いらないものを捨てただけ
エメラダには婚約者がいる。幼い頃に決まった自分と同い年のアンソニー。
エメラダは将来家を継がねばならず幼い頃から忙しい日々を過ごしてきたが、アンソニーは三男という事もあり、また見た目は大層愛らしいものであったがゆえに両親からも溺愛されて育ってきた。
多少我侭が目立ちもしたが、その我侭とてこども特有の可愛らしい範囲であったために、同い年であっても既に精神的に成熟していたと言っても過言ではないエメラダもそれを許していたのが悪かったのかもしれない。
そのせいで恐らくアンソニーは、自分が何をしてもエメラダは笑って全てを許してくれる……そういう風に考えたのかもしれなかった。
だから、なのだろう。
まさか学園で自分以外の令嬢と恋仲になって、あまつさえ学生時代は好きに恋愛を楽しみたい、なんて言い出したのである。
馬鹿なんですの? とは言わなかった。
「そう。それがアンソニー様の考えですのね」
ただそう言っただけだ。
恋人を作る事を是とも否とも言っていない。
けれどもアンソニーは了承されたとでも思ったのだろう。
まぁ実際、今までの可愛らしい我侭の時にも、そうなんですね、とほぼ受け流すように言っていたのも否定はしないので、それで了承されたと思い込んだのは無理もないのかもしれない。
だがしかし、そんな一種異様な光景を見てしまう羽目になった周囲の者たちは察していた。
エメラダがそれを受け入れたわけではないという事を。
幼い頃ならまだしも、そろそろ成人を迎えようとしている年齢にもなれば相手の言葉の裏を探る事も必須となってくる。エメラダがアンソニーに向けて言った言葉は単なる事実確認でしかないし、それを了承した、なんて思ったのは故にその場ではアンソニーただ一人である。
……いや、アンソニーの腕に巻き付くように胸を押し付け抱き着いていた令嬢も、恐らくはそうなのだろうけど。
家格としてはアンソニーの家の方が上ではあるけれど。
別に、どうしてもその家と結びつかなければいけないという事はない。
エメラダの家格が低かろうとも、代々築き上げてきたものによって生活には一切困っていない。それこそ、身分こそあっても金がない高位身分の貴族より裕福な暮らしを送れている。
そんな一生涯生活に困らないだろう家。
アンソニーの親はそこに目をつけたに過ぎないのだ。
長男は家を継ぎ、次男は長男のスペアであったがそのスペアとしての役割も必要がなくなった時点で婿に行った。スペアとしての教育を受けていたのもあって優秀な次男はさておき、三男のアンソニーはそこまで厳しい教育を受けずに育ってきた。
長男次男と年が少しだけ離れてしまっていたことも、溺愛されていた理由なのだろう。
だがしかし、アンソニーを愛玩動物のように可愛がるのはあくまでもアンソニーの親の自由であって、それをこちらにも同じようにする必要はどこにもない。
エメラダにとっては将来の伴侶ではあるけれど、自分の足を引っ張りさえしなければ別に誰でも良いのだ。
欲を言うのなら、自分を支えてくれる優秀な人で、こちらを思いやってくれる誠実な人であれば外見の美醜にはこだわらないし、ある程度の筋さえ通してくれれば愛人を持つ事だってかまわなかった。
だがしかしアンソニー、貴方は駄目。
よりにもよって大勢の前に恋人を連れて堂々と周知させるような事をして、いらぬ騒ぎを起こしたのだ。
そうでなくとも婚約者に見捨てられかけてる女扱いはいただけない。
実際周囲はアンソニーの非常識さに眉を顰めていたようだけれど、こんなのが自分の婚約者だなんて自分の価値まで下がるようではないか!
