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10)王都の家

「吾輩は猫である。ふかふかの絨毯とやさしい陽光は大好きである」


 マリオンの実家は大きかった。

 僕は口をアングリと開けていたのではないだろうか。

 石の土台で出来た大きな屋敷、門から玄関まで続く綺麗な石畳、そして色とりどりの花が植えられた庭。ここは「お城かな?」と思うようなお屋敷だった。

 大きな扉の玄関前にはメイド姿の人が五人、まっすぐに並んで頭を下げていた。

 頭を下げて身動きしない人を見て、僕は人形かと思ったほどだ。

 そして一人のメイドが進み出て挨拶をする。

「マリオンお嬢様、お帰りなさいませ。ルイーズ様、ようこそお越しくださいました」

 そして、五人揃って一礼した。五人の美しい所作に僕は驚いた。

 メイドの一人が静かに玄関の扉を開けた。

 ロビーへ一歩足を踏み入れた瞬間、僕の肉球は別世界に突入した。

 床がフワフワなのだ。柔らかくて、温かくて、僕の足の裏をくすぐる。

 更に天井は高く、壁は白く、美しく輝き、そして、大きな窓。

 そこから差し込む陽光を見た瞬間、僕は悟った。ここでの昼寝は最高だろうと。

 メイドはロビーを抜けて別の部屋へと案内してくれた。

 ここも光に満ちていた。

 ロビーよりも柔らかい床があり、壁には絵画と装飾品が並び、何かの香草の香りがする穏やかな部屋だった。

 マリオンは僕を見て、少し照れたような笑い、

「アル、どう?実家すごいでしょ?」

 と言った。

「うん、すごいね。床がフカフカで陽が温かい」

 この部屋も昼寝には良いなと僕は思った。


 僕たちは部屋のソファーに腰を落ち着けるとホッと息が漏れた。

 慣れない長旅で疲れていたのかも知れない。

 僕たちが座るとメイドさんがお茶を運んできてくれた。ルイーズ様とマリオンには上品な香りのお茶、そして僕とシモーヌには小皿に注がれた牛乳を出してくれた。

 その気遣いに、思わず尻尾が揺れてしまう。

 僕は皿の縁に鼻先を寄せ匂いを嗅ぎ一口舐めた。

 牛乳はほのかに温かく、まろやかで、ほんのりと甘い。ザレフグラフの街の牛乳とはまったく違う味だ。

「美味しいね。街の牛乳とは違うようだね」

 僕が呟くと隣で飲んでいたシモーヌが微笑み、教えてくれた。

「牛乳の味はね、食べているもので変わるらしいわよ。昔、ルイーズと旅をしている時に聞いたの。だから街と王都じゃ味が違うんじゃないかな」

 僕は思わずシモーヌを見つめてしまった。彼女は物知りだ。

 ルイーズ様とマリオンは母親のマリーヌと話をして、何かで盛り上がっているようだ。

 まだ暫くは掛かりそうなので、牛乳を飲み終えた僕は毛づくろいを始めた。


 僕はやわらかい床と温かい空気にウトウトしていた。

 マリオンたちの話が終わったようだが、ウトウトしている僕はマリオンに抱えられて部屋へと移動してきた。

 マリオンが子供の頃、使っていた部屋らしい。扉を開けマリオンは目を輝かせる。

「わぁ!昔のままだわ。懐かしい!」

 マリオンの声には、嬉しさ、驚き、そして少しの寂しさが混ざっている気が僕にはした。

 部屋には、温かそうな毛布の掛かったベッド、木目の優しさを残した机、本棚には綺麗に並べられた本があった。部屋の隅には、マリオンが遊んだであろう「ぬいぐるみ」が、ちょこんと置かれていた。

