15)家庭菜園
「吾輩は猫である。土の匂いが心地よい」
薬の調剤部屋でルイーズ様とマリオンが薬草をすり潰したり、煮たりと、いつもの調剤作業をしていた。
僕はいつもの窓辺で外を眺めていた。
作業中の二人の会話が耳に入ってきて聞き耳を立てた。
「師匠。薬草って・・・自然のものじゃないとダメなんですか?栽培はできないんですか?」
マリオンが、すり鉢を抱えたまま首を傾げ問いかけた。
「うん?そんなことはないよ」
ルイーズ様は薬のラベルを確かめながら答える。
「むしろ、うちが買っている薬草の大部分は栽培だよ。商業ギルドが農家に委託して育ててもらっているのさ」
「えっ、そうなんですか!じゃあ、私たちでも栽培できますよね!?薬草畑を作りましょう!」
マリオンの目がきらきら輝いた。
『マリオンに畑仕事は無理なんじゃないかな?』
僕は心の中で首を傾げる。
「まあ、やりたいなら構わないけど・・・薬草栽培は大変だよ」
ルイーズ様は慌てた様子もなく、いつもの落ち着き払った口調だ。
「薬草の種は商業ギルドで売っているし、畑は・・・ギルドで借りられないか聞いてみるか?」
腕を組み考えるルイーズ様を見てマリオンは顔を明るくした。
「ありがとうございます!私、頑張ります!畑の様子を見に行って、水をやって、草を抜いて・・・」
マリオンは夢が膨らんでいるらしい。
まあ、やりたいと思ったことをやるのは大切だと思う。
ルイーズ様が商業ギルドへ相談に行った、数日後。
街の外壁近くにある、小さな共同畑を借りることが出来たようだ。
そして、今日。
ルイーズ様を先頭に、マリオン、僕、シモーヌの四人で、その畑へとやって来た。
外壁近くに、いくつもの区画が並んでいる。
商業ギルドが所有し、管理していて、家庭菜園がしたい民にも貸し出しているらしい。
僕たちの畑は、その一角で大人が縦に三人並べばちょうど埋まるくらいの区画だ。
紐で畑が囲ってある。
僕とシモーヌは、とりあえず畑の周囲を見回った。
小さな畑なので数分で一周出来てしまった。
獣の足跡も、ネズミの巣も、特に見当たらなかった。
まぁ、とりあえず安心かな。
僕たちが見回りをしている、その頃、ルイーズ様とマリオンは、商業ギルドから借りてきたクワを握り、黙々と耕していた。
・・・いや、ルイーズ様だけが黙々だった。
「ハァ、ハァ、し、師匠・・・そろそろ、休憩に・・・し・・・ませんか?」
マリオンは、数回、クワを振っただけで、もう限界のようだ。
肩で息をして額の汗を拭っている。
ルイーズ様は、淡々と土を耕し続けながら笑った。
「ハハァハァ。だから言ったろう。畑は大変だって」
僕も大きく頷く。畑を作るって大変なんだよ。
ここで薬草が芽を出し、育ち、いつか、誰かの命を救う薬になるかもしれない。
まずは、マリオン頑張れと応援しておこう。
午前中は、ひたすら土を耕しただけで、あっという間に終わってしまった。
皆で一度家へ戻って昼食と休憩をとることにした。
家に帰り、マリオンは椅子に座った瞬間、グッタリと脱力していた。
しかし、昼食を食べて、しばらく休んだおかげで午後には少し元気が戻ったようだ。
畑へ戻ると、今度は畝を作り、種をまく作業が始まった。
薬草だけだと寂しいからと、野菜の種も一緒に蒔くことになったらしい。
マリオンは疲れが残っているはずなのに、「やるぞー!」と気合いを入れ、ルイーズ様と並んで畝作りに励んでいた。
そして種を蒔き終えると、ルイーズ様がジョウロを手に取り、魔法で水を満たすと、丁寧に水やりをしていく。
「早く芽が出て、野菜は食べられるようになると良いですね!」
マリオンが期待に満ちた声を上げると、ルイーズ様は笑いながら答えた。
「ハハァ、芽が出るのに一週間くらいは掛かるんじゃないかな。野菜が食べれるようになるには二ヶ月は掛かるだろね」
芽が出るまでにも、水をやったり、雑草を抜いたり、きっといろいろあるんだろうけど、マリオンは、そのことを完全に忘れている。
服も手も土まみれになりながら、二人は楽しそうに畑仕事をしていた。
種を蒔いてから一週間が過ぎた。
芽が出たかどうか、確認する日がやってきた。
僕とシモーヌは、いつものように畑の周囲を見回る。
マリオンとルイーズ様は、畝の様子を嬉しそうに一つ一つ覗き込んでいた。
「芽が出てるかなぁ?」
マリオンの弾む声が聞こえてきて、僕までドキドキしてしまう。
その時だった。
『ブウウン!』
と、低い羽音とともに、何か大きな影が僕のすぐ横を横切って行った。
僕は思わず背中の毛を逆立ててしまう。
「な、なんだ!?」
その物体をよく見ると、それはコガネムシ・・・なのだが、僕より大きくない?