というわけでエメラダは早速タウンハウスに戻り、父に事の次第を報告した。
そもそもこの婚約はどちらかと言えばアンソニーの親がねじ込んできたものだ。
長男や次男と違いそこまで優秀でもない三男。いずれ独り立ちせよ、と言ってもそれも難しいだろうと思って、将来の生活を安泰にしたいがための婚約。アンソニーの親にとっては利のあるものだが、別に我が家としてはそこまでの利はない。
一応アンソニーの家経由で他の家との繋がりを持てるかもしれない……というのは利にならないでもなかったが、それだって別に今となってはそこまでの利であったか定かではない。
エメラダの家は色々と手広くやっている。その中の一つが商会経営でもあるのだが、そっちはアンソニーの家経由との伝手はない。だがしかしそちらで既にアンソニーの家よりも家格が上の、本来ならエメラダの身分で関わるような事はないであろう方々との繋がりも得てしまっている。
とりあえず親同士が友人という関係だったところから結ばれたものに過ぎない。
エメラダからの報告を受けた父と、その場に居合わせた母の表情はさながら天使と悪魔のようだった。
これから人を地獄に引きずり落としますよと言わんばかりの顔をしているのが父で、にこにこ微笑んでいるのが母である。
だがしかし母の微笑みに温度はなかった。
一見すれば優しそうでとっつきやすい印象の母だが、しかしその中身は父よりも苛烈。
笑みを絶やさぬままに敵とみなした相手はズバズバ切り捨てていく様を、エメラダは幼い頃から見てきたのだ。
故にその微笑みから、怒り度合いも察した。
あっ、これはとっても怒ってますわねお母様。まぁわたくしがお母様の立場で自分の娘からこんな事言われたらわたくしもきっと同じ態度を取ってしまうので納得ですけれど。
エメラダとしてはそんな風に納得しかない。
エメラダとアンソニーの婚約に関しては、父がとても素早い動きでもって手紙を出したし、結果アンソニーの父がすっ飛んできたのだけれど。
いくら見た目がよろしくても、こんなぼんくらを婿にして家の財産を食いつぶされるのはちょっと……
だとか。
彼を甘やかしたのはそちらであって、その子育ての失敗をこちらにそのまま押し付けられるのも正直どうかと……
なんていう言葉を織り交ぜてそれはもうチクチクぶっ刺していく父に、アンソニーの父は白旗をあげるしかなかったのである。
今からアンソニーの教育をやり直して性根を叩きなおすと言われても、それ、なおるのにどれくらいかかります? という話である。
学園を卒業後、家を継ぐ令息や令嬢はそれなりにいる。すぐに家を継がないところもあるけれど、それだって三年から五年の間に家を継ぐところがほとんどだ。別にそういった家の後継者が不出来というわけではない。単純に結婚の準備に時間を掛けたり、学園を卒業後更に学びたい事があるから留学するなんていう事情が大半だ。
生まれた時から今の今まで甘やかされて育ってきたアンソニーが、たったの一年やそこらで矯正されるだろうか? 家が没落の憂き目にあって今までの暮らしとは決別せねばならない、とかのっぴきならない事情であってもそう簡単にすぐ納得などできそうにないのに、このままだと婚約解消されて学園を卒業後の生活が危うい、となってもアンソニーの事だ。恐らく甘く見ている気がする。
エメラダにとってアンソニーは毒にも薬にもならない存在でしかなかった。
時々言われる我侭も、エメラダにとっては可愛らしい事、と思える範囲だから受け流していたに過ぎない。
自分が叶えてやる義理はないな、と思えたものに関してはアンソニーの家族に丸投げするように仕向けていた。
アンソニーにとってエメラダの存在は恐らく家族ではないが、家族に近しい位置にいるものだったのだろう。
いずれ家族になるけれど、今はまだ家族ではない。
エメラダがなんでも自分の我侭を聞いてくれないのは、つまりそういうものだからと認識していた可能性は大きい。
エメラダからすれば、自分と同年代の教育を自分がしてやる義理がないとしか言いようがないのだが。
話し合いは多少揉めはしたけれど、最終的にアンソニーの父は婚約解消に同意するしかなくなった。
大勢の前で堂々と不貞宣言をかましたも同然なのだ。これが人目を避けた場所で、アンソニーとエメラダだけの話し合いであったならまだしも多数の目撃者がいる以上、無かった事にもできそうにない。
正直婚約解消どころか、アンソニー有責の婚約破棄でもよいくらいなのだ。こちらとしては。
