2)空を飛ぶ魔女
「吾輩は猫である。飛ばねぇ猫は只の猫である」
僕は「飛べない」
しかし、短時間だけど空を「駆ける」事が出来る。
高所から飛び降りても空を駆けて無事に着地するし、空を駆けて高所にも行ける。
マリオンが「飛べる」ようになれば、僕も一緒に空を飛ぶ予定だ。
少し前の話になるが、
マリオンは毎日、箒で飛ぶ練習をしている。
朝だろうが昼だろうが、暇が出来れば箒を担いで裏庭へ飛び出していく。
「今日はきっと成功する!」と笑顔で言うのだが、その笑顔を見るたびに僕は「また落ちるな」と確信する。
夏から秋にかけてのこの時期のザレフグラフの空は広く、青く、実に気持ちよさそうだ。
だが、空とは、鳥のもの、風のもの、そして一部の魔女のものなのだ。
猫が地上をこよなく愛するのは、理にかなっている。
木陰の石畳、陽光が降り注ぐ石垣、世界で最も素晴らしい場所である。
マリオンは箒にまたがり、「アルフォンヌ!見ててね!」と声を張り上げる。
僕は庭の石垣に腰を下ろし、見物人のごとくマリオンを見つめる。
僕は「見てるよ」とマリオンに返事をするが、マリオンは陽光を背負っているので、僕は眩しくて半分、目を閉じている。
マリオンの魔力が高まり「ヒュー」と音がする。
静かに箒が地を離れ、2メートル、3メートルと浮かび上がっていく。
マリオンは僕を見て得意げに手を振る。
「見て!できた!今度こそ!」
マリオンが前へ進もうとした瞬間、重力がマリオンを引っ張った。
箒はグルっと回転し、マリオンは見事な放物線を描いて庭に突っ込んだ。
土の上にドンと音が響き、庭の草たち一斉に悲鳴を上げた。
僕は「ハァ」っとため息をつく。
「空を飛ぶ者は、地を知るべし」と思う。
店の窓からマリオンの師匠、ルイーズ様が顔を出した。
「マリオンは、また落ちたのね。まあ、最初はそんなものよ」
ルイーズ様の声が妙に楽しそうなのは気のせいでは無いと思う。
マリオンは土まみれになりながら立ち上がり、「今度は大丈夫!私も成長してるんだから!」と、まったく懲りていないようだ。
彼女の顔には泥、髪には葉っぱ、そして、胸には満々たるやる気が漲っているようだ。
僕はマリオンの姿を見て思う。
「これが人間という生き物の厄介で、そして、少し羨ましいところ」だ。
猫は一度失敗すると二度と同じ場所に飛び込まないのだが、人間は何度でも挑む。
痛くても、恥ずかしくても、また空を目指す。
それが愚かで、同時に少しだけ眩しい。
夕方までにマリオンは5回落ちて一度も成功しなかった。
だが彼女は微笑んでいた。
「明日こそ、きっと飛べる気がする」
その声は確かな光を帯びていた。
僕は尻尾を振りながら眠そうに答えた。
「空を飛ぶとは、地を離れることではない。夢を離さぬことだ」
マリオンはキョトンとしていた。
そして眠る。
明日は僕もマリオンを手伝おうかと思う。
そして、報酬のカリカリを要求するのを忘れずにいよう。




