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 第三王子の婚約者、シエラ・メイウッド侯爵令嬢の毒殺未遂が起きたのは、ひと月と少し前のことになる。



 王族の中でもごく内輪のーー国王夫妻、王子と王女、その婚約者または恋人、国の重鎮などのゲストを招いて三月みつきに一度行われる定例の晩餐会だったが、その時もいつも通り、雰囲気は最悪だった。


 最近めっきりと弱ったように見える国王陛下は、カトラリーを持つのもやっとという有様だった。震える手ではナイフを持つ手がうまく制御できないらしく、食器がかちゃかちゃと耳障りな音を立てている。

 それが毒によるものなのか、相次ぐ城内の暗殺事件の心労のためなのかは定かではない。


 王の妃は今までふたりいたが、ふたりとも亡くなっているので、今王の隣に座っているのは三番目の現正妃だ。彼女は特にゲストに話題を提供することもせずに、実子である第二王女と第五王子にばかりかまけている。


 王位継承筆頭となった第三王子のモーガンはいつもの通り淡々と食事を口に運んでいた。

 近年仲が冷え込んでいるともっぱらの噂の婚約者のシエラ公爵令嬢とは、ごくたまに表面的な会話をするのみだ。


 それとは逆にモーガンの妹である第一王女は、婚約者だという自称芸術家の男とずっとくっついていた。

 婚約者の膝に乗ってお互いにデザートを食べさせ合っている様は宮中晩餐会というよりは場末のナイトクラブのような光景だが、誰も咎めようともしないのが、現在の王室の腐敗ぶりを現していた。


 第四王子は、誰にも興味がなさそうに、黙々と食べたいものだけを食べると、さっさと中座してしまった。


 第二王女は母である王妃に侍女と家庭教師の悪口を言っている。幼い第五王子は、ずっと座っていることに飽きて、癇癪をおこしている。


 他の招待客は、王族の無作法を見て見ないふりをして、唯一話の通じそうなモーガンにのみ、時折話を振っている。



 いつもの晩餐会の光景だった。その辺の庶民の学校の方が行儀が良いだろう。

 にも関わらず、会場の警備は強固だった。入口近くに控え、無表情で役目をまっとうしている衛兵たちは熟練揃いで、何かあればすぐに駆けつけられるようにしている。


 提供される食事の材料は王領地で手に入れられるものから厳選して選りすぐられたもので、何時間もかけて何度も毒見されている。

 おかげで出来立てではなかったが、温め直されているし、きちんと調理されて、毒に怯える必要のない食事というのは、それだけで素晴らしいものだった。


 とっくに破綻しかけている王室がまだ何とか形を保っていられるのは、現在王位継承権第一位のモーガンが、理知的で勤勉で、次代の王に相応ふさわしいとされているからだ。

 彼が玉座にさえ着けば、この国は持ち直すだろうというこの城の者たちの希望が、何とか支えていると言っていい。


 そのためにも何としても彼をうしなってはならないと、皮肉なことにこの茶番じみた晩餐会に出席するたびに、シエラは思い知るのだった。



 晩餐会も終わりに近づいた頃、ふとシエラは胸を押さえた。初めは気のせいかと無視していた胸の違和感は、デザートが給仕される頃には無視できないものになっている。

 目がかすみ、少し呼吸が苦しい。

(ーー来た)


「シエラ」

 真っ先に気づいたモーガンが食事を中断して立ちあがろうとするのを、目線だけで制する。

(間違いない、これはーー)

 シエラは通常の毒には耐性がある。これはモーガン達王族も同じだが、幼い頃から少量の摂取を続けることで、毒に強い身体を作っている。

 にも関わらず、この症状。


 かすんできた頭で、シエラは忙しく考える。

 油断していたのは事実だった。まさか王室の定例行事で堂々と仕掛けてくるとは思わない。


 ーーそれほどまでに、相手がなりふり構っていないということか。


 食事は完全に普通の味だったし、銀の食器にも変色は見られない。

 来賓ゲスト達に素早く目線を走らせるが、こちらをぽかんとした目で見ている彼らは、少なくとも皆一様に驚いているように見える。他に症状が出てる者もいるようには見えない。おそらく、実行犯はこの中にはいない。


 ーーだとすれば。今使われているのが〈亡霊の牙〉ならば。勝機はシエラにある。


 口の端をどろりとしたものが伝う。

(決まりだ)

 シエラは思わず口の端を上げた。

「ひっ……」

 滴る血が恐ろしかったのか、それともよほど禍々しい表情をしていたのか。王妃をはじめ、周りの王族が息を呑むのが聞こえた。

 


 狡猾な大公の横顔を思い浮かべる。やっとだ。やっと尻尾を見せた。

 第一王子をはじめとする城で続く暗殺。九分九厘彼の仕業だとは思いながらも、最後の決め手が手に入れられずに、行動に移す覚悟ができないでいた。

 でも、やっとこれで、動くことができる。


(良かった、モーガン様の立太子に間に合って)

 朦朧とした思考の中で、向かいに座る婚約者の顔が絶望に染まるのを横目で見ながら、シエラは愉悦から笑っていたのだ。

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