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最悪な婚約者

作者: Lemuria

 


 こんな男と婚約だなんて、最悪ですわ。


 わたくしは侯爵家の令嬢ですもの。相応の相手がいて然るべきでしょう? あの男の家の爵位だって下ですし、歳だって下ですわ。第一印象は最悪。なんかどこにでもいるような華がなくて平凡な感じで、一言で言うなら冴えない男です。わたくしの理想と全然違います。


 わたくしはもっとこう、第一王子殿下のような歳上の、煌びやかで端正な顔立ちのお方が理想ですの。リーダーシップがあって、常に周りから尊敬の眼差しを受けるような、そんな男性です。


 でもこの男は違います。わたくしのご機嫌取りでもしているのでしょうか?それともお世話係でしょうか?ずっとわたくしの行動を観察でもしているのか、全部先回りして来るのです。


 例えば、わたくしの苦手な食べ物が出てこなくなったり、肌寒い日は事前にショールを準備していたりします。なんなのでしょう、なんか腹が立ってきます。そんなの婚約者のすることではありません。執事の仕事です。


 わたくしは自分の幸せのためには努力を惜しみません。上昇志向の強い女なのです。ですのでこんな男を相手にしている場合ではありません。どうにかして婚約解消に持ち込まなければ。


 格下の家との縁談になった理由のひとつとして、お母様に不貞の疑いがあったから、と言うものがあります。根も葉もない話だとわたくしは信じておりますが、一度噂になった以上、中々疑惑を消せるものではありません。


 社交の場ではよく陰口を叩かれます。面と向かって賎民の血の混じり物と罵って来る方も居られます。


 わたくしは毛ほども気にしておりません。所詮、そうやって血筋の話に逃げるしかない方々です。自分では何一つ積み上げられない負け犬の言葉など、聞くに値しませんもの。


 ですが、あの男はわたくしの悪口を言った相手を睨んで、強い口調で食ってかかったのです。しばらく口論になっていましたが、最後は形ばかりでも悪口を言っていた男はわたくしに謝罪して去っていきました。


 なんて言うか……意外でした。そういうことも、できるのですね。


 無駄ですのに。そんな方々の相手をするだけ、時間の浪費ですわ。まあちょっとだけ気分が良かったのは認めます。ですがそれだけです。婚約を解消する方針に変わりはありません。



 ある時わたくしは病にかかってしまいました。隣国で人口を1割減らしたと言われる流行病でした。この国でも流行が始まり、ついにはわたくしも感染してしまったようです。


 医師は首を横に振りました。この国にはまだ特効薬がないとの事です。日毎に熱が上がり、指先が動かなくなり、意識が途切れ途切れになりました。


 死にかけている自覚はありました。

 あまりの苦しさに涙が出てきます。不思議と恐怖はありませんでした。ただひたすらにこれで終わりなのか、と悔しかったことだけを覚えています。


 次に目を覚ましたとき、薬の匂いがしました。匂いだけではありません。舌先に強い苦味が残っています。


 そして、給仕でも医師でもないみすぼらしい男が、枕元で泣き崩れていました。外套は泥で汚れ、袖口は裂け、指には血が滲んでいます。見覚えはあります。あの男です。


 隣国に赴き、効く薬を持ってきたのだと、後で聞きました。流行病の感染がひと段落した地区ならば薬に余裕があるかもしれないと思い、隣国中を探し回ってようやく譲り受けたのだと。


 街道が封鎖されていたから、山を越えて、慣れない山道に何度も転び傷だらけになりながら帰ってきたそうです。


 馬鹿ではありませんの?そんなことをして、もしあの男自身が病に罹っていたらどうするつもりだったのでしょう。


 そうじゃなくても、密入国なんて立派な罪です。わたくしの為と言って、命を危機に晒して罪を犯すなんて愚かとしか言いようがありません。わたくしはそんなことを頼んでいませんので、恩に着せようとしても無駄です。


 ですが、昨日までが嘘のように楽になった体を感じて、涙が溢れてきました。安堵感でしょうか。今にして思えばやっぱり死ぬのが怖かったのかと思います。助かったのを実感して涙を止めることができませんでした。不覚ですわ。あの男の前で涙を見せてしまうなんて。


 わたくしは恩に感じていません。いませんけどやっぱりお礼はしとかないと、と思います。助かったのは事実ですから。恩には感じていませんけど、このままだと自分が気持ち悪いのでお礼をするのです。恩には感じていませんけど。


 でも何が良いのでしょう?殿方へのプレゼントなんてしたことがありません。うーん、うーん、としばらく唸っていましたが、目覚めて最初に見たあの男の外套がボロボロだったことを思い出しました。