普通の虫のサイズではない。魔虫かと思うような巨大さだった!
それを見て、僕は、ちょっと腰を引けてしまった。
「フッ!」
シモーヌは息を吐き、軽やかに空を駆け、舞うように跳び上がり、コガネムシに前足を振り下ろした。
『ゴンッ!』
と音がして、コガネムシは地面に叩きつけられ、バウンドしながら転がった。
けれど、コガネムシは、何事もなかったかのように起き上がり、別方向へと飛んでいった。
「タフすぎない?」
僕は思わず呆然としてしまった。
それにしても、シモーヌの動きは、綺麗だった。
僕の空を駆けるスキルもシモーヌから教わったけれど、あんな鋭い動きは、僕には、まだできていないと思う。
スキルを練習しよう。もっと上手くなろうと思った。
しばらく経った別の日。
今度は、畑の端に緑色の巨大なカエルがいた。
どう見ても、オオカミの子どもくらいの大きさだ。こんな化け物みたいなカエルは見たことがない。
僕とシモーヌは即座に毛を逆立て、尻尾をブワッと膨らませ、背中を弓なりにして威嚇する。
「シャーッ!」
ところが、カエルは全く動じない。視線すら寄越さず座ったまま微動だにしなかった。
『な、なんだコイツ!?相当な強者なのか?』
僕は意を決し、地面を蹴り、前足を振り上げ、カエルの頭に打ちつける。
「ガリッ!」
爪が引っかかった音にしては、明らかにおかしかった。
柔らかい生き物を叩いた音じゃない。
そして、カエルは全く動かない。
僕とシモーヌが混乱していると、
「アルとシモーヌは、何してるの?」
マリオンが後ろから声を掛けてきた。
「そのカエルは石製の置物よ?虫を食べるってイメージがあるから置いておくと虫避けになるんだって」
「エッ!?置物?」
僕とシモーヌは顔を見合わせる。
「「プッ・・・ハハハァ!」」
同時に笑い出してしまった。
本物だと思って全力で威嚇していたなんて恥ずかしいけど、なんだか面白い。
この辺りの畑では、昔からカエルを守り神として置く習慣があるらしいとマリオンが言う。
土の匂いがする畑を僕とシモーヌはまだ笑いながら、もう一度見回りに戻った。
季節が巡り、ついに収穫の日がやってきた。
朝早くルイーズ様が貸し馬車屋から荷馬車を借りてきた。
採取で使う、箱やカゴが積み込まれ、僕とシモーヌは荷馬車に乗り、マリオンは横を歩いて行く。
「歩いて行ける場所だけど、採れたものを持って帰るのが大変だからね」
とルイーズ様が言う。
僕とシモーヌは、荷馬車の上から畑までの景色を楽しむ。風が気持ちいい。
畑に着くと、瑞々しい緑がいっぱいに広がっていた。
新芽を摘む薬草、根ごと収穫するもの、色とりどりの野菜。
「大きく育ちましたね!」
マリオンは、嬉しそうにカゴを抱えて畑に入っていく。
僕とシモーヌは、畑の周りをしっかりと巡回する。
巨大なカエルが居るからか分からいけど、虫もネズミのいない。今日も平和のようだ。
見回りが終わると、僕たちはカエルの置物の横に腰を下ろし、マリオンたちの収穫の様子を眺めた。
お昼になり、ルイーズ様が敷いたシートの上で四人並んで昼食をとる。
陽がポカポカして、空も青くて、穏やかな日。
昼食を終えると、ルイーズ様とマリオンは再び畑へ。
僕はシモーヌの隣で横になる。
僕はウトウトしたらしい。
夢の中で、僕は大好きなカリカリを咥えていた。
そして、顔を上げた瞬間、ポロリと口から落ちて、カリカリは転がっていく。
「アッ!」
カリカリはコロコロと転がり、カエルの置物の前で止まった。
僕が取りに行こうと近づくと、カエルが舌をベロンと伸ばし、カリカリを絡めとって、
『パクッ!』
と、食べた。
「エッ!?置物だよな!」
今まで一度も動かなかったはずのカエルが動いた。
その時、マリオンに呼ばれたような気がした。
「アル、帰るわよー!」
ハッとして振り向くと、ルイーズ様とマリオンが荷馬車に荷物を積んでいる。
僕は急いでそっちへ向かった。
僕はカエルを振り返って見るが、ただの置物だった。
僕はウトウトして夢を見たようだ。
カエルの口が動いて見えたのは、たぶん、気のせいだ。
家への帰り道もポカポカと陽が暖かい。
僕の眠気は、まだ残っている。
今日も穏やかな一日だった。




