!!」
笑いどころじゃないです!
「これは魔障でなってるのだから魔物の皮膚と似たような物で、むしろ人間の皮膚より丈夫だぞ」
「そ、そうなんですか……? じゃあ、本当に痛くないのですね……? 触っても、本当に障りはないのですね…?」
恐る恐る問いかける。
見た目がぬめっとしてるから、傷口が体液で光っているようにも見えるのよぉ……。汚れた手で触っちゃいけない感がすごい。触るのこわい。
「ああ、ぬめりのように見えるが、それも多少湿り気が感じ取れる以外は手につかない。透明で柔らかいゲル状の膜が皮膚のように覆っているだけだ。鋭いもので突き刺してもなかなか貫通しないし、汚れもすぐに落ちる」
そう言って辺境伯さまはその異形の部分をつまんでみせた。
ひょえ! 痛そう……でもないかも。本当に透明の膜っぽいのが見て取れる。
おお! 驚くべき事実に好奇心で思わず心が弾む。
「有能ですね! すごいです! もしかして眼球の部分も同じですか?」
「ああ」
「便利! 目にゴミがはいらないとか、有能!」
衝撃で叫んだ途端、辺境伯さまが噴き出した。
ぐふっと。
え? え? わ、笑うところ、ありましたか?!
おなかをかかえて笑ってるんですけど、この人。とりあえず辺境伯さまが笑っているので、私もへらりとわらってごまかしておく。怒られなくてよかったわ。
「似たような魔物がいるのを知っているか? 肉の塊で地べたを移動する……」
「存じております。あの魔物、気持ち悪いですよね」
頷くと辺境伯さまが無表情になる。
え? なんかしょんぼりして見えるんだけど、気のせい?
「……やはり、気持ち悪いか……」
「いえ、辺境伯様のことではなく……!」
「同じだろう。あれと俺の皮膚は同系統のものだ」
また失言しましたわーーーー!!
どうする! どうする?!
「じゃ、じゃあ、私、頑張って、あの魔物をかわいいと思えるようになります!」
「それは趣味が悪すぎだろう……」
「急な掌返しがひどい! 自虐はやめて下さい!」
泣いちゃう!
わたわたしながら取り繕おうとするけれど、この手の自虐に返す言葉が見つからない!
何とか慰めたくて口をパクパクしていると、辺境伯さまがまた笑った。
けれど先ほどの笑いとは違う初めて見せてくれた柔らかな笑みに、ドクンと心臓がはねた。
「君は、これをかわいいと思えるように、頑張ってくれるのか」
「はい! 頑張ります! ちょっとグロテスクな厳つさがキュート! 完璧な整った顔にちょっとグロさが混ざることでワイルドできも可愛さが増してる! って思えるようになります!」
「きも可愛い……。最低のセンスだな……」
私のセンスが一刀両断! 辺境伯さま、さっきからひどい!
「どうしろと……!」
「これは、普通に気持ち悪いだろう」
苦笑した辺境伯さまにちょっと困ってしまう。
「ええー……? でも夫の顔ですから、せっかくなのでかわいいと愛でたいじゃないですか……」
「……いや、頑張って何とかなるものなのか、それは」
「え、はい、たぶんいけます! 辺境伯さまはおやさしいですから! お顔自体はすばらしく整っておられますし! そのグロさと整った顔というギャップはむしろいい味になる可能性を秘めていると思うのです! あばたもえくぼっていうの、割と事実だと思うのです! 現にグロさはだいぶ見慣れました! まだ、つい目がそっちにいっちゃうんですけれど、そういうものと思えばたぶん慣れます!」
辺境伯さまが肩と声を震わせながらつぶやいた。
「君は……絶妙に失礼だな……」
ですよねーーーー! なんとなくそんな気がしてましたわ! 失言が止まらない……!!
でも辺境伯さまは、うつむいて口元を押さえて小刻みに体を震わせている。めちゃくちゃ笑いを堪えていますわね?!
笑ってくれているのが、救い……救いなのかしら! いえ、良くないわよね!! ごめんなさい!!
「正直すぎると、言われないか……?」
「そのせいで! 婚約破棄をされましたわ!」
辺境伯さまがまたしても噴き出した。
笑ってください! ええ、もう、好きなだけ!
あのムカつく元婚約者も、辺境伯さまが笑うネタになったのでしたら本望でしょう!
「かわり者の嫁が来たな」
楽しげな声がする。辺境伯さまが笑っている。
だから私もなんだか嬉しくなった。
私、この方のこと、なんだか、好きだわ。
辺境伯さまが笑ってくれるのなら、かわり者の称号は受け取っておきましょう。
ほんのり照れながら辺境伯さまを見つめる。
「もらっていただけますか?」
「そうだな、歓迎しよう、花嫁殿」
「ありがとうございます!」
やったー! 優しそうな旦那さまのいる嫁ぎ先確保!
