政府、核攻撃を認めた朝
名古屋が消えて二日目の朝だった。
私はいつものようにテレビのニュースを流しっぱなしにして、出勤の支度をしていた。
世間の出来事になど、ほとんど関心のない私にとって、ニュース番組は、
その日の天気と現在時刻を確認するための生活音に過ぎなかった。
――そう思っていた。
しかし、その日の画面に流れた速報だけは、さすがに私でも支度の手が止まった。
【速報】政府、「外部起源による核爆発の可能性が極めて高い」と初の公式認定
名古屋市全域を「甚大被害指定地域」へ
昨夜の合衆国大統領の声明に同調する形で、日本政府もついに情報公開へ舵を切ったらしい。
キャスターは緊張を隠しきれない声音で読み上げていた。
「政府は、名古屋市北部で発生した大規模爆発について
『外部起源による核爆発の可能性を排除できない』との見解を示し、
名古屋市全域を災害対策基本法に基づく『甚大被害指定地域』に指定しました。
これを受け、防衛省は陸海空自衛隊の広域即応部隊および化学防護隊を
現地周辺へ展開。厚生労働省はDMATとDPATの先遣隊を
派遣したと発表しています」
続いて官房長官の会見映像が映る。
「爆心地周辺における線量分布、衝撃波特性、電磁環境の複数の項目で、
既知の核爆発とは一致しない特性が確認されております。
現在、国内外研究機関との共同分析を進めている段階であり、えー……現時点で、
特定の主体による攻撃と断定するには至っておりません」
すかさず記者が手を挙げる。
「『外部起源』とは、地球外の存在による攻撃を意味するのですか?」
「えー……そのような断定は控えたいと考えております。あくまで可能性として
申し上げたものであり、その『外部』が具体的に何を指すのかについては、
引き続き慎重な分析が必要であります」
どの質問にも曖昧な煙幕が張られていく。だがその「避け方」があまりに不自然で、
むしろ政府自身が状況を把握できず混乱していることを露わにしているように思えた。
トースターがパンを跳ね上げる音がした。バターを塗り、コーヒーを喉に流し込みながら
聞き続けると、画面にはさらなる情報が表示された。
「国交省によれば、爆心地から30キロ圏にわたり鉄道・道路ネットワークが広範囲に
断絶しているとのことです。復旧の見通しは『現時点で立てられない』との発表です」
私は、かじりかけのトーストを皿に戻した。
――30キロ圏。
おととい血相を変えて豊橋へ帰った加藤の実家は、名古屋から直線で約50キロ。
安全圏とはとても言い切れない距離だ。
別れ際に見せた、あのひきつったような笑顔が、鏡の前で髪を整えていた私の脳裏に
ふっと浮かんだ。胸の奥に、じわりと冷たいものが広がった。
* * *
研究室に着くと、案の定、話題は名古屋のことばかりだった。
「結局、日本はアメリカが言うまで黙ってた感じだよな。
『外部起源』なんて回りくどい表現で」
「本当に宇宙人だったら、日本政府にどうしろって話だけど……」
「エイリアン? ET? いや、笑えなくなってきたぞ……」
「怖いよな。何も知らないまま、突然あれが頭上に落ちてくるって考えたら」
「放射能も分からないんでしょ? 加藤、大丈夫なのかな……」
「名古屋がやられたら、日本って地理的に東西で完全に割れたようなもんじゃない?」
誰もが冗談めかして語りながらも、声の奥底には恐怖が滲んでいた。
その時、不意に話題がこちらへ飛んできた。
「篠原さん、来月の学会発表どうするんですか?」
唐突な問いに、思考が一瞬止まった。
「あ……ああ、もちろん。準備してきたし、開催されるなら出るよ」
「博多でしたよね? 行けるんですかね、この状況で」
「うーん……本当は新幹線で行くつもりだったけど……名古屋があれじゃ迂回も
難しいか。飛行機か……いや、北回りで在来線を……いや、さすがに無理だな……」
口では可能性を並べてみせたが、内心では分かっていた。
名古屋消失という「巨大すぎる異常」が、ついに自分の生活圏を
侵食しはじめている――と。
研究室を照らす蛍光灯の白い光。
作業机に雑然と並べられた筆記用具。
パソコンのファンの微かな唸り。
同僚たちの声。
昼休みに食堂から漂う、揚げ物とカレーが入り混じった匂い。
昨日までと何ひとつ変わらないはずの日常が、鮮やかさを失い、どこか濁った
フィルター越しに見えているような感覚。
世界のどこかで、細いひびが走ったような感覚。
気を取り直してディスプレイに向かい、解析データを呼び出した。
だが、画面に映るラインが、水に滲んだインクのようにぼやけて見えた。
疲れているだけだ――そう思い込もうとした。
だが胸の奥底では、小さな声が確かに囁いていた。
「世界はもう、昨日の世界ではない」 と。
名古屋消失から二日。
「世界の異常」は、もはや噂の域を越え、
「現実」へと姿を変えました。
それでも篠原は、まだ日常の側に留まろうとしています。
その小さな歪みが、ここから少しずつ形を持ち始めます。