 薬を取りに行った時に破けたらしいので、お礼としてはちょうど良いのかもしれないと思いました。ついでに手袋も送りましょう。血が滲んでいて痛そうでしたし、これからもっと寒くなって来ますし。


 あとは、そうですね。今ご令嬢の間ではお菓子作りが流行っています。わたくしは興味がなくてやったことがなかったのですけれど、挑戦してみるのも良いかもしません。


 それにしても、お菓子作りとは想像以上に難しいのですね。毎度黒焦げになるのはなんの呪いなんでしょうか?料理人に作らせておけば楽に美味しいものが食べられますのに、なぜみな自分で作ろうとするのでしょうか。呆れてしまいます。


 ですが途中で投げ出すのも嫌で、失敗作は全部執事に食べさせながら、挑戦を続けてました。執事のお腹が限界を迎える頃にようやくまともな色のクッキーが焼けました。味見しました。美味しくありません。意味がわかりません。ふざけてるのでしょうか?再度挑戦しようと思いましたが、執事にこれ以上勘弁してくれと言われたので、渋々これを包んで持っていきます。


 準備できたのは良いのですが、どうやって渡しましょう。使用人に届けさせるのは違うと思いますし、面と向かって手渡すのは、なんていうか、こう、はっきり言って照れくさいのですわ。

 今まで冷たい態度を取ってきたのですもの。急に態度を変えるなんてできません。なんとか渡すことはできたのですが、なんか目を合わせられなくて、そっけなくなってしまいました。


 あの男は不出来なクッキーを美味しい、美味しい言いながら食べてくれました。美味しい?そんなわけありません。美味しくないというよりむしろ不味いクッキーです。普段どれだけ酷い食事をしているの?と憎まれ口を叩きそうになりましたが、そういうことではないことぐらいわたくしにもわかります。

 ちょっとだけ、お菓子を作る令嬢方の気持ちが理解できました。


 外套も手袋もその場で着けたのですが、一生着続けるとか馬鹿なことを仰っていましたので、あの男の使用人にちゃんと洗うようにわたくしが指示しました。


 ですが言葉通り、本当に春も終わるころになっても着ておりましたのでわたくしが無理矢理脱がせました。


 まったく、なんでわたくしがそんなことまでしなきゃいけないのでしょう。見てるこちらが暑苦しいのですよ。仕方がないので、懐中時計をプレゼントしました。それなら一年中身につけていたって問題ありませんもの。

 でも嬉しかったからと言って淑女に急に抱きつくのは……どうかと思いますの。心臓が落ち着くまでにしばらくかかってしまいましたので、今後そういうことをする際は、ちゃんと事前に言うように何度も言い聞かせてやりましたわ。


 わたくしは、なんで薬を取ってきてくれたのか、ずっと気になっていたのですが、この際あの男に聞いてみたのです。


 そうしたらなんでそんなこと聞くのか不思議そうな顔をして、好きだからと言われました。


 そう率直に言われると恥ずかしいのですが、そもそも、べつに、そこは疑ってないのです。


 わたくしが聞きたかったのは、なんで好きなのかと言うことです。自分で言うのもなんですが、わたくしは最悪の婚約者だったと思います。そんな女を好きになんてなるものでしょうか?


 なんとなくもやもやしていたのですが、日記を書いていた時、急に思い出しました。


 小さいころ、お父様と一緒に孤児院の視察に行ったことがあります。その時に一人で塞ぎ込んでいた男の子を見かけて、わたくしは手持ちのお菓子をあげたことがあったのです。


 日記にはそう書かれていて、あまり覚えてないのですが、朧げな記憶の中の男の子は、なぜかあの男の印象と重なる部分があったのです。


 このことを問い詰めたらとうとうその時の男の子だと白状なさいました。

 あの男は、小さい頃父親の再婚相手とその連れ子に虐げられ、一時的に平民街の孤児院に避難していたそうです。


 人生で一番辛い日々だったと言っていました。お腹が空いて動けなかった自分に食べ物をくれた女の子のことをずっと想い続けていたそうです。


 わたくしは言葉に詰まり、足早にその場から離れてしまいました。たったそれだけのこと、そんな些細なことをずっと覚えていただなんて。



 わたくしの理想の男性は、第一王子殿下のような、歳上で、煌びやかで、端正な顔立ちでリーダーシップがあり周りから尊敬されるような方です。


 久々に殿下と夜会でご一緒できたと言うのに、なぜかあまりときめきませんでした。変ですね。他のご令嬢が殿下に寄っていってもなんとも思わなくなりました。

 目を瞑るとあの男の顔が浮かんできます。理想の項目にはひとつも当てはまらないのに。全然違うのに。


 あの男は相変わらずわたくしのご機嫌取りのようなことをしていますけど、もう慣れましたし、一緒にいてももう嫌ではありません。認めたくはないのですけど。



 ですが秋も深まってきた頃、急にあの男からの連絡が途絶えました。今まであんなにマメに連絡をよこしていたのに一体なんなのかと不思議に思っていました。


 いつまで経っても連絡が無いもので、しびれを切らしてわたくしから手紙を書いたのですが、あの男からの返事は、好きな人ができたから婚約を解消してほしい、との一文だけでした。


