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8)火事と猫

「吾輩は猫である。匂いと音には敏感である」


 穏やかな午後。

 僕はいつもの窓辺のクッションの上で、陽の温もりを吸収していた。

 陽射しは柔らかく、体の奥までじんわりと温かさが届いているようだ。

 ルイーズ様とマリオンは工房で薬草の仕分けをしている。

 机に上には乾燥させた薬草が並び、草の香りが僕の所まで漂ってきていた。

 明日使う薬草を準備しているらしい。

 ルイーズ様とマリオンの話し声や笑い声が聞こえる。

 僕の好きな静かな午後の風景だ。


 だが、その穏やかな時間を破るように、

「カーン、カーン、カーン」

 重い鐘の音が、遠くの方から響いてきた。

 僕は耳をぴくりと立てる。

 音が広場の方角から繰り返し鳴り響いている。

 マリオンも手を止め、ルイーズ様と顔を見合わせていた。

「・・・これは、火事の鐘ね」

 ルイーズ様が静かに言った。

 火事といっても、慌てる様子はない。

 今日は、年に一度、街で行われる「防災訓練」の日だ。

 火事や災害などに備えて、住民たちが避難の手順を確かめる日だ。

 鐘の音は三度、そして、間をおいてもう一度。

 魔獣が襲撃した時の鐘とは違う。魔獣の時は、もっと早く、鋭い音をしている。

 マリオンが窓から表の通りを覗く。

「みんなちゃんと避難してるみたい」

「訓練でも慌てる人がいないのはいいことだわ」

 ルイーズ様がそう言って、机の上の薬草を束ねた。

 僕はクッションの上で丸まりながら、その光景を眺めていた。

 遠くの広場では、子供たちの笑い声が混じっている。

 鐘の音も、どこか穏やかに聞こえる。

 訓練の鐘は怖いものではない。助け合い、準備を確かめるための音。

 やがて鐘は止み、街のざわめきも落ち着いていく。

 ルイーズ様とマリオンの話し声がまた戻り、薬草の香りが部屋に満ちた。


 火災訓練から暫く経ってからの事だった。

 午後の街は行き交う人も疎らで、夕方から店を開く酒場の準備する音だけが聞こえていた。

 僕はいつものように、窓辺で外を眺めている。

 ルイーズ様は帳簿をまとめ、マリオンは明日の薬草の仕込みをしている。

 煎じた薬草の香りと、薬草を刻む音が店内に流れている。

 何も変わらない、いつもの午後。明日も良い天気だといいなと思う。


 そんな静けさを切り裂くように、街に鐘の音が鳴り響いた。

「カーン、カーン、カーン!」

 先日の訓練と同じ音。だが、あの時よりも切迫している。

 本物の火事だ。

 ルイーズ様が表の窓を開けると、夜風とともに煙の匂いが流れ込んできた。

「あ、あそこだ!」

 マリオンが叫んだ。

 通りの向こう、夕空に煙が立ち上っていた。

 ルイーズ様とマリオンは、バケツを手に外へ飛び出した。

 街の人たちも既に消火活動に動いていた。

 訓練のおかげだろう、誰も慌てずに声を掛け合っている。

「こっちに水だ!」「子供たちは離れて!」

 衛兵が消火用の機械を持ち込み消火活動を行っている。

 街の人々もバケツを手に消火活動をしている

 火元の近くにある二軒にも燃え移ったようで、バチバチと火の粉が舞っている。

 僕は近くの家の窓枠に飛び乗り、辺りの様子を窺う。

 炎の光で通り全体が明るい。

「助けて・・・」

 僕の耳に微かに、小さな声が聞こえた。

 耳を動かし、声の位置を確かめる。

「誰か・・・たす・・・」

 子供の声だ。

 僕はマリオンの元に走り、声を掛けた。

「マリオン!こっちの家に子供がいる!」

「中に子供が?」

 マリオンが近くで消火活動をしていた衛兵に声をかけた。

 二人の衛兵が扉に体当たりして、こじ開けると、煙が一気に溢れ出した。

 衛兵は布で口を覆いながら中へと入っていった。

 そして子供を抱えて外へ走ってきた。

 子供は少し咳をし、煤で汚れていたが、大きな怪我は無いようだった。

「良かった・・・無事だわ」

 マリオンは胸を撫で下ろした。

 ちょうどその時、小さな子供を抱えた女性が走ってきた。

「良かった・・・ありがとうございます」

 母親らしい女性は涙を流しながら、何度もお礼を言っていた。

 僕はその様子を少し離れた場所から「子供を家に置いて出掛けるなんて」と思いながら見ていた。

「アル。あなたが知らせてくれなかったら、あの子は助からなかったわ。ありがとうね」

 マリオンが視線を合わせ僕の頭を撫でてくれた。

 マリオンの手が温かい。

「僕も、中々、役に立つでしょう?」

「ええ、立派な魔女猫よ」

 衛兵や街の人たちの協力で火は無事に鎮まり、誰も命を落とすことはなかった。


 数日後、お店に衛兵が訪れた。

 マリオンの知らせで子供が助かったので、そのお礼に来たらしい。

 マリオンは街からの感謝状と母親らしい女性からのお菓子の詰め合わせを貰った。

 火事の原因は、夜の仕込みをしていた酒場で調理場から火が出たようだ。

 そして近所の二軒に燃え移った。

 子供の方は、下の子がぐずっているので上の子を置いて散歩に出かけた。

 そして鐘の音を聞いて引き返して来たら家が燃えて、子供が取り残されたと言うことのようだ。

 衛兵の話を聞きながら僕はいつもの窓辺で外を眺めている。

 今日も良い天気だ。明日も良い天気だといいな。


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