6)アルフォンヌの一日
「吾輩は猫である。温かい日差しと寝るのは好きだ」
僕の一日はマリオンに起こされることから始まる。
朝陽が東の丘の上に顔を出す頃、僕は温かな毛布の中で微睡んでいる。
台所の方から、心地よい音が聞こえる。湯を沸かす音、そして牛乳の香り。
「アル、おはよう」
マリオンが僕を起こしに来る。
台所にある僕専用の皿の中には温かい牛乳と、カリカリが入っていた。
「今日も良い目覚めだ」
牛乳をひと口。甘くて美味しく、体の中からポカポカと温かくなる。
続いて、カリカリを食べる。
おぅ、今日のカリカリには魚の形が入っている。
カリカリの中には今日のように魚、骨、星の形のものが偶にある。
こういう日は、一日が楽しい気がする。
食後、マリオンは開店の準備に、ルイーズ様は薬草をすり潰して薬作りの準備に取り掛かった。
僕は店の窓辺にあるクッションへ移動する。
日差しが柔らかく、背中が温かい。
僕のお気に入りの場所。外の世界が見渡せる場所だ。
表通りは人々が行き交っている。
少年が籠を抱えて走り抜け、何かを持ったオバさんが隣家へと歩いていく。
時折、手を引かれた子供が僕を見て手を振ってくる。
僕も軽く尻尾を振って応える。
僕は人気者だ。
マリオンが店の扉を開け「オープン」と書かれた木札をさげた。
最初の来客は、近所の見慣れたおばさんだ。店に笑顔で入って来た。
「ルイーズさん、こないだの軟膏、とても良かったよ」
「それは何より。マリオンが調合したのよ」
「まぁ、マリオンちゃんが?すっかり立派になって」
そんなやり取りを、僕は目を細めながら聞いていた。
そして僕は欠伸をひとつしてクッションに体を丸める。
来客と話すマリオンとルイーズ様の声。
僕は瞼を閉じた。
陽だまりの中、世は穏やかだ。
11時ぐらいだろうか、僕は目を覚まし、軽く伸びをした。
台所の置かれた僕の皿には、朝の牛乳とカリカリが入っている。
牛乳は冷たくなっているが、これも悪くない。
僕は牛乳を飲み、カリカリを食べる。
食べ終えると、僕は台所の隅にある僕専用の出入口から外へ出た。
裏通りの涼しい空気とパン屋の甘い匂いが僕の鼻をくすぐる。
路地を抜け、家の隙間を通り抜けると、いつもの空き地に出る。
陽の光がぽかぽかと降り注ぎ、草や箱の上で猫たちが思い思いに座っている。
この近辺には数匹の家猫と野良猫が住んでいる。
全員がシモーヌの管理下にあるらしく、僕も直ぐに馴染んだ。
今はシモーヌが実家に帰って不在だが、特に喧嘩などの争いごとは無かった。
「やあ、アルフォンヌ。シモーヌはまだ戻ってこないの?」
先に来ていた野良猫のグルが僕に聞いてきた。
「うん。まだね。でも主のルイーズ様が言うには、体調が良くなってるから、もう少しで帰ってこられるらしいよ」
僕はそんな話をしつつ街の状況という世間話をする。
野良猫組はどこそこで食べ物があるとか情報交換をしている。
「昨日は魚市場の裏に小魚が沢山あったらしいね」
「へえ、それはいい情報だね」
「でも、見張りが厳しくてね。ロロが見つかって、水を掛けられたらしいわ」
ロロは少し離れた場所で拗ねたように毛づくろいをしていた。
僕は世間話をしながら、午後の陽光を満喫する。
やがて陽が少し傾いてきたころ、僕は欠伸をした。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。また後日」
「またね、アルフォンヌ。気をつけて」
僕はゆっくりと家に向かって歩き出した。
家に戻ると窓辺のクッションが午後の陽で温まっていた。
僕は温もりを感じつつ丸くなり、目を細める。
マリオンとルイーズ様の声が聞こえる。店はもうすぐ閉店の時間だろう。
僕がウトウトしているとマリオンの声がした。
「アルフォンヌ。お店閉めたから夕飯にするよ」
僕は欠伸をしつつ起き上がり、伸びをする。
僕の皿には、温かい牛乳とカリカリ。
猫は基本的に雑食だが、僕は小さい頃からカリカリを食べているので、これで満足だ。
夕食後、僕はいつもより早くマリオンの毛布に潜り込んだ。
マリオンとルイーズ様はお酒を飲むつもりらしい。いつもよりも楽しそうな笑い声が聞こえていた。
僕は特に疲れている訳では無いけれど、何故か眠いのだ。
毛布は柔らかくて心地よい。そして僕の体温で少しずつ温まっていく。
マリオンが毛布の中に入ってくる感じがした。マリオンの手が僕の背をそっと撫でた。
そのまま僕は喉を鳴らしながら、再び眠りに落ちた。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
夜の静けさの中で「ガサゴソ」という小さな音が台所の方から聞こえた。
僕は目を開け、耳を立てた。マリオンは眠っている。
僕は、そっと毛布を抜け出して台所へと向かう。
台所に明かり灯り、そこにはルイーズ様がいた。
ルイーズ様は水を飲んでいた。お酒を飲んだ事で喉が渇いたのだろう。
僕とルイーズ様の目が合った。
ルイーズ様は、まるで、いたずらを見つかった子供のように気まずそうにしていた。
「喉が乾いてな・・・」
言い訳するようにつぶやき、もう一口水を飲んだ。
僕は尻尾を揺らし、何も言わずに踵を返した。
毛布に戻ってマリオンの傍にに潜り込む。
僕はすぐに目を閉じた。
そして夜は静かに更けていく。




