最高に幸せになるんだから洗脳しても良いだろ?
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
「こっちだ!急げ!」
森の中を走る少年と少女。
少年は少女の手を握り、少しでも早くその場から去ろうと少女を引っ張るが、少女は体力の限界だった。
「も、もうダメ……」
「諦めちゃダメ!」
その場にへたり込んでしまった少女を少年が叱咤激励するが、少女は肩で呼吸しながら疲労に苦しむだけで動こうとしない。
「グルルル」
そんな二人の背後に、一匹の獣が迫っていた。
まるで狼かと思えるほどの巨大な野犬だった。
「く、来るな!」
少年は少女の盾となり、野犬と向かい合う。
このままでは野犬に襲われ、二人とも小さくはない怪我を負ってしまうだろう。
少年は勇敢だった。
恐怖と疲労で一歩も動けない少女を守るため、恐怖をどうにか振り払い、この状況を打破するための手段を必死に考える。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい!」
少年は決意した。
両親からきつく言い聞かされていた、決して使ってはならない力を使うことを。
少女を守るためにその言いつけを破ることを。
「僕の言うことを聞けええええ!」
少年の叫びに野犬は一瞬体をピクリと震わせた。
だが。
「グルルル!」
「ど、どうして!?」
少年の力は野犬には通じなかった。
彼に宿った力は野生生物には効き辛いものだったからだ。
「ひい!」
何かをされたと感じ激怒した野犬が、今にも二人に飛び掛かろうとしている。
絶体絶命。
だが幸運にも、そのピンチはギリギリのところで回避された。
「大丈夫か!?」
二人を探していた大人達が助けにやってきたのだ。
野犬はあっさりと追い払われ、少年と少女は救出された。
そしてこの日から少年は街から姿を消し、少女と会うことは無かった。
ーーーーーーーー
「ファイアーボルト!やった当たった!」
「アイスニードル三連!おっしゃ全弾命中だ!」
「先生!範囲魔法で一掃しちゃダメですか?」
「ダメに決まってるだろ。単体魔法の操作精度を向上させる授業なんだから」
校庭の一角に位置する魔法修練場。
そこで高校の生徒達が先生の指導の下、的に魔法を当てる練習をしていた。
「俺も攻撃魔法が良かったな」
「え~生活魔法便利で羨ましいよ」
「そうそう、私なんか夢魔法だよ。好きな夢見れても大抵覚えて無いから意味無いし」
「私はもっと楽しい魔法が良かったな。盾魔法は安全になるけど、地味なんだよね。警察や自衛隊からスカウト来るらしいけど、戦いとか嫌だし」
当てるのは攻撃魔法だけでなくどんな魔法でも良いのだが、生成した何かを飛ばす力を持たない魔法を授かった生徒達は的当てに参加せず個別で魔法を使い精度向上に努めていた。
「う~ん、動いてる的に当てるの難しいよ~」
「動きを予測して移動先を狙えば良いんだよ。ほら、こんな風に」
「わぁ、玉川君うま~い! 私に教えてよ!」
「私にも教えて!」
「私も私も~!」
「え、あ、うん」
普段はパッとしない印象の陰寄りな男子が高精度の魔法の腕を披露し、クラスメイトの女子達に囲まれて青春していた。
「チッ、調子に乗りやがって」
そんな彼らの様子を、離れた所で座って眺める一人の男子生徒がいた。
「あんな陰キャ野郎の何処が良いんだか。力さえ使えれば、俺が幸せにしてやるのにな」
幸せ、のところで女子の体操服の一部を凝視して下卑た笑みを浮かべたのだが、罰が当たったのだろう。
「いてぇ!」
突然真横からサッカーボールが飛んで来て、彼の側頭部にぶつかったのだった。
別のクラスがグラウンドで体育の授業を行っていた。授業の内容は女子のサッカーで、それが不運にも飛んできたのだった。
「くそ、気をつけろよな!」
