12)兄の結婚式
「吾輩は猫である。楽しい宴は好きである」
結婚式、当日の朝。
僕は窓辺で毛づくろいをしながら、青く澄んだ空を眺めていた。王都は、雲ひとつない快晴で空気もどこか涼やかだ。
マリオンが鏡を見ながら呟く。
「今日は、お兄様の結婚式」
マリオンはメイドに手伝ってもらいながら、お化粧や着替えをしていた。
教会に行くと、すでに参列者が大勢集まっていた。
僕には誰が誰だかさっぱり分からないけれど、みんな煌びやかな服を着ていて、きっと貴族の偉い人たちなのだろう。
教会の天井は高く、そこに翼を持った人の絵がいくつも書いてある。
中央奥には大きな石っぽい像。両隣にも像があった。後ろには色とりどりの小さなガラスを組み合わせ、絵にした窓があり綺麗な光を投げかけていた。
白い上下の服で祭壇の前に立つ兄さまは、普段よりさらに凛々しく見えた。
お嫁さんも白いドレスにワンポイントで緑の花を付け、春の花みたいに可愛らしかった。
二人の前に白を基調として金色の紋様が入った偉そうな人が出てきて何か話始めた。
僕には良く分からなかったが、周囲の空気が厳かで、何か為になる事を話しているのだろうと思う。
教会では神様に結婚を報告して、祝福を受ければ終わりらしい。中央にある像は神様なのだろうか。
教会で報告が終わると、みんなで屋敷に戻り、すぐにパーティーが始まった。
屋敷の庭は花で飾られ、色とりどりの布が張られ、たくさんのテーブルが並べられている。
「凄いな・・・」
僕は思わず驚いてしまった。
人が多い場所は僕やシモーヌには危険だ。踏まれでもしたら大変だ。
マリオンの母親は僕たちの事を考えて庭が見渡せる部屋を用意してくれたようだ。
部屋には、僕たち用の食事も用意されていた。
温かい牛乳とカリカリだ。いつもカリカリと王都で売られているカリカリの二種類だ。
僕とシモーヌは頷きあい、カリカリを食する。王都のカリカリはいつものとちょっと違うようで、これも美味しい。
「それにしても、庭のテーブルがすごいよね。お酒や食べ物でいっぱいだ」
庭のテーブルには食べ物やお酒用のグラスが並べられ、招待客が舌鼓を打っている。
給仕をするメイドがお盆を持って行きかう。とても忙しそうだ。
部屋の窓から庭を眺めていると、見覚えのある黒い影が視界の端を横切った。
マリオンの姉の使い魔カラスだ。
庭の木の枝にとまり、華やかな景色を見下ろしている。
僕は、カラスと、まだ仲良くないので、あまり関わりたくない。
庭では、マリオンが家族と並んで前の席に座っていた。
父、母、兄さま、そして新しい義姉。その中にマリオンがいるのを見ると、不思議な気持ちになる。
いつも僕と一緒にいる彼女が、今日は『家族』として、ちゃんとした場所に座っている。
なんだか誇らしくて、胸が温かくなった。
一方、ルイーズ様は参列者たちと談笑していた。
笑顔で、周囲の人々と自然に会話している。
その光景を僕はシモーヌと並んで見ている。
「マリオンは結婚したら魔女を辞めちゃうのかな。そしたら僕はどうなるんだろう?」
僕の呟きにシモーヌが応える。
「薬師は辞めるかもしれないけど、魔女は辞めないんじゃないかな。あなたはずっとマリオンと一緒だよ。たぶんね」
シモーヌが僕の不安を消してくれる。
シモーヌの温もりが、外の賑わいとは別に、僕に幸せな時間を作ってくれるのだった。
夕刻になり、賑やかだったパーティーも漸く終わったようだ。
窓から聞こえていた音も笑い声もすっかり落ち着き、代わりに夕風がそよりと吹き抜けていく。
パーティーで問題が起きるとは思っていなかったけれど、僕はちょっとだけ安心した。
マリオンは家族と参列者たちを見送った後、ルイーズ様と一緒に食堂のテーブルに着いた。
パーティー中は食事もままならなかった為、軽い飲食をしている。
食事中のマリオンは明らかに疲れた顔をしていた。
食後、部屋に戻るとマリオンは扉を閉めた瞬間「フッ」と息を吐き出しベッドに腰掛けた。
「マリオン。お疲れ様」
僕はマリオンの傍に歩み寄り、声をかけた。
「ありがとう。アル」
返ってきた声も、どこか疲れているようだ。
ベッドに腰を下ろしたマリオンは、髪を解きながら苦笑いをしている。
「『家の息子の嫁にどうだ?』とか、『あなたの結婚はいつ?』とか、いろんな人に聞かれて、もう、疲れちゃった」
なるほど。それは大変だ。
マリオンは、飄々《ひょうひょう》としているように見えて、気を遣うし、強く断るのも苦手だ。ぐいぐい来られたら、逃げ場がなくなる。
「姉さんも似たようなこと言われてたけど、姉さんは上手に躱してたみたい。私には無理」
マリオンが肩を落とす。僕はそっとすり寄る。
「大変だったね。マリオンは良く頑張ったよ」
マリオンは少しだけ笑って、僕の背を撫でてくれた。
部屋の中は静かで柔らかな灯りだけが僕たちを包んでいた。
翌日。
庭に出ると柔らかな陽の光が降りそそぎ、昨日の喧騒が嘘みたいに静かだった。
東屋の丸いテーブルに白いクロスと花の飾り付けられていた。
マリオン、ルイーズ様、姉のクラウディア、そして母と兄のお嫁さんが席に着いた。
僕とシモーヌはテーブル近くの芝の上に居る。カラスは東屋の屋根だ。
庭の芝生は気持ちがよくて、思わず尻尾を揺らしてしまう。
今回は『暫く会えなくなるから親交を深める為の女性だけのお茶会』らしい。
僕は男の子だが別枠だ。
義姉とは昨日の結婚式とパーティーで見ただけだが、初見通りで可愛らしく、とても優しそうな人だった。落ち着いた笑顔を浮かべている。
姉のクラウディアさんとは知り合いのようで二人は気安く話しては時々笑っていた。
マリオンは少し緊張しているようたが、義姉が気さくに話しかけてくれたおかげで、直ぐに和やかになった。
「義姉さま、王城で働いていらしたのですよね?」
とマリオンが尋ねると、義姉は柔らかく頷いた。
「ええ。あなたのお兄様とは同僚でした。結婚を期に退職することにしたので、これからはお母さまと一緒に、この家を支えていくつもりなのよ」
その声は控えめだが強い決意のようなものを感じた。
お茶の香りと花壇から漂う花の香りが混じり、心地よい時が流れた。
お茶会が終わると姉のクラウディアさんは早々に出発の支度を整え始めた。
「魔獣の討伐依頼で仲間を待たせちゃってるからね。すぐ戻らないと」
その傍ではカラスも羽をバサバサさせていた。
姉は家族に挨拶し、冒険者としての忙しい日常へ戻っていった。
僕たちはというと今日はもうゆっくり休んで明日帰る予定だ。
王都を出発して四日後にザレフグラフの街に戻って来た。
やはり住み慣れた街はいいなと思う反面、また、いつの日かマリオンと旅が出来ればいいなと思う。




