生ぬるい日常
皆が思っていたほど大きな変化は日常生活にはなかった。
違うのは、「宇宙人はホントに居るの?」論争に終止符が打たれたこと、
そして米国政府が宇宙人――オーバーアークの意思を地球人たちに伝達する、
という政治的なしくみだけだ。
あらゆる政府は、地方公共団体レベルに格下げされ、
世界をとりしきるルールはすべて、合衆国大統領が宇宙人の代弁者の形で
我々地球人に伝えられたのだ。
毎日のようにテレビや新聞で伝えられてくるそれらに対して
実感がわかないでいる私でも、気付いたことがある。
地下鉄の改札やホームに武装した機動隊員が必ず立っていること、
研究所の敷地に入る正門に黒づくめの私服警官と思しき人物が立っていることだった。
銃で武装する機動隊員。
リアルな銃器を目の前で見ることになるとは……
欧米のニュース番組で、治安維持部隊が抱えているのを見かけただけだったのに。
支配そのものに関するニュースは日を追うごとに少なくなっていった。
ニュースショーのような半分娯楽が入った番組などでは、
最初の恐怖心一点張りの内容から、彼らの姿――ミステリアスな正体に
関する内容に変わっていった。
「地球人と同じような格好してるんだろうか?」
「意思疎通にはどんな言葉を使うのだろう?」
「オーバーアークのメンバーにも男性とか女性とかあるんだろうか?」
「地球人との混血はありうるのか?」
バラエティショーでは宇宙人たちの生活ぶりが、想像の産物でありながら
まことしやかに語られていた。
「宇宙人と寝た」というタレントまで出現して物議をかもしたりもした。
このような生ぬるい平和ムードに、ちょっぴり水をさす事件が発生した。
宇宙人を利用した詐欺事件だった。「オーバーアーク関連利権」という
もっともらしい言葉を掲げ、「今のうちに投資しておけば五年で百倍は硬い」
そんな触れ込みで金を集める輩が現れたのだ。
被害額はそれなりに大きかったらしいが、ニュースの扱いは驚くほど軽かった。
詐欺事件そのものよりも、「宇宙人を騙る詐欺が出た」という事実の方が、
どこか笑い話のように消費されていた。
「やっぱり人間、考えることは同じだな」
研究室で誰かがそう言って、苦笑した。
私はその言葉にうなずきながらも、妙な違和感を覚えていた。
詐欺が起きたことではない。それが、あまりにも『いつも通り』の出来事として
受け止められていることに、だ。
名古屋が消え、国家の主権が失われ、宇宙人の支配が始まったというのに。
それでも人は、金を騙し取られ、ワイドショーで笑い、次の話題へと移っていく。
――世界は、思っていたよりずっと、壊れにくいのかもしれない。
あるいは、壊れていることに気づかないだけなのか。
名古屋が消え、国家の形が変わっても、
人々の日常は、思ったほど大きくは揺れませんでした。
恐怖はやがて慣れに変わり、異常は「話題のひとつ」になっていきます。
そのこと自体が、いちばん不気味なのかもしれません。