サッカーボールを拾い、怒りをぶつけるかのように思いっきり投げ返そうとグラウンドの方を見たら、ボールを飛ばして来た原因らしき女子が近寄ろうとしていた。
「ごめんなさ~……ふ、二峰君!?」
しかしその女子は、その男子の正体に気付くと顔を青褪めて足を止めてしまった。いや、止めるどころか後退っている。
その様子を見た二峰の顔からは怒りが消え、にちゃぁと音が出そうな気持ち悪い表情に変化した。視線は彼女の顔から体へと、体操服に包まれた全身を舐め回すかのように遷移する。
「どうした。取りに来ないのか?」
「あ……その……あの……」
投げ返すことはせずに、ボールを受け取りに来させようとする二峰。
「ほら、チームの皆が待ってるぜ。取りに来いよ」
「うう……」
クラスメイト達は困る彼女を遠くから見守るだけ。誰もが二峰に近づきたくないと言った雰囲気である。
「そんなに怯えなくたって良いだろ。俺の力はこれで封じられてるんだしさ」
二峰は握った右拳を上に向け、手首に巻かれた金属製のリストバンドを彼女に見せてあげた。
「左手にも、両足首にも、首にもあるぜ。こんなに厳重に封印されてるんだから、平気だって」
「……う、うん」
その説明で少しは安心したのか、彼女はゆっくりとボールを取りに二峰の元へと歩き出した。
だが完全に不安が払しょくされた訳ではなく、その顔は青褪めたまま。あるいは力など関係なく、単に二峰の視線が気持ち悪いだけなのかもしれない。
「それに万が一、力が漏れたとしても安心しな。たっぷりと幸せにしてやるからな」
「いやああああああああ!」
体操服を押し上げる部分を凝視しながらそんなことを言われてしまえば、その『幸せ』が何を意味するのかなど一目瞭然だ。
女子生徒は全身を隠すように両手で身体を覆い、また後退ってしまった。
二峰はその様子を見て満足そうにしている。
「こら!二峰!女子を脅すんじゃない!」
「いてぇ!」
再度の頭部への衝撃は、男の教師による拳骨が原因だった。
トラブルが起きているのを察した教師がフォローしに来たのだ。
「体罰は禁止だろ!」
「お前に関しては許されてるんだよ」
「酷い!人権侵害だ!」
「女子の人権をぶっ壊そうとしてる奴が何言ってるんだ」
教師は二峰の手からボールを奪い、女子に投げ返してあげた。
「ありがとうございます!」
女子は教師にお礼を告げると、逃げるように慌ててサッカーコートへと戻った。
「酷いぜ先生、俺はただあの子を幸せにしてあげたかっただけなのに」
「何が幸せだ。ただエロいことしたいだけだろ」
「エロいことして何が悪いんだよ。嫌がる相手を無理矢理ってのは問題外だが、俺は相手を最高に幸せに洗脳してやるつもりなんだぜ」
「本気でそれが相手にとって幸せだと思ってるのか?」
「失恋することも無い、対人関係で苦しむことも無い、人生を不安に思うことも無い。クスリみたいに体を壊すことも無い。生涯幸せを感じ続けられるんだ。むしろ女子の方から洗脳されに来て欲しいくらいだね」
とんでもないことを堂々と口にする二峰の様子に、教師は苦々しい顔になり頭を抱えたくなった。
「あのなぁ、それはお前が……」
「先生、呼ばれてるぜ。いつまでも見学者に構ってる暇なんか無いんじゃねーか」
「…………後で職員室に来い」
強引に話を打ち切ろうとした二峰に対して言いたいことは多々あるが、生徒から呼ばれているのは本当だった。教師は渋々その場を離れて本来の授業へと戻った。
「はぁ……先生も良くやるわ。俺なんか放っておけば良いのに」
それは洗脳の魔法を使える危険人物を真面目に指導する必要など無い、という意味では無かった。
「問題だったら監視してる誰かがすっ飛んできて説教してくるだろうからな」
二峰はそう言うと周囲を軽く見回した。
