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 何も言わずにじっとシエラを見つめるモーガンに、シエラは苦笑を返した。


「ごめんなさい。これでひとつめの選択はできなくなってしまいましたね。どうも自制がきかなくなっていていけないわ。もっとも、あなたが見て見ぬ振りなんてできないことは、最初から知っているけれど」

 シエラの告解を、モーガンはただじっと聞いていた。


「人って、あんなに血が出るものだったのね。相当お酒を召し上がっていたせいもあるのかしら」

「血を流したんですか。てっきり彼は、マリアンヌ嬢の毒で死んだのだと思っていましたが」

 フリーク大公と思しき遺体は、完全に炭化していた。容貌の判別などできるはずもなく、遺体が見つかった部屋と背格好から、彼だと推定されたに過ぎない。


 シエラは首を振る。

「刺殺です。万が一致命傷を与えられない場合に備えて、刃先に毒はたっぷりと塗っていたけれど。間違いなくわたくしが手にかけました」

 王族殺しの大罪を、シエラはさらりと自供する。


「血が勢いよく吹き出して止まらないものだから、返り血で真っ赤になってしまって。閉口したわ」

「……マリアンヌ嬢は、中から手引きをしたのですか?」

「そう。離宮の一室に彼女の寝所があったのです。彼女にとっては、ワインに眠り薬を混ぜておくなんて造作もないことでした」

 シエラによると、逃げ遅れて火災に巻き込まれた者の大部分は、大公と酒宴を開いていた者だと言うことだった。大公と組んで、悪辣なことをしていたらしい。


「殺人だけではありません。麻薬、人身売買、汚職……。まあ、絵に描いたような腐敗貴族ね。本来は、ひとつずつ証拠を集めて弾劾すべきだったのでしょう。ただ彼らが簡単に尻尾を掴ませてくれるとは思えなかったし、わたくしには時間が無さすぎた。少しでもタイミングを間違えば、死んでいたのはわたくし達の方でした」


 悪びれないシエラに、モーガンもそっけなく頷く。それは今更だった。王位に就くと決めたあの日から、自分達の手で犠牲者を出すのは想定済みだ。

 だから懺悔などしなくて良い。そもそもこれは義憤ではない。


「中途半端に大公だけを殺しても、情報をくれたマリアンヌにも、危険が及ぶでしょう。証言させないためには何でもする連中ですもの。だから徹底的にやる必要があったのよ」

「そう言えば、彼女は家族を人質に取られていると言っていましたね」

 墓地でのマリアンヌの言葉を思い出すモーガンに、シエラは肩をすくめた。


「監禁されていた妹さんは救出したわ。他にも、若い女性が何人か地下室に居て、多分同じように弱みを握って脅すために連れて来られた方達だろうということでした。領地の生家にも見張りが付いているらしいけれど、大公の訃報が届いた頃合いに逃げ出す準備でもはじめたのではないかしら。権力はあっても人望は無い方だったから」


 念のために領地に侯爵家の私兵を送ってある。突然領主を喪って混乱しているフリーク領は、しばらくの間荒れるだろう。

 そのあともモーガンは細かい質問をし、シエラはそれに淡々と答えた。


「ここからは王家の出番ね。今の国王陛下のご様子では、おひとりで差配なさることは難しいでしょう。どうか王太子であられるモーガン様が、支えて差し上げてくださいね」


 そう言ってシエラはにっこりと笑う。

「わたくしも微力ながら、お手伝いいたしますよ?」

「……いえ、もう結構です」

 モーガンもまた、力の無い笑みを返した。


「もう充分。シエラはこれ以上ないほど尽力してくれたし、危険な目にも遭った。これ以上は、王家のために傷つかなくていい。ーーどうかここから離れて、幸せになってください」