 あまりに、あまりに突然の話でした。

 どんなに事情を問い詰めても好きな人ができたの一点張りです。


 馬鹿なのでしょうか?それとも馬鹿にしてるのでしょうか?そんなこと信じるわけがないでしょう。


 お父様にきいてみたのですが、どうやらあの男の義理の母が王子に言い寄って無礼を働いたとかで、処罰され、連座の代わりに家が取り潰しになるそうです。爵位の剥奪とともに平民になるので婚姻が継続できないとのことでした。


 婚約をあれだけ嫌がっていたんだから良かったじゃないか、とお父様が言いました。


 そう、なんです。わたくしはずっとあの男が婚約者だと言うのが嫌でした。降って湧いた婚約解消の話なので、喜んでも良いはずです。そのはずなのですが。お父様にそれとなく婿入りとかを尋ねてみたのですが、平民なんてあり得ないと一蹴されてしまいました。


 平民になればもう二度と会うことはなくなります。好きな人ができたと言えば、わたくしがあの男のことを綺麗さっぱり忘れるとでも思ったのでしょう。大きなお世話です。腹が立ちます。馬鹿にされてるも同然です。


 文句を言ってやらないと気が済まなくて、あの男に会いにいきましたが、君の顔なんて見たくないと追い返されました。


 そしてその翌日、執事からわたくしがあの男に贈ったはずの外套、手袋、懐中時計とご丁寧にクッキーまで入った袋、そしてもう忘れてくれと書かれた手紙を受け取りました。


 ますます腹が立って、袋を床に叩きつけました。執事に詰め寄ったのですが、あの男は昨晩のうちに街を出て行ったという話を聞かされました。


 行き先はわかりません。どこかの地方に行って平民としてこれから暮らすのでしょう。


 わかっています。わたくしは貴族です。追いかけるのであれば、家も身分も全部捨て、わたくしも平民として生きていかなければならなくなります。

 高過ぎる壁に泣きをみるぐらいなら、諦めた方が幸せなのでしょう。少なくとも今回の婚約の解消でわたくし側の方に瑕疵はありません。

 なのでまた別のお相手を探すことになったとしても条件が悪くなることはありません。もっと理想の相手と出会えるかもしれません。それが真っ当な貴族女性としての生き方です。


 だから……。


 だからなんだというのでしょう。

 わたくしは負けず嫌いです。あの男に馬鹿にされたまま引き下がるなんてできません。

 わたくしの心はわたくしだけのものです。あんな男に左右されるような安いものではありません。

 わたくしは自分の幸せのためには努力を惜しまない女です。何が忘れてくれですか。わたくしの幸せはわたくしが決めます。

 何がなんでも探し出して一発殴らないと気が済みません。そしてあの男に絶対言ってやるのです。わたくしはーー





「母ちゃん!お腹すいた!」


 息子の声に、懐かしく読み返していた日記をパタンととじて立ち上がる。時間を知らせる鐘が街中に響き渡る。もうそろそろ旦那も帰って来るころだから、食事の準備を始めないと。


「なんか良いことあったの?」

「んー?生活は大変だけど幸せだなって思ってね」

「ふーん」


 平民の生活は朝から晩まで仕事だらけ。使用人もいない、乳母もいない、スプーンより重いものを持たなかった昔と比べ手はボロボロだ。


 でも後悔なんて一つもない。

 だって私は自分の幸せのためならどんな努力も惜しまないのだから。

 日記を読んで思い出した。結局言いたかった言葉を旦那に言えてないんだった。だってずっとドタバタでそれどころじゃなかったし。帰ってきたら一番に突きつけてやろう。


 貴族だった頃の自分を思い出す。高飛車で根っからのお嬢様。そうそう、私はこんな感じだったっけ。


「おかえりー!」


 どうやら旦那が帰ってきたようだ。私も腰を上げ、子供達の後に続く。あの男はどんな反応をするだろうか。

「ざまぁみなさい!忘れてなんてやらないんだから!」





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― 新着の感想 ―
究極のツンデレ嬢、頑張りましたわね。 負けず嫌いの貴女はこれからも自分の心に従って勝ちを掴み取っていくのでしょうねえ。
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