目に入るのは各々授業に取り組む生徒達と教師だけであり、誰も二峰のことを見ていない。だが二峰は見えない視線を感じるのであった。
ーーーーーーーー
「お、これは!?」
授業が終わり教室に戻ると、二峰は机の中に手紙が入っていることに気が付いた。
可愛らしい薄いピンク色の封筒に、ハートマークのシールが貼られている。
『二峰君に大切なお話があります。今日の昼休みに、北棟の屋上で待ってます』
これまた可愛らしい筆使いで告白を匂わせるような文章が端的に書かれていた。
「差出人は書かれてないか」
いたずらの可能性もあるが、孤立している上に誰もが関わりたくないと距離を置かれている二峰に対してするとは考えにくい。つまり手紙の主は本気で二峰を呼び出そうとしているのだろう。
「ついに俺にも春が来た!」
二峰は全く迷うことなく呼び出しに応じることに決め、昼休みになるとご飯も食べずに屋上へと向かった。
「そういえばうちの学校の屋上って立ち入り禁止で鍵がかかってるんじゃなかったっけ?」
途中で疑問が湧いてきたが、ひとまず気にせず屋上の入り口に向かった。
「あれ、開いてる」
扉をそっと開けて屋上の様子を確認する。
すると入り口に背を向けて立つ、一人の女子生徒の姿が目に入った。
「(マジか。てっきり政府の呼び出しかと思ったが、本当に告白なのか!?)」
心底浮かれた様子で行動していた二峰だが、実は告白では無いと思っていた。
その決定的な理由が屋上への鍵が開いていたこと。
告白で学校が屋上の鍵を貸し出すわけなどなく、そんなことが可能なのは二峰を監視している政府側の人間だと考えたのだ。
だがその場にいたのは政府の人間ではなく、同じ学校の生徒だった。
どうにかして屋上の鍵を開ける手段があったのだろうと考え直し、再び浮かれて屋上へと足を踏み入れた。
「よお、お待たせ!」
元気よく声をかけたら、その女子が振り返った。
「(うお、美少女! どこのクラスの女子だ?)」
その人物は可愛らしい顔で清楚な雰囲気の美少女であり、制服の上からでも体の凹凸がはっきり分かる程度にはプロポーションが良い。絶対に男子からの人気が高いこと間違いない人物なのだが、二峰の記憶には存在し無かった。
「ううん、そんなに待ってないから気にしないで」
「お、おう」
その声もまた透き通るような聞き心地の良いもので、二峰はあまりのハイスペックさに面食らってしまった。だがそれも一瞬のこと、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「君はどこのクラスの娘? 大切な話ってなんだ?」
「…………」
「?」
二峰の質問に、彼女は何も答えようとせず微笑むだけ。
どういうことなのかと二峰は首をかしげるが、そんな彼に向かって彼女はいきなり核心となる言葉を告げた。
「二峰君、好きです」
女子からの告白。
いたずらでも、政府からの呼び出しでもなく、本気の告白。
そうだったら良かったのになと思っていたはずなのに、二峰の表情は一瞬だけ強張った。その様子に彼女は気付いているのかいないのか、薄く頬を染めての微笑みを崩さない。
「おっけーおっけー!超おっけー!君みたいな可愛い子に告白されるなんて最高だ!幸せにしてやるからな!」
「はい、幸せにしてください」
「…………」
こう言えば女子はいつもドン引きして逃げてしまうのだが、彼女は即答して受け入れた。
「君は俺が使える魔法を知らないのか?」
「洗脳ですよね」
「知ってるのか……幸せにされるんだぞ?」
「はい、幸せにしてください」
二峰は明言していないが、洗脳によって相手を幸せにすると暗に告げているのだ。
だからこそ女子達は洗脳を恐れて二峰の近くに寄ろうとしない。たとえ道具で封じられていようが、何かの拍子で使えるようになっていて洗脳されてしまうのではないかと考えてしまうから。