けれどもそうなればもっと揉めるのが――この場合揉めるというよりどうにか穏便におさめたり婚約の継続を望むアンソニーの親の悪足搔きというのが――わかりきっているので、極力面倒を避けたいエメラダたちからすれば、解消でおさめてやるって言ってるんですよ今なら、という意味を込めただけに過ぎない。
アンソニーをぼんくらに育てた親とて、その言葉の真意を理解できないはずもなく。
最終的にその言葉を受け入れるしかなかったのだ。
――そんなわけでエメラダには婚約者がいなくなってしまった。
だがしかし、事の次第を知っていてなおかつまだ婚約者のいない令息というのは学園に沢山いる。
結果としてエメラダの婚約者に是非! と売り込む者たちは大勢いたし、釣書もたっぷり届いた。
親同士の親交があるから、で結ばれたに過ぎないアンソニーよりも優秀そうなのがごろごろしていて、エメラダは両親とともにその釣書を見て誰にしようかと頭を悩ませている。
アンソニーの見た目は確かに極上だったけれど、それ以外は言ってしまえば平均以下。結婚したところでお飾りにしかなれないであろう男は、しかしお飾りとしての価値すらも失ってしまった。
そんなアンソニーが婚約者でいた頃は、そういうものとして受け入れていたけれど。
そんなアンソニーよりも見た目では劣るかもしれなくても、別に不細工というわけでもなければ優秀だし例の一件を知っている者たちからすれば、アンソニーの二の舞を踏むはずもなく。
世の中にはこんなにもマトモなお相手がゴロゴロして……!? とエメラダは慄く形となったのである。
正直誰選んでもアンソニー以上の大当たり。
エメラダからすれば馬鹿な事をして婚約者の座を退く形となったアンソニーには今となってはありがとうという気持ちであるし、エメラダの新たな婚約者に名乗りを上げた令息たちからしても、一種のチャンスを得る形となったので、表向きアンソニーに感謝をしていたくらいだ。勿論内心で馬鹿にされていたのは言うまでもないが。
そんなアンソニーはと言えば、婚約がなくなった時点で学園を退学する事となった。
学園を卒業後、晴れて成人を迎えた貴族として仲間入りを果たすはずが、しかし彼は婚約者を失った事で今後の身の振り方が危うくなってしまったので。
学業に関しても成績が微妙というかあまりよろしくなかった事もあり、文官のような仕事に就くのは絶望的、かといって騎士になるにしても、アンソニーに騎士としての修練は厳しすぎて無理、と両親は早々に察してしまったからだ。
このままどこぞに婿入りさせるにしても、エメラダとの一件を知られてしまえば婿とするにもマシな相手がいくらでもいるのだ。アンソニーが選ばれる事になるとは考えにくい。
アンソニーを甘やかしてきた両親ではあるけれど、流石にそこまで現実が見えていないわけではなかった。
エメラダはある程度許容していたというのもあるが、飼い主の手に噛みつくような事をしたアンソニーが、他の誰かに貰われるかといえば……
見た目に価値をおいて引き取ってくれる相手は探せばいるかもしれなくても、マトモな相手ではない。
今まで可愛がり甘やかしてきた子を、いくらなんでもそういった相手のところに行かせるつもりまでは、流石に両親にもなかったのである。
かわりに学園を退学させて、今後は平民として飼う事にしたようだ。
跡取りとなった長男にしてみれば少々迷惑な話ではあるかもしれないが、よそで余計な面倒を起こして家に泥を塗るような事をされるよりはマシと考えたのだろう。
今までとはまた異なる形となったものの、どうやらアンソニーの今後の人生において、衣食住で困る事はなさそうだ。
勿論そんな状況に納得がいかなかったようで、まだギリギリ自由に行動できる最後の時間にアンソニーはエメラダの元へ突撃してきたけれど。
「わたくし他人の手垢がついたものに価値を見出せないので」
すっぱりとそう言い切ってみせれば、アンソニーはいやまだアンネリーとは何も……などと言っていたが。
「わたくしを愛さないならいらないわ。愛しているならそのアンネリーさんとやらを連れてあんな事はしなかったでしょうし」
初手から盛大にやらかした以上、挽回するのは困難である。
それ以前に既に婚約は解消されているのだ。今更アンソニーが何を言ったところでエメラダの心がアンソニーに傾く事もなかった。
アンソニーが文句を言っていいのは、アンソニーが真摯にエメラダを愛して誠実に接していたにも関わらず、エメラダの方こそが裏切った時くらいである。
「大体、恋愛を楽しみたい、なんて言ってましたけど、わたくしでは駄目だった、って事でしょう?
