攘夷と平和
この生ぬるい平和ムードにさらにやっかいな事件が続々と発生した。
テレビのニュースによると、一部の極右勢力によるテロ活動が
相次いでいるという。彼らは「オーバーアークの支配下に入ることを拒絶し、
最後までゲリラ戦で戦う」と主張しているらしい。
私は昔、日本史で習った幕末の攘夷論を思い出していた。
歴史は繰り返すと言われるが、それは「何かが周期的に回っている」というより
「類似の条件が突き付けられれば人間は似た反応を示す」ということなのかもしれない。
「さしずめオーバーアークは黒船ということか」
私は思わず、苦笑いしてしまった。
その「攘夷論」を振りかざすグループの実行犯たちは、次々と現行犯逮捕され、
強制収容所に収容されているという。
「強制収容所?」
耳慣れない言葉に、私は思わず「ん……」となった。
一般の犯罪者たちが収容される刑務所とは別の施設らしい。今の時代にそんなものが
存在しているのか?「宇宙人ゴシップ」で世間が浮かれている間に、
いつの間にかそんな施設が作られていたらしい。
このようなニュースが伝えられても、一般市民はほとんど関心を示さなかった。
むしろ、せっかくオーバーアークの支配下に入って静かな毎日が送れているのに
何をいまさら騒いでいるのだ、という空気が流れていた。
なにしろ「宇宙人の支配」という話が降ってわいたころは、人間が次々と捕まっては
食用にされるだの、血液を搾り取られるだの、健康な臓器が取り出されて
彼らの再生医療に使われるだの、おどろおどろしい噂で巷はもちきりだったのだ。
いざ合衆国大統領の降伏宣言の後は、世界中がなりを潜めたように
おとなしくなり、皮肉なことにそれは人類史上かつてないほどの平和ムードだったのだ。
尤も、その平和を維持するためと称して、オーバーアーク供託金なる制度が
導入された。国内の場合は、所得税+3%の形で源泉徴収される。
私は、宗教組織が会員からお金を摂ることに強い違和感を感じてきた。
神や仏の世界になぜ人間の貨幣が意味をもつのか理解できなかったからだ。
今回の供託金に対しても、なぜ「宇宙人」に我々の貨幣なるものを「供託」するのか
不思議な気がした。だが、余計なことは考えまい。要は月々自分の収入から3%が
余計に徴収されるということだ――それだけのことだ。
それにしても、と思う。この極右の連中が余計なことをしてくれるから、
空港の利用がかなり規制されているらしい。ハイジャックを警戒して航空機の利用は
一部の政府関係者や要人に限定されているとのことだ。
あと数週間後に迫る福岡での学会に出席するにはどんな交通手段を使おうか、
私の関心はそればかりだった。
強制収容所という言葉に違和感を覚えながらも、
結局、篠原の関心は自分の予定や都合に戻っていきます。
危機が日常に溶け込むとき、人はそれを危機として
受け止めにくくなるのかもしれません。