だが目の前の少女はそのような洗脳に対する恐怖を全く抱いていなかった。
それは洗脳されるということがどういうことなのか分かっていないからなのではないか。
「なら今日の放課後、いや、夜は空いてるか? たっぷり幸せにしてやるぜ」
「はい、空いてます。よろしくお願いします」
「…………」
これまた暗にエロいことをしてやると告げたのだが、彼女は全く動じることが無かった。
洗脳してエロいことをされるだなど、女性にとっては恐怖でしかないはずなのに。
力を封じる道具を心から信じているということなのだろうか。
「最近これの調子が悪い気がするんだよなぁ」
「そうなんですね」
「の、能力が使えちゃうかもしれないんだよなぁ」
「そうですか」
「…………」
二峰が何を告げようとも、彼女は全く否定的な態度を見せないではないか。
見ず知らずの女子がそれほどまでに強い好意を示してくれたことに二峰は喜べず逆に恐怖していた。
そんな二峰の様子がおかしかったのだろう。
彼女は声を出して笑い、彼の心の内を指摘したのだった。
「くすくす、二峰君ったら、それじゃあまるで私に断って欲しいみたいじゃないですか」
「!?」
二峰が洗脳スキルを使って女子を好き放題して幸せにしたいような人間であるならば、告白された時点で堂々とお持ち帰りすれば良いだけの話だ。だが二峰はまるで彼女にドン引きして欲しいとでも言わんばかりに、自分が洗脳の力の持ち主だとアピールしていた。
それは一体何故なのだろうか。
「やっぱりけーくんは優しいね。大好き」
「!?」
けーくん。
二峰 圭祐のことをそう呼ぶ人物は、この世界に一人しかいない。
幼い頃の彼女の姿と、今の姿が重なった。
言われてみれば確かに面影があった。
「花美瑠……なのか?」
「はい、けーくんの幼馴染の 宇津上 花美瑠だよ。久しぶりだね」
彼女の正体が判明した途端に二峰、いや、圭祐は反射的に顔を逸らしてしまった。
そんな彼に向けて、花美瑠は優しく話しかける。
「大丈夫だよ。けーくんが居なくなった理由はもう知ってるから、申し訳なく思わなくても良いんだよ」
「…………」
「あの森の中で、野犬から私を守るために力を使っちゃったから、隔離されちゃったんだよね」
危険な魔法を使える人物は国が管理するという法律が定められている。
子供は魔法を使える年齢になってから専用の学校に通うことになるのだが、圭祐はピンチに陥って必死になったことで同年代の他の子供達よりも早く魔法を使えるようになってしまったのだ。
その結果、すぐに隔離されて国の施設に収容され、転校を余儀なくされてしまった。
花美瑠に別れを告げることも出来ずに。
「もう一度言うね。けーくん、好きです」
幼い頃に別れた幼馴染が、物凄い美少女になって会いに来て、告白してくれた。
それは喜ぶべきことのはずなのに、圭祐は全く嬉しそうでは無かった。
「違う。それは、その気持ちは違うんだ」
「どう違うの?」
「小さい頃、多分俺は、花美瑠に向かって無意識で洗脳の力を使っていたんだ。花美瑠のことが好きだったから、俺の事を好きになってもらうようにって思ってたんだ」
「だから小さい頃の気持ちに今も引っ張られてるんじゃないかってこと?」
「ああ」
花美瑠が圭祐のことを想う気持ちは、圭祐が魔法によって植え付けたもの。
本物の気持ちでは無いから受け入れられない。
これまでの圭祐の態度から考えると、全くの別人のようだった。
「くすくす、今のけーくんなら都合が良いからって喜びそうなのにね」
「…………」
「冗談だよ。分かってるから。けーくんが本当はとても優しい人なんだって。昔も、今も、ね」
「え?」
昔はともかく、今日再会したばかりなのに最近の圭祐の様子を彼女が知っているのはおかしい。
その疑問を抱いたことを察した花美瑠が、理由を教えてくれた。
「私がけーくんの監視者だったの」