「婚約破棄は撤回しないってことですか? それはないんじゃない?」


 不満げなシエラを見つめたまま、モーガンは無理矢理口角を上げて見せる。泣き笑いにも見える表情だった。

「……言ったでしょう、もううんざりだと」

 そしてそのまま、顔を両手で覆ってしまう。


「……うんざりだ。貴女が命を狙われるのも、それでも貴女が平気な顔をして危険なことをするのをのうのうと知らずに過ごし、それを後で知らされるのも」


 シエラは寝台の上から傍の椅子に座っているモーガンに手を伸ばした。

 ゆっくりと髪に手を差し込んで、引き寄せる。モーガンは諦めたのか、されるがままになっている。

 頬に当たる柔らかな髪の心地良さに思わず目を閉じた。

 呟くような声は、シエラにしか聞き取ることができなかっただろう。

「……貴女を愛していないふりをするのも」


 シエラはモーガンの髪に頬をつけたままくすりと笑う。

「べつに、公言してくれても構わないですよ?」


「貴女が5年前、初めて毒を盛られた時」

 その体勢のままでモーガンが口を開いた。

「かつての馬鹿で間抜けでどうしようもなく機転が効かない僕は、みっともなく取り乱して、まんまと弱点を披露してしまった」


 あんまりな言い草だとちょっとむっとする。まだ幼さが残る頃の臆病で優しいモーガンを、シエラは今も愛している。

 モーガンを引き寄せていた身体を離して顔を正面から見ると、もういつもの冷静な彼だった。

「犯人は貴女を僕の弱点だと認知した。それでどうなったのかは、ご存知のとおりです」


「いつかの誘拐未遂のことを言っているの? わたくしの腕前を知らない詰めの甘い誘拐犯なんて、脅威ではありませんわ」

 あの誓いの日からシエラは本当に身体を鍛えはじめ、今では護身術の腕前もちょっとしたものだ。

 もともと毒薬にもまあまあの耐性もある。生半可な刺客では、シエラの命は奪えない。


「あのね、モーガン様。犯人はもういないのよ。死んでしまったのですもの。悪い夢は終わったのよ」

「……今まで起きたすべての黒幕が全てフリーク大公の仕業だったと断言できますか? 彼がいなくなったからといって同じことがもう起こらないとは言えない。こうしている間にも第二第三の大公が生まれるかもしれない」


 厄介なことに当代の王位継承権を持つ者たちは揃って野心家で、目的のためには手段を選ばないという共通点を持っていた。元々殺伐としていわれると言われることも多いこの国の王家の代々のお家事情だが、今回は特に酷い。


 モーガンのすぐ下の妹の第一王女は、国庫を傾かせかねないほどの浪費家だ。宝石が大好きで、お気に入りの首飾りはこの国の国家予算に相当するとも言われている。

 おまけに今の恋人の自称芸術家は外国の商人とも繋がりがあり、この国では認められていない火器や麻薬を扱う組織とも懇意にしていることがわかっている。彼が王配になれば、あっという間に法律は変わり、国は荒廃するだろう。


 その下の弟の第四王子はやたらと好戦的で、事あるごとに開戦を主張した。

 そのくせ自分は騎士団に所属するわけでもなく、ひたすら盤上の駒取りに興じている。

 戦場に出ない戦闘狂が国の兵力を好きにできるようになれば、戦火が絶えない国になるだろう。


 第二王女と第五王子はまだ幼いが、ふたりの母親に当たる現在の正妃というのが、貧乏男爵家から正妃にまで成り上がった人物である。彼女の目標は実子のどちらかを王位に就け、国母になることだ。


 一番厄介で残忍なのが今回の火災で焼死したとされている王弟のフリーク大公だったのだが、彼がいなくなっても、危険がなくなるわけではない。


「この国の王の座は、終わらない地獄だ。悪夢から醒めたと思っても、また別の悪夢が始まるでしょう。みすみす巻き込みたくない。どうかわかってください」


 突然、シエラがふふっと笑った。

「本当に、詰めが甘いわねえ」

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