7)シモーヌの様子
「吾輩は猫である。吾輩にも子供の頃があったのである」
朝、ルイーズ様とマリオンが出掛ける準備をしていた。
今日は、シモーヌに会いに行く予定だ。
シモーヌは療養のために実家へ戻っていて、もう二ヶ月ほどになる。
季節が変わるくらい、会っていないことになる。
「師匠、シモーヌは元気なのですか?」
マリオンが尋ねるとルイーズ様は肩をすくめた。
「まぁ、あの子のことだ。ジッとはしてはいないだろうね。たぶん・・・」
シモーヌの実家は、僕の実家でもある。
僕もシモーヌも魔女猫になるために小さいうちに引き取られた家だ。
古い石造りの家の裏には、小さな庭があって、いつも乾いた草の匂いと、薬草の甘い香りが混じっていた。
裏庭で良く追いかけっこをして遊んだものだ。
実家には、今も、魔女猫の候補たちが数匹居るはずだ。
僕と同じよう引き取られた皆は、どうしているだろうか。
僕と同じように、誰かの使い魔になれたのだろうか。
少しだけ胸の奥がくすぐったい。
もし会えたら、きっと、立派になった僕のことを見て驚くだろうな。
僕は魔女の使い魔だが「魔女には男は居ないのか?」という質問が偶にある。
昔は男も女も魔法が使えれば魔女と言われていたが、最近は「魔法使い」という呼び名が一般的らしい。
なので、魔法を使って薬やポーションを作るルイーズ様やマリオンは魔法使いになる。
また、マリオンの姉のように魔法を使って魔獣を狩る人、所謂、冒険者も魔法使いになる。
「使い魔は猫だけなの?」という質問もある。
マリオンのように薬を作る薬師は猫を好む。
猫は薬草の見張り番として倉庫に入り、ネズミを追い払い、薬師の孤独な夜に寄り添うことが出来る。
まぁ、猫は気まぐれなので寄り添わないこともある。
また、マリオンの姉のような冒険者は鳥を好んで使い魔にしているようだ。
鳥は、空を翔け、森や山に潜む魔獣を見つけ出し、主に危険を知らせる。
鳥と一口に言っても、カラス、タカ、ワシ、フクロウなど魔法使いによって好みがあるらしい。
ちなみにマリオンの姉はカラスを使い魔にしているらしい。
僕は姉に、まだ合った事がない。
使い魔として、どちらが優れているという話ではない。
ただ、僕としては、猫のほうが気品があると思っている。
鳥は「ピー、ピー」五月蠅いし、空から物を落としたりするから嫌いだ。
もちろん、薬師でも鳥を使い魔にする者もいるし、冒険者でも猫を連れる者もいる。
使い魔とは、主の好みと縁で決まるものだ。
マリオンは僕に出会った日、迷いもなく言った。
「あなたは今日から私の使い魔よ」
マリオンの作る薬やポーションは、どれも人を癒やすためのものだ。
僕は二人の出発準備を見ながら、そんなことを考えていた。
ルイーズ様とマリオンがマントを羽織り、出発の準備を整えた。
マリオンの手には僕が乗る籠が握られている。籠の中には小さな毛布とクッションが入っている。
貸し馬車で一時間掛からないぐらいの所に実家の村がある。
歩きでも行けなくはないが、馬車の方が楽だ。
馬車と言っても荷物を運ぶ小さなものだ。馬車を操る人用の座席と背中合わせに座る板があり、その後ろに荷物を積む場所がある程度のものだ。
馬車を引くのは、マリオンが言うにはロバという種類らしい。操るのはルイーズ様。僕とマリオンは後ろに乗る。僕は籠の中から顔を出して外を眺めたり、マリオンと話をして村まで過ごす。
森と畑のあいだにある小さな村に着いた。
村の周りには、黄金色に染まった小麦畑が一面に広がっていた。
秋の陽射しを受け、風が吹くたびに黄金色の波がユラユラと揺れる。
「豊穣」と言うのに相応しい光景だが、僕からすれば美しい毛布のような光景であった。
実家の村は街に近いので、魔獣避けの石塀も低い。
人間も猫も、のんびりと暮らしている。村には穏やかな空気が流れていた。
僕たちは実家の前で馬車を降り、家の木の扉を潜った。
その途端、家の中から数匹の猫がわらわらと出迎えてきた。
「やあ、久しぶり。・・・と言っても僕のことを覚えてる奴は居ないか・・・」
僕がここを出て、もう六年になる。
当時一緒に暮らしていた仲間たちは、きっとみんな立派な魔女猫になったのだろう。
「こんにちわ。えっと、アルフォンヌだったかしら・・・」
奥から僕たち猫の母さん、育ててくれたエルラさんが出てきた。
僕はエルラさんの足にスリスリする。エルラさんは僕の背を撫でてくれた。
とても懐かしい感じに胸がいっぱいになる。
「シモーヌは元気にしてますか?」
「えぇ。とっても元気よ」
ルイーズ様とエルラさんが会話している。
エルラさんに猫部屋に案内された。
僕が居た頃と同じ、日当たりの良い部屋だ。昔は、もっと広くて大きい部屋だと思っていたけれど、今見ると小ぢんまりとした部屋だった。
部屋の中は僕の思い出とあまり変わりは無かった。
陽のよく当たる窓辺でシモーヌはクッションに体を預けていた。
白い毛並みは、以前よりもふんわりと膨らみ、穏やかな笑顔を浮かべている。
「シモーヌ。みなさんが来たわよ」
エルラさんが声を掛けるとシモーヌが起き上がった。
その時だった。
シモーヌが起き上がった拍子に、彼女の腹のあたりから「コロン」と何かが転がり落ちた。
僕は思わず目を見開いた。小さな、白い毛玉が三つ。
「なっ! シ、シモーヌ、それは!」
ルイーズ様とマリオンは落ち着いた顔で見つめていた。どうやら二人は知っていたようだ。
「アルフォンヌ、驚いた?」
シモーヌが笑う。
「うん。ビックリだよ。シモーヌが母親になるなんてね」
僕は小さな命に鼻を近づけ匂いを嗅いだ。仄かに温かく、乳の匂いがした。
赤ちゃん猫は目を開けたばかりで、かすかに鳴いてはシモーヌの毛の中に顔を埋めている。
白一色の毛並み。雪の精霊のようだった。
僕にも、こんな赤ちゃんの頃があったのだなと思う。
シモーヌは誇らしげに微笑んでいた。
「もう少ししたら、子どもたちを母エルラに預けてお店に戻ります。今はまだ、手が離せなくて・・・」
ルイーズ様は頷いた。
「シモーヌ。ゆっくりでいいよ。子供たちの面倒を見ながらのんびりするといい」
シモーヌが店に戻ってくれば、僕の「自由な一日」はしばらくの間、訓練の時間に変わるだろう。
けれど、それも悪くないと思った。
きっと僕が子猫のとき、彼女も同じように年上の猫たちに鍛えられてきたのだろう。
そう思うと、また一緒に過ごせる日が少し待ち遠しくなった。
窓の外では、麦畑が風に揺れ、黄金色が踊っていた。
新しい命が生まれ、また次の世代に紡がれる。
僕は尻尾を揺らしながら、白い子猫たちを見つめた。