「はぁ!?」
危険な魔法を使える人物が普通の生活をするには二つの条件がある。
一つは道具により魔法をきつく封じること。
もしその道具を壊そうとしたならば、すぐに隔離生活に戻されてしまう。
そしてもう一つは常に監視されること。
学校に通っている時も、不審な行動をしていないか監視されていたのだ。
その監視者が花美瑠だと言うではないか。
「政府に姿を消す魔法を使える人がいてね、その人に姿を消してもらって、けーくんの様子を見てたんだ」
「マジかよ……それならそうと言ってくれれば良かったのに。というか、なんで花美瑠が政府に協力してるんだ?」
「そんなのけーくんに会いたかったからに決まってるでしょ」
「え?」
「最初から説明するね」
突然圭祐が消えたことで混乱した花美瑠は、しばらくしてからその理由を大人達から聞かされた。花美瑠は圭祐が無事であると知り安堵し、会いたいと強く願うようになった。隔離された学校に通いたいと大人達と交渉した。
だが許可は出なかった。
そこは危険であまりにも特殊な場所であるため、少なくとも中学を卒業するまでは普通に生活しなさいと言われたのだ。
中学卒業後、花美瑠の想いは消えることなく、むしろ会えないことで想い出の中の圭祐が美化され、より想いが強くなってしまっていた。彼女は再び大人達と交渉し、圭祐が外の世界での生活を望んだということもあり、短期で監視者の仕事をすることになった。
監視者が監視対象と会ってはならない、なんてルールは無い。しかし花美瑠は大人達から会うことを止められた。
今の圭祐が花美瑠にとって代わらず好きでいられるような相手であるか不明だったからだ。
しばらく観察し、今の圭祐を理解してそれでも傍に居たいかを判断するようにとのこと。もしお眼鏡に適わなかったのであれば、すぐに仕事をやめて普通の高校生活に戻ること。
「その結果、お眼鏡に適ったってこと」
「いやいやいやいや、ありえないだろ。自分で言うのもなんだが、俺ってかなり最低な行動や言動ばかりしてたぞ」
女子を卑猥な目で見て、洗脳してエロいことをし尽くしてやりたいと脅すような言動をし、どう考えても千年の恋も冷めるレベルのヤバイ男だった。その自覚が圭祐にはあった。
「くすくす、そうだね。とっても酷いね。そうやって皆の心を守ってたんだよね」
「…………」
「少しでも仲良くなったら、少しでも好印象を抱いてしまったなら、それは実は洗脳されているかもしれない。そうやって不安に思わせないように、洗脳なんてされてないよって安心して貰うために、わざと悪役になってたんでしょ」
「…………」
洗脳してまで嫌われたいだなんて人がいるはずがない。だから嫌われ続けることで洗脳されてないと安心させてあげたかった。
「外の世界で普通の高校生として暮らしたいって思ってるのに、皆のために自分からその普通を壊しちゃうんだもん。やっぱりけーくんは昔と変わらずとっても優しいね」
「…………」
圭祐は俯いて何も言えなかった。
全く反論しようとしないところ、花美瑠の指摘は正しいことだったのだろう。
「私はそんな優しいけーくんが好きです」
花美瑠は成長した圭祐を見て、また好きになった。
決して幼い頃の気持ちだけではない。
今の圭祐に惚れたのだ。
「そしてそんなけーくんを助けたいの」
「え?」
俯いていた圭祐が顔を上げた。
そこには慈愛に満ちた表情に変化した花美瑠の姿があった。
「けーくんが嫌われようとしてたのって、洗脳されてないって相手を安心させるためだけじゃないよね。けーくん自身が洗脳してしまったかもしれないって不安に思わないためでもあったんだよね」
「っ!」
自分は決して洗脳の魔法を使っていない。
でも実は無意識で使ってしまっていて、それで仲良くなってしまったのではないか。
その不安がどうにも拭えず、誰かと親しくすることが出来なかった。