 マリオンは「ぬいぐるみ」をそっと手に取って微笑んだ。

 可愛い「ぬいぐるみ」だとは思うけれど、僕の方が断然かわいくて、かっこいい。そこは間違いない。

 僕はマリオンから離れ、窓枠の縁に飛び上がり、外を見下ろした。馬車停からは見えなかった王都の姿が僕の目に飛び込んできた。

 赤い屋根がどこまでも連なり、その中心をまっすぐ貫く大通り。さらにその先には、大きな城門が見える。

 着替えを済ませたマリオンが僕の隣に並び、同じ景色を眺めた。

「中央通りの両側にはね、お店がいっぱいあるの。なんでも売っているのよ。明日はみんなで街へ出て、結婚式の服を選びましょう。アルにも似合うネクタイを探しましょうね」

 僕は何を着ても似合うに決まっているじゃないか。

 とは思うけれど、マリオンと一緒に居れるのは、いつでも嬉しい。


 夕闇となり夕食の時刻、廊下には灯りが続き、磨かれた壁に灯火の光が反射する。

 僕たちは広い食堂へと入った。大きなテーブルに燭台が並び、銀色に光る器が並べられている。

 ルイーズ様とマリオンが椅子に座る。僕とシモーヌはマリオンたちの近くに小さなテーブルが置かれ、その上にマリオンたちと同じような銀色に光る器に温かそうな牛乳とカリカリが置かれていた。

 僕たちが席に着くと奥の扉が開かれ、マリオンの父、母、兄が入って来た。

 マリオンの父親はやせ型だが口ひげを蓄え、とてもダンディーに見える。

 兄はスラリとした見た目で、若者特有のヤンチャそうな感じはあるが、優しそうな青年だった。

「久しぶりだな、マリオン。元気だったか?」

 マリオンの父親は笑みを浮かべながら、マリオンを見ている。その声には温かみがあった。

「お父様、お兄様。ただいま戻りました。お兄様、ご結婚おめでとうございます」

 マリオンは姿勢よく、少し緊張した声で返した。

「しばらく見ない間に大人になったね。雰囲気が変わって見違えたよ」

「そうかしら?来年は成人だし・・・」

 そして、マリオンの兄の視線が僕とシモーヌの方へ向いた。

 僕は落ち着いて、カッコ良く見えるように姿勢を正した。

「その黒い方がマリオンの猫かい?可愛い、いや、カッコ良い猫だね。名前は?」

「私の猫はアルフォンヌ。白い方は師匠の猫でシモーヌよ」

 マリオンが応えた。

「マリオン、薬師として頑張っているようだね。立派なものだよ。私はマリオンを誇りに思うよ」

 父の言葉にマリオンは胸に手を当て、小さく喜びの微笑みを浮かべた。

 テーブルには食事が次々と運ばれ会話は徐々に柔らかくなっていく。

 僕は温かい牛乳とカリカリを楽しみながら、マリオンたちの話を聞いていた。

 マリオンの姉は忙しいらしく、結婚式の二日前ぐらいじゃないと来れないらしい。


 夕食後、廊下を通って部屋へ戻ってきた。

 扉が閉まると屋敷の賑わいが遠のき、静けさがゆっくりと戻ってくる。

 マリオンはベッドに腰を下ろし「フゥ」と小さく息をついた。

「実家に帰ってくると不思議な気持ちね。落ち着くような、落ち着かないような・・・」

 マリオンの声には僅かな寂しさが混じっていように感じる。

 僕はベッドに飛び乗り、マリオンの顔を覗き込んだ。

 マリオンは僕を見つめながら続けた。

「この家はお兄様が継ぐし、私はもう外で暮らしてるし・・・戻れる場所なのに、どこか、ちょっとだけ遠いの」

 そんなことはないと言ってあげたい。

 でも、どんな言葉を使えば良いか僕には分からなかった。

 僕はマリオンの手にすり寄る。

 マリオンは優しく背を撫でながら微笑む。

「ありがと、アル。優しいね。今日は疲れちゃった」

 マリオンはベッドに横になり目を閉じた。直ぐに寝息が聞こえてきた。

 僕はマリオンの側を離れ、静かに窓辺へ移動した。

 窓の外には夜の王都が広がっている。

 赤い屋根は黒い影に変わり、灯りが点々と揺れてる。

 大通りには、まだ人影があり、お店の灯りが光っている。

 昼間に見た大きな街並みは、夜になると別の表情を見せていた。

 僕は尻尾をゆっくり揺らしながら、その景色を見つめていた。

「マリオンの寂しさが少しでも薄れるように」と祈りながら。


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