9)王都からの手紙
「吾輩は猫である。旅は好きだが、長旅は疲れるのである」
今日は朝から雲ひとつなく晴れていた。
いつも以上に空が青くて、青い絵の具で一面を塗ったようだった。
僕はいつもの窓辺に座り、背中に陽の光を浴びていた。
朝食も済みお腹も満たされている。僕は毛づくろいをしながら、今日も良い日になりそうだと感じていた。
そこへ、商業ギルドの馬車がお店の前で止まった。
ルイーズ様が入り口で少し話、封筒を手に戻ってきた。
「マリオン、あなたと私に手紙が来ているわ」
マリオンは手を止め、手紙を受け取った。
封に押された紋章を見てマリオンが微笑む。
「家からだわ。お母様からかなぁ・・・」
マリオンの母親。
僕はマリオンと契約する時に一度だけ合ったことがある。
優しそうな印象でマリオンの姉と言われても納得するような若く見える人だった。
マリオンの母親は魔女ではないが、魔女について詳しく、ルイーズ様とは友人だそうだ。
そして、娘たちの将来を真剣に考えて魔女に弟子入りさせたらしい。
マリオンが薬師としてルイーズ様の元に、マリオンの姉が冒険者として別の魔女の元へ行ったことも、全て母親の助言があったと聞いている。
マリオンは手紙を開き、読み始める「エッ?」と声を漏らした。
「師匠・・・兄が結婚するそうです。二か月後に王都の教会で式を挙げるそうです」
「それはめでたいね。あなたの兄さんは確か・・・」
「はい。王城で文官の仕事をしています。いずれは父の跡を継いで子爵になると思います」
ルイーズ様も手紙を読み始めた。
ルイーズ様の手紙には『マリオン、シモーヌ、アルフォンヌも連れて四人で式に参加してください』と書いてあるそうだ。
「王都か・・・」
この街よりもさらに大きくて賑やかだと聞いた。
高い塔が立ち並び、見たことのない食べ物や香りが広がり、きっと猫も多いのだろう。
それに、結婚式という特別な場に僕も行けるなんて、ちょっと胸が躍る。
マリオンが僕の背をそっと撫でた。
「アルも一緒に行くのよ。アルの礼装どうしようか?」
僕は首を傾げた。
それを見て、マリオンは笑った。
王都行きまで後一か月となった頃、シモーヌが戻ってきた。
子供たち大きくなり、お乳も必要なくなり、実家の寮母に預けてきたようだ。
あの子たちも立派な魔女猫になるのだろうと思う。
僕は戻って来たシモーヌと一緒にいつもの空地の居る猫仲間に挨拶に行った。
シモーヌが戻ったことで、野良猫グループが少し動揺していたのが面白かった。
ここのトップはシモーヌなのは間違いない。シモーヌは皆の姐御だ。
シモーヌが戻ってから一週間後、僕たちは王都へ出発する。
お店はお休みになるので、常連さんには長期休暇を伝えてある。
式に参加する衣装は、この街よりも王都の方が品揃えが良いだろうというルイーズ様の意見で王都で購入することになった。
ルイーズ様とマリオンは何を着るのだろう。そして僕とシモーヌはどんな格好になるのだろう。
王都まで馬車で四日は掛かる。
今回は貸し馬車ではなく乗合馬車だ。
この街、ザレフグラフから王都までに有る街や村を周りながら、終点の王都までを走る馬車だ。
長距離の馬車に乗るのは初めてなので僕はワクワクしていた。
出発当日の朝。
マリオンは大きな荷物を持ち、腰にはポーチを下げて準備万端。
ルイーズ様は落ち着いた様子で、馬車の荷台に荷物を積み込みながら言った。
「途中で何泊かするから気を抜かずにね」
僕とシモーヌは籠に入り、ルイーズ様とマリオンと一緒に馬車に乗り込み、籠の中のクッションの上で行儀よく座った。
暫くすると「ゴトン」と車輪が動き始め、見慣れた街がゆっくりと遠ざかっていく。
街の近くの街道沿いは草原が続く。遠くで牛が歩いている。
小川のそばでは野うさぎが跳ね、空を見上げれば鷹だろうか鳥が飛んでいる。
僕たちはガタゴトと走る馬車の中だ。
籠の中から見る外の風景は、まるで、僕の知らない世界の絵本のようだった。
昼過ぎ、街道沿いの休憩所に立ち寄ると、そこには旅人や商人たちが集まっていた。
料理の香り、焚き火の煙、見たことのない箱を積んだ荷馬車が停まっている。
僕たちは馬車を降りて伸びをする。ジッとしているのは何かと疲れるものだ。
馬車移動の間の食事は、マリオンたちは、朝晩は街や村で食べれるが、昼は朝に購入したパンや干し肉で簡単に済ます。
僕とシモーヌには、いつものカリカリをマリオンが持参している。
馬車の御者がお湯を沸かし、お茶を淹れてルイーズ様とマリオンに渡した。
僕たちは馬車の中に戻り、昼食にする。
ルイーズ様とマリオンは家を出るときに作ってきたサンドイッチを頬張る。
僕とシモーヌは持参したカリカリを食べる。外で食べるカリカリはいつも以上に美味しい。
食後に水を飲み、満足した僕は口の周りと毛並みを整え、籠のクッションで丸くなった。
お昼寝の時間だ。
日が傾き、もう直ぐ暗くなるかなという頃、宿がある村に着いた。
宿はランタンの光に包まれていて、夜風は少し冷たかった。僕たちの街よりも標高が高いのかも知れない。
夕飯を済ませた僕たちは部屋でまったりと時間を過ごした。
僕は布団の横に敷かれた毛布の上で横になりながら、窓から見える星を眺めていた。
星は街よりもずっと明るくて、数も多く、まるで銀の粒をばら撒いたみたいだった。
そして僕は眠りに落ちた。
そんな馬車旅を続けて四日目の昼頃、丘の上を進んで行くと、遠くに高い壁が見えてきた。
丘の上に塔が並び、白い壁、青い屋根の立派な建物が見える。あれが王様のお城だろうか。
お城を取り囲むように大きいな家が立ち並び、そして丘を下っていくと小さな家がひしめき合っているように見える。
塀の近くに川が流れていて、塀の周りには畑かなと思われる耕作地があった。
初めて訪れる場所に僕はワクワクしていた。
「アル、もう直ぐ、王都よ」
何か楽しい事があれば良いなと思う。
王都の門前で衛兵のチェックを受けて王都の中へと入って来た。
門からそれ程遠くない所が馬車停のようだ。
僕たちは馬車を降り、荷物を持って、馬車停のベンチに座っている。
マリオンの家まで歩いて行くのだろうか。王都は広そうだし大変だなと思う。
暫くベンチで休憩していると僕たちの前に黒い馬車が停まった。
馬車からビシッとした衣装の男性が降り、その後から女性が降りてきた。
「お母様・・・」
マリオンが気づいて声を掛けた。ルイーズ様は片手を挙げた。
「マリオン、ルイーズ、久しぶりね。元気だった?」
「あぁ。元気だよ。マリーヌも変わらないようだね」
ルイーズ様が話しかける。「マリーヌ?」母親の名前だろうか?と思う。
僕たちは、また、馬車に乗って移動する。
歩いて行けないほど遠いところに家があるのだろうか。
僕とシモーヌは黙って座っている。
すると、馬車が止まった。
男の人が扉を開け、僕たちは馬車を降りた。早すぎなんじゃなかろうか。
「アル。家に着いたわよ」
僕の疑問顔を察したのかマリオンが教えてくれた。




