14)ネコとネズミ
「吾輩は猫である。ネコはネズミの天敵だったはずである」
今日はお店の定休日。
薄いカーテンが引かれて、室内に降り注ぐ外の陽光は柔らかい。
僕はいつもの窓辺へ登り、カーテンの隙間から外を眺めている。特別なことは何もない。
暫くするとマリオンが楽しそうに帰ってきた。厚い本を抱えて。
「貸本屋さんで借りてきたの。今、人気なんだって」
表紙にはネコとネズミの絵が描いてある。
ネコの方が「トマ」、ネズミの方が「ジール」と言うらしい。
マリオンが言うには、シリーズ作品で何冊もあるそうで、今日はその一冊を借りてきたとの事。
トマは家ネコ。ジールは野良ネズミで、何とトマの家の天井裏に住んでいるらしい。
『ネズミがネコの居る家に住むなんて聞いただけでヒヤヒヤするんだけど。トマはよほど温厚なのか、ジールが大胆なのか?』
内容を聞いていると、いたずら好きのジールがトマに仕掛けを作り、トマが怒って捕まえようとするけど、落とし穴に落ちたり、転んだりとドタバタな展開になるらしい。逆にトマがジールへいたずらする場面もあるそうだ。
結局は、お互いを遊び相手として見ていて、本当に捕まえたりはしないらしい。
マリオンは本を読み始めるとクスクス笑っている。
その笑い声を聞いていると読んでいない僕まで楽しくなる。
僕はマリオンの笑顔を眺めていた。
休日の次の日の朝、マリオンが倉庫の扉を開けた。
「エッ!?」
倉庫の中は、棚から落ちた薬草が散乱し、天井に吊って干していた薬草まで床に散らばっていた。
僕とシモーヌ、そしてルイーズ様まで呼ばれ、皆で倉庫の惨状を眺める。
「ひどい有様だね」
僕は落胆し、尻尾を落とし、ため息をついた。
ここは『名探偵アルフォンヌ』の出番かと思ったものの、犯人の目星はすぐについた。
薬草を束ねていた紐の切れ目を見て、僕はすぐに気づいた。
「刃物じゃないなぁ・・・嚙み切られた跡みたいだ」
シモーヌにも確認すると
「ネズミで間違いないわね」
僕はマリオンへ、シモーヌはルイーズ様へ犯人らしき者の情報を報告した。
その夜から僕とシモーヌによる倉庫番が始まる。
倉庫番を始めた初日の夜。
静まり返った倉庫の中で
「カサカサ」「カサカサ」
と物音がする。
二日続けて来るとは思わなかった。
僕とシモーヌは目を合わせ、小さく頷いて、そっと、倉庫の中へ入っていく。
真っ暗な倉庫。
でも、夜目が利く僕たちには関係ない。
『居た!』
棚の間で動く小さな黒い影。薬草を漁っている小さなネズミだ。
僕はソッとネズミに忍び寄る。
小さなネズミは、僕たちに気づくこともなく薬草の匂いを嗅ぎ回っていた。
僕は足音を立てずに距離を詰め、素早く前足を振り上げ、小ネズミの背中を押さえつけた。
「キュウ、キュウ、キュウ!」
小ネズミは必死に逃げようと暴れるが、僕の方が体格も力も上だ。
「何をしている!!」
声を低くして問いかけると、ネズミは観念したように動きを止めた。
そして小さな声で言った。
「ごめんなさい・・・母さんが病気なんだ」
『ん?』僕の言葉を理解した?
いや、それどころか、ネズミと会話が出来る?
「えっ?ネコ語が喋れるの?」
「うん。僕はエル。君は?」
すまし顔で話すネズミを見て、僕は戸惑ってしまった。
「ぼ、僕はアルフォンヌ。向こうにいるのはシモーヌ」
シモーヌは座り、ジッとエルを見ている。
「詳しく話してくれる?」
シモーヌが促すとエルは耳を垂らし俯きながら話し始めた。
「母さんが二日くらい前からお腹が痛いって。それで僕は薬を探しに来たんだけど、薬草でも良いかなと思って。ここ、薬屋さんでしょ?ネコが居るのも知ってたよ」
話を聞いて僕の中の警戒が解けていく。
母親のためにネコが居ると分かっていても危険を冒して必死に薬になる物を探していたのだ。
僕は小さく息を吐き、押さえていた前足をどけた。
「まずは、ルイーズ様とマリオンに事情を話そう」
エルは静かにしていた。
小さな侵入者は、敵ではなかったのだ。
「待ってて。薬師を呼んでくるよ!」
そう言い残して、僕は勢いよく倉庫を飛び出した。
マリオンとルイーズ様はすぐに来てくれた。
エルは人間の登場に少し怯えながらも静かにしていた。
僕はエルの話をマリオンに説明した。マリオンはキョトンとした顔で首を傾げる。
「ネズミの腹痛で薬・・・調合したことないわ」
まあ、普通はそうだろうと思う。
ネズミに薬を処方するなんて聞いたことがない。
僕はエルから母親の症状を改めて聞き出す。
「腹痛、嘔吐、下痢、それに熱もあるらしい」
マリオンが真剣な表情になる。
ルイーズ様が横で腕を組み、二人であれこれと話し合い始めた。
「人間用の薬をそのまま与えるのは強すぎるわね」
「でも、薄めれば・・・使えるかもしれない?」
やがて、二人の間で結論が出たらしい。
「よし、試しに薬を調合しましょう。きっと、大丈夫よ」
マリオンの言葉を僕が通訳する。エルは安心したように小さく息を吐いた。
数日後の夜。
台所の隅にある僕とシモーヌ用に作られた『ネコ扉』が『カタン』と揺れた。
「こんばんは・・・あ、アル!」
扉から姿を現したのは、小ネズミのエルだった。
以前のように忍び込むのではなく、堂々と扉から入ってきた。
「その・・・母さんを連れてきたんだ。紹介するよ」
エルの後ろから、小柄な母ネズミがそっと顔を出した。
母ネズミは、痩せている感じがするけど、腹痛で苦しそうではなかった。
「母さんは、ネコ語は分からないんだ。でもね。病気が治って、とても感謝してる!」
母ネズミはペコペコと頭を下げる。
僕は母ネズミに前足を上げて挨拶し、ルイーズ様とマリオンを呼びに行く。
ルイーズ様とマリオンは『ホッ』としたように母ネズミの回復を喜んでいた。
また数日後の朝。
マリオンが倉庫を開けると、薬草採取用のカゴに木の実や小さな果実が山のように入れられていた。
「えっ!何これ?ネズミさんたちからのお礼?なの?」
マリオンの声を聞いて駆け寄った僕たちやルイーズ様は思わず笑みを漏らした。
そして、また数日後の夜。
ネコ扉からエルが顔を出す。
「アル!シモーヌ!遊びに来たよ!」
僕の隣にシモーヌも座り、三匹で世間話をする。
僕たちは街の家猫や野良猫情報を、エルは僕たちの知らない路地裏の噂話をする。
気づけば、僕たちは、捕食する側と、捕食される側の筈なのに友達になっていた。
僕たちの様子を見たマリオンが、
「あなたちは『トマとジール』みたいだね」
と言う。
僕は、捕食者と非捕食者の友情ってあるんだなと思う。
こういう関係も悪くない。




