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4)僕は牛乳が好き

「吾輩は猫である。山羊乳も良いが、やはり牛乳の方が好きである。」


 朝に飲む、ほんのり温かい牛乳は、しっとりと甘く、今日もやるぞという気にさせてくれる。

 先日、師匠ルイーズ様とマリオンと一緒に薬草を採取し、帰りに牧場へ立ち寄った時のことを話そう。


 朝の森は、しっとりとした露と草の香りに包まれていた。

 この森の奥には、魔力に侵されて凶暴化した「魔獣」と呼ばれる獣たちがいるが、僕たちが居るのは森の浅い場所だ。

 この森には冒険者たちが魔獣を退治に来ることも多く、薬草採りの人も出入りするため、森の浅い場所には危険は殆どない。

 マリオンはかごを片手に、しゃがみこんで薬草を一つずつ確認しながら丁寧に摘んでいた。

 ルイーズ様は少し離れた場所で、慣れた手つきで淡々と採取を進めている。

 僕は尻尾を立て、鼻をヒクヒクさせながら草の中を歩いていた。

「ふむ。湿った苔、草の匂い、そして虫やカエルの気配。朝の森は実に良い」

 遊んでいるように見えるかもしれないが、僕にはちゃんと役目がある。

 周囲の気配を探り、魔獣が近づけばマリオンや師匠に知らせるのだ。僕は優秀な魔女猫である。

「アル、そっちに薬草がいっぱいあるわよ!」

「ん?どれだ?似たような草が多くて分からんな・・・」

「見た目は似てても、あなたは匂いで分かるでしょ?」

「匂いか。この草は魚スープの匂いがするな。これは違うな」

 ルイーズ様がこちらを見て、クスクスと笑う。僕の言葉は「にゃお?にゃご」としか聞こえていはず。

「アルフォンヌ、それ、毒草だよ。食べたらお腹を壊すよ」

「なぬ!それは危険だ!」

 僕は思わず飛び退き、尻尾をぼふっと膨らませた。

 二人は笑っていたが、これは決して笑いごとではない。お腹の危機である。

 そんな調子で、僕たちは昼頃まで騒がしく薬草を摘み続け、籠いっぱいに詰め終えた。

 そして森を出て街へ帰る途中の道沿いにある牧場に立ち寄ることにしたのだった。


 牧場の入り口をくぐると、草の香りに混じって、ほんのりと牛や山羊の匂いが風にのってやってきた。

 柵の向こうでは、大きな牛や山羊たちがのんびりと草を食んでいる。

 時折、「モウー」とか「メエー」とか聞こえてくる。

 残念ながら、僕には牛語も山羊語も分からない。

「うわぁ!牛はやっぱり大きい!」

 マリオンが目を輝かせて声を上げる。

 その声に反応したのか、牛の一頭が顔を上げて「何だ?」と言いたげな目で僕たちを見てきた。

「師匠、ここで牛乳飲めるんですよね?」

「うん、飲めるよ。毎朝の牛乳は別の牧場のものだけど、ここのも美味しい。搾りたてを飲んで帰ろうか」

「やったー!」

 マリオンが喜んで跳ねる。僕もつい尻尾が揺れる。牛乳と聞けば、期待せずにはいられない。

 ルイーズ様が牧場の人に声をかけている間に、マリオンは柵のそばまで駆けていった。

 僕も一緒に近づくと、牛が興味深そうにこちらを見てくる。

 その視線に少しだけ緊張した。僕はマリオンに抱えられながら、牛を観察した。

「いつ見ても牛はデカいな。これで牙があったら魔獣と変わらないな」

「アル。牙はないけど、角がある牛もいるわよ。ここにいるのは牛乳を出してくれる優しい子たちよ」

「ほう。ここは『牛乳の泉』というわけか」

 マリオンはクスっと笑い、牛の鼻先にそっと手を伸ばし撫でた。

 牛はおとなしく目を細め、マリオンの手にすり寄ってくる。

「かわいい!アル、かわいいわよ!」

 マリオンの心は完全に牛に奪われたようだ。僕の出番は、もうなさそうである。

「よしよし、いい子ね。アルも撫でてみる?」

 僕は少しだけ勇気を出して、恐る恐る前足を伸ばした。

 そして、牛の鼻先に「ポン」と軽く触れる。

「ブオオオォォ!!!」

 牛が突如大声で鳴き出した!

 びっくりした僕はマリオンの腕から飛び出し、毛を逆立ててマリオンの背後に隠れた。

「な、なんだ!足でちょっと触れただけだぞ!」

 牛は尻尾をブンブンと振り回しながら、柵の中を駆け回り始めた。

「ちょ、、、ちょっと!どうしたの!」

 マリオンが慌てる。

 すると周りの牛たちまでつられて「モウォォ」「ブォォ」と鳴き出し、柵の中はあっという間に大騒ぎになった。

 僕は全力で柵から離れ、マリオンは僕を追いかけてくる。

 牛たちはドタドタと地面を蹴り、土埃が舞い上がった。

 牧場の人が慌てて駆けつける。

「お、お嬢ちゃん!その猫が牛の鼻を引っかいたんじゃないのかい?」

「す、すみませんっ!ほんのちょっと触れただけなんです!」

 ルイーズ様は頭を抱え、ため息をついた。

「まったく・・・アルフォンヌ、あんた、牛には勝てやしないよ」

 結局、牧場の人が牛たちをなだめてくれて、やっと静けさが戻った。

「まぁ、牛もびっくりしただけさ。猫なんて珍しいからね」

 牧場の人は笑いながらそう言った。

 僕はしっぽを下げながら「牛とは分かり合えぬ生き物だ」と小さくつぶやいた。


 その後、僕たちは牧場の人に案内され、建物前のテラスに通された。

 木の椅子に腰を下ろすと、ほんのりと干し草の匂いが風に混じって漂ってくる。

 マリオンは胸を撫で下ろし、牧場の人が運んできた牛乳を受け取った。

「この僕が、牛に驚かされるとはな・・・」

 独り言をつぶやくと、マリオンがクスっと笑い、小皿に牛乳を注いで僕の前に置いた。

 白い液体に、午後の日差しがきらりと光る。

 温かくはないが、ひと口舐めるとほんのり甘く、優しい味が口いっぱいに広がった。

 牛乳というものは、どうして、こんなにも美味しいのだろうか。

 僕は牛のことを忘れ、牛乳に夢中になった。


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