貴方があのような事を言い出す前まではわたくしも貴方の事、嫌ってはいなかったのに。それどころか将来結婚するのだから、と思いを育むつもりでいたのに、貴方はそれを切り捨てた。
じゃあこっちだっていりませんわよそんなもの。いらないものをいつまでも後生大事に抱えて過ごすなんて無駄な事、するつもりはありませんの」
それに、とエメラダはこの際だからと何もかもぶちまけるつもりで更に続ける。
「婚約はそちらの家から持ち込まれたものですのよ?
貴方の将来を案じたご両親の考えによるもの。こちらは別に貴方と結婚しなくても何も困りません。
……もしかして、とは思いますけれど。わたくしが貴方に惚れて無理にこの婚約を結んだとでも?
ご冗談でしょう? 家の身分的にはそちらの方が上ですもの。そんな無茶は余程の事がなければ通らないわ。
それでもそう思っていたとして……もしかして貴方、自分が売られたとでも思ったのかしら?」
その言葉にカッとアンソニーの顔が紅潮する。
あまりにもわかりやすすぎる図星に、エメラダとしては嘆息するしかない。
「別にそちらの家の財政が傾いているというわけでもないのに、まさか資金援助などをうける代わりに貴方が婿に差し出された、とかそのような妄想を?
それで望まぬ婚約をされたとばかりに悲劇のヒロイン……いえ、ヒーローですか、そのように思い込んだ挙句の自由恋愛発言でしたの?
……元々甘やかされていたのもあってお勉強などもそこまででもなかったとはいえ、流石にそれはいかがなものかと……いえ、もうわたくしには関係のない事なのでどうでもよろしいのですが」
呆れればいいのか笑えばいいのか。
どちらの気持ちも同じくらい存在していて、どっちを優先して表に出すべきかも困るような状況にエメラダとしては「どうかしている」としか言いようがない。
今まではあまりにも非常識な事を言い出したわけでもなかったが、甘やかされてきた事もあって大抵の事は思い通りになっていたからか。自分の中でこうに違いない、と思い込んだ果てがコレだというのなら、エメラダとしてはどこかで一度、心をぼきっとへし折っておくべきだったのかしら……? なんて思い始める。
大体仮に金で売られた婿だとしても、周囲にそれとなく聞き込むなどして情報を集めればそんなのは思い込みであったとわかっただろうし、そうでなくとも間違いを指摘する誰かはいただろう。
その誰かの忠告を聞き入れたかは別としても。
「まぁいいわ。もう済んだ話だもの。お話がそれだけなら帰ってくださる?」
やんわりと言っているが、その実「とっとと帰れ」という意味でしかないため、アンソニーがまだ何かを言い募ろうとしていてもエメラダはそれを気にする事なく使用人たちに向けて、
「お客様がお帰りよ」
そう言って、さっさと室内から立ち去った。エメラダを呼び止めようとするアンソニーの声がしたが、振り返る事はない。
そもそもの話、先触れもなしに押しかけてきた元婚約者に対してそれでも話に応じただけでも充分すぎる対応である。これ以上を望まれても、それはちょっと欲張りが過ぎるのではないかしら……? エメラダはそう考えていたし、仮に誰かに何かを言われたとしても堂々とそう返していた。
アンソニーとはそれっきりだ。
その後は学園でアンソニーを見かける事もなければ、噂でも彼の事を聞く事がなかったので。
彼が家の中で愛玩動物のように飼われているのか、はたまた本当に金でどこぞへ売られたのか。
エメラダは知らない。知ろうとも思わない。興味がないので。
アンソニーについてはどうでもよかったが、ふと気になったのでアンソニーがあの時腕にぶら下げていたアンネリーという令嬢については少し調べた。エメラダの家よりも一つ下の家格。見た目は良いがそれだけで、学園での成績は下から数えた方が早い。
玉の輿を夢見ていたらしい事は数名の友人たち経由で教えてもらったが、どう考えても上の身分の誰かしらに見初められたところで正妻はつとまらない。精々愛人が関の山だ。
本人ももしかしてそれを考えたのかもしれないが、その結果がアンソニーという時点で本気で頭が悪いというのを証明している。