化け物伯だなんて噂されてるけれど、話してみれば、私の失言も笑って許してくれる優しい方で、もしかしたら私は、とても良い方に出会ったのかもしれない。
最初こそ怖い態度だったけど、結構失礼なことばかり言っていた私に全然怒る素振りのない辺境伯さまの懐は、たぶん結構深い。
元婚約者に感謝するのは癪だけど、これはいい縁談だったかも。
「素敵な旦那さまができてうれしいです」
「そうか」
笑顔の私の手を取って、彼が口づける。
こうして私たちの婚約は相成った。
出会いから半年後、私は王都を去った。
元婚約者のせいで居心地悪くなったこともあるし、辺境伯様との婚姻の噂も好意もあるけど揶揄するものも多いし。未練はない。
ただ、逃げたと思われるのはちょっと元婚約者に負けたみたいで嫌だし、化け物伯なんて呼び方もちょっと癪に障るので、仮面をつけた辺境伯さまと、ラブラブな様子を見せつけてから、仲のいい方たちからは祝福されて旅立った。
仮面はちょっとインパクトあるけど、とにかく顔がいいから仮面がかっこよく見えるのよね。顔が良いって強い。
羨ましがられて、ちょっと気分が良かったので、辺境伯さまにお礼を言ったら、微妙な顔をされた。
「きっと、そういうところが、君のいいところなのだろう」
どこか諦めを含んだ声が印象的だった。
顔にコンプレックスある方なので、そういう自慢は気分がよくないだろうな、というのもわかるの。それはちょっと申し訳ないんだけれど、グロかわも、イケメン顔も、どっちも顔が好きで突き進むつもりなので、これからも諦めてほしい。だから、謝りもせずにうふふと笑ってごまかしておいた。
そんな私に辺境伯さまは苦笑する。
向けられる表情は、最初に言葉を交わしたときとは比べ物にならないくらい柔らかだ。
最初の厳しそうな口調が通常モード寄りらしいのだけれど、威嚇をやめて以降は「お前」なんて呼び方すらしなくなって、「君」と柔らかな言葉にしてくれている。今は口調も態度もずっと優しいままだ。その気遣いが、とてもうれしい。
きっと私は、この人のことを大好きになるだろうなって、確信している。
左目周辺は変わらずグロテスクだと感じるけど、結婚したらガッツリ触らせてもらって、触っても大丈夫なのを実感しようと心に誓う。
それがなんだかとても楽しみで、辺境伯さまと過ごすこれからの時間は、希望に満ちていた。
◆数年後、王都のとある貴族家の晩餐会にて◆
「ふん。やはり貴様らは似合いの夫婦のようだな」
久しぶりにやってきた王都での晩餐会で、元婚約者と再会した。
「おかげさまで仲良くやっておりますわ」
私は行儀悪く舌打ちしたいのを我慢して、淡々と返事をした。チラリと目をやれば、夫はすこし離れた場所にいる。
「相変わらずかわいげのない……。お前と気が合うのはあの化け物くらいだろうよ」
「失礼な言い方、やめてくださいませ」
「引き合わせてやった私に、感謝もなく、ずいぶんな言いようだな」
「よくもまぁ、そんな…」
「だいたい昔からあいつは気に食わなかったんだ! 貴様と同じくらい不愉快なヤツだった……! 見下すように助けてやったと言わんばかりに恩までうってきて、私をバカにして……。さぞかしお前と気が合うだろうと思ったんだが、案の定だな!」
……ん?
ふんと不愉快そうに鼻を鳴らした元婚約者の様子にぽかんとする。
……確かに、それは紹介先として、正しい判断なのかも……?
ううん?
確かに、この元婚約者とは合わないと思っている者同士は、合うかもしれない……?
敵の敵は味方、みたいな??
一応、あの時の顔合わせのセッティングは、この男なりに相性考えたチョイスだった……?
「……ありがとうございます?」
悪意なんだけど、悪意だけでもなさそうな何かを感じたのは、気のせいだろうか。
嫌そうに顔を顰めた元婚約者は吐き捨てるようにつぶやいた。
「別に、お前にもあいつにも、不幸になってほしいわけじゃないからな。だが、……その、あの時は、悪かったな。……幸せそうでよかった」
どこまでも嫌そうな様子に思わず吹き出す。一緒に怒りも飛んでしまった。
夫が近くまで歩み寄ってきているのを横目で確認しつつ、私は笑顔を浮かべる。
「いい御縁をありがとうございます」
元婚約者はもう一度嫌そうに鼻を鳴らして、夫が来る前に軽く手を挙げて去っていった。
まるで私たちのこと、心配してたみたいじゃない。
あの男に限ってそんなバカなと思うけれど、まあ、嫌な感じではあっても、普通の人ではあるのだ。もしかしたら、そういう事もあるのかもしれない。
隣に戻ってきた夫にちらりと目を向ける。
「……あなた、あの方に嫌われるような何をなさったの?」
「バカな騒ぎを起こしていたからそれを収めたことがあるが、それだろうか。結果的にアレを助けた形になったが……まさか覚えていたとは……」
世話になっておいてあの態度なのね……。
「……あの方とは、本当に、合う気がしませんわね」
あきれ半分、クスクスと笑う私に、仮面で顔を半分隠した夫が「同感だ」とため息をつく。
けれど、その合わない同士だからくっつけてやろうというその発想は、半分はきっと本当に悪意で、残りの半分はそれだけじゃない感情だったんじゃないかなと思った。そこには、なけなしの善意もあったのかもしれない。
許してあげるわ。
ほんの少し引っかかっていた元婚約者へのもやもやを捨て去る。
世の中にはどうしたって合わない人はいる。
きっと元婚約者とは一生わかり合えない。
ただ、キューピッドへの感謝くらいはしてあげてもいいわねと、夫と笑みを交わした。