せっかく外の世界での普通を求めていたのに、友達すら作ることも出来ない。
圭祐の苦悩を傍で監視していた花美瑠は気付いていた。
「だから私がけーくんの心の拠り所になりたいの。好きな人が安心して寄りかかれる場所になりたいの」
「……なん……でだ……花美瑠も……変わらない、だろ」
洗脳されたって構わないとでも言いたいのだろうか。
だがそれでは圭祐の心を救うことはできない。むしろ自分を好きでいてくれる人を洗脳してしまうかもしれないと、より恐怖してしまう結果になるだろう。
「くすくす、私はけーくんに会いたいからだけで監視者になれたわけじゃないんだよ」
「え?」
「私は監視者として有用な魔法が使えるの」
だからこそ大人達は彼女に監視者の仕事を許可したのだ。
危険な魔法を使える人物の傍にいても問題無い魔法。
「魔法無効化、それが私が使える魔法」
相手が攻撃魔法を使おうが、洗脳魔法を使ってこようが、完全に無効化してしまう。
しかも常時発動型のため、魔法不使用時の隙を突かれるなんてこともない。
「だから私は洗脳じゃなくて私自身の気持ちでけーくんが好きになったの。それはこれからもずっと変わらないよ」
無意識で洗脳してしまうなんて怯える必要も無い。
圭祐が望んだ普通の付き合いが可能な相手。
しかもその相手が自分を好きでいてくれる。
これほどまでに幸せなことが他にあるだろうか。
「うっ……ううっ……俺、俺っ……」
これまでずっと孤独で苦しんでいた。
だがそれも今日までだ。
「うううう……」
声を押し殺して無く圭祐の頭を、花美瑠は優しく抱き締めた。
「ところで、けーくんに二つ聞きたいことがあります」
「ん?」
めでたく結ばれ、花美瑠は監視者を止めて圭祐と一緒の高校に通い始めた。
そんなある日の帰宅中、花美瑠が圭祐にとある質問をした。
「けーくんって洗脳は相手を幸せにするから問題ないって言ってたよね」
「ああ。そう言えば悪人っぽく感じるかなって思ってさ」
「うん、それは分かってるんだけど、そもそもその話についてけーくんはどう思ってるのかなって」
生涯幸せになるのであれば、洗脳することは悪いことでは無いのではないか。
もちろんそれは相手を幸せにするような洗脳に限った話ではあるが、だとしても本当に問題が無いのだろうか。
「いや問題しかないだろ」
「どうして? 相手は幸せになるんだよね」
「洗脳した時点で、それはもう別人みたいなものだろ。元の人格を殺しているんだから、幸せになんてなってねーよ」
「くすくす、確かにそうだね」
だからこそ、圭祐は誰かを少しでも洗脳したくはなかった。殺人になってしまうと思っていたのだから。
それならば隔離されて引きこもっていれば良いのだが、どうしても普通の幸せも追い求めたかった。
その二つの気持ちの板挟みにあって、苦しんでいたのだろう。
尤もそれは最近までという話だが。
「じゃあもう一つの質問」
「おう、なんでも答えるぜ」
爽やかにそう答える圭祐だが、花美瑠の笑みが深くなったことに気付いていなかった。
「どうして未だに女子の身体をジロジロ見るのかな?」
「うっ!」
悪人ぶっていた時の役得の一つに、女子の身体を見れるというものがあった。
花美瑠という彼女が出来た以上それはNGのはずなのだが、圭祐は未だに女子を見てしまう。
そしてその視線に花美瑠は気付いていたのだった。
「いや、それは、その、癖が抜けないというか、なんというか……」
「け・い・す・け・くん」
「ひえっ!ごめんなさい!」
実はただのスケベだったのではないかと花美瑠は思ったが、幸運にもそれで恋が覚めるようなことは無かったらしい。
ただし圭祐に対する激しい教育が始まったが、それもまた幸せの形の一つなのだろう。
「いつもあんなに私の身体を堪能してるのに!」
「ごめんなさああああい!」