とりあえずアンネリーと会ったのはあの一件の時だけで、それ以降言葉を交わすような事も何もなかったけれど。
それでもあの時の事をエメラダは憶えている。
アンソニーの隣でどこか勝ち誇ったようにこちらを見ていた目を。
仮に愛人の立場でアンソニーにくっついてくるのなら、エメラダの機嫌を損ねるような真似をするのは明らかに悪手でしかないし、学生時代の恋人関係だけに留まるにしても、では勝ち誇る意味がわからない。
なのでエメラダはアンネリーへ手紙を書いた。
仮に愛人になるつもりだったとしても入り婿予定の男の愛人などロクな状況でもない事。
その場合機嫌を窺うのはアンソニーではなくエメラダの方である事。
なのであの時点で勝ち誇ったようにこちらを見ていたのはどう考えても悪手でしかなかった事。
せめてあの時点でアンネリーがエメラダに媚を売っていたのなら、もしかしたら少しはその後の身の振り方も変わったかもしれないのに。
アンソニーがおバカさんなのはもうどうしようもない事実だったが、精々それを上手く掌の上で転がしてくれる愛人であったなら、エメラダとしても快く受け入れるつもりはあった。
だが揃いもそろって馬鹿であるのなら、エメラダのストレスにしかならないので、だったらそんなものはいらないわとなるのだ。
ついでにあの場で学生時代の自由恋愛を受け入れた女として知られた事で、今後マトモな縁談は絶望的である事も書き綴る。
学生時代の間ならいくらでも遊び放題である、と周囲に思われてもおかしくはない状況だったので。
アンソニーと仮にあの後別れたとしても、次に都合よく遊べる相手とみなした相手に狙われていた可能性は大いにあった。
そしてそういった相手は遊ぶだけ遊んだあと、責任なんて取るつもりもなく平気でアンネリーを捨てただろう事も。
もう一つ、エメラダの友人経由で知った情報もエメラダは暴露するつもりで書いた。
アンネリーの家よりも家格が上の令息が、密かにアンネリーに想いを寄せていたという事実を。
その令息は密かに他の令嬢たちからも人気が高く、憧れの君と呼ばれていた。
そんな相手が、実はアンネリーに想いを寄せていたのだという事実を知れば、きっとアンネリーは夢を見るだろう。
けれども、だからといって彼に近づいたところで既に手遅れである。
何故ってアンネリーは一時の遊びであっても構わないと受け入れたも同然なので。
政略結婚をして愛がない貴族であれば互いに愛人を持ちそちらが本命である事もあるけれど、それだってお互いの義務を果たしてからだ。ある程度年をとってからの遊びであるから許されている。
けれどもアンネリーはまだ成人を迎える前からそういう事を平気でする、と思われてしまったわけで。
今までは身分差があろうとも、それでもアンネリーに想いを寄せてどうにかする方法を考えていたとしても、流石に結婚前から不特定多数と遊ぶ可能性を持っている女と結婚したいとは思えない。ただでさえ身分差があるのにそのような身持ちの悪い女となれば、周囲を説得できる可能性は限りなくゼロである。
アンソニーに付き合ってあの場にのこのこと姿を現さなければ。
そうでなくとも、せめて人目につかない場所での三人だけの話で済ませる事ができる状態であったのなら。
もしかしたら、アンネリーはその後憧れの君から想いを告げられていたかもしれないのだ。
限りなく有り得た未来の可能性を、エメラダはアンネリーがこの手紙を読んだ時に悔しがるように――
丁寧かつわかりやすく綴ったのである。
その手紙が原因だったかまではわからないが。
後日、学園からはアンネリーの姿も消えていた。
普段交流のない家の令嬢からの手紙だから、と家人の目に触れたのか、はたまたその手紙を読んだアンネリーが憧れの君について家族に話してどうにかならないかと泣きついたのかまではわからないが――
ともあれエメラダにとって目障りだった二人が消えたのは確かな事実であった。
次回短編予告
獣人にとっての運命のつがい。
何よりも尊いものかもしれないけれど、しかしそれに巻き込まれる人間側にとってはたまったものではない。故に人類は反旗を翻した。
次回 運命のつがいは消えました
それはきっと、綺麗な思い出が穢された結果だったのかもしれない。




