9 彼の共有
このエピソードは、文字数2100字ほどです
「え、マジですか!? 千沙さん、あの人と付き合ったんですか!?」
金曜。いつも通りにカフェの開店準備をしていた時、私はついにその“秘密”を、ゆきちゃんと優君に打ち明けた。
「ちょっと、優君! 声大きい!」
「ご、ごめんなさいっ!」
優君は焦った様子で頭を下げたが、目はまるでドラマの主人公でも見るかのようにキラキラしている。
ちなみに、優君はリクのことを一度しか見たことが無いらしい。
というのも、最近彼は大学の課題や風邪などの体調不良で休むことが多く、最近ようやく復帰したばかりなのだ。
しかし、ゆきちゃんが優君にリクの情報を沢山教えていたため、優君はリクのことを認知している。
「いや~、でもホントすごいですって! だって、あの人ですよ? “水曜日の彼”ってゆきちゃんが名付けてたくらい、ミステリアスで完璧なあのイケメンですよ!?」
「だから声が大きいってば……」
私は笑いながら、シンクの中に手を伸ばしてマグカップを洗い始めた。
ゆきちゃんも優君も、リクのことを褒めてくれる。
背中がどうしても熱くなる。恥ずかしい。でも、隠しきれない。嬉しい。
「わ、私も聞きたいです……! どうしてそうなったんですか? ど、どんな告白だったんですか……!?」
ゆきちゃんは、グラスを拭きながら興奮気味に尋ねてくる。
「うーん、なんていうか……自然な流れで、って感じだったかな。水曜日の夜に、ちょっと歩いて、それから公園のベンチで話して……」
「えっ! あの静かな公園ですか?」
「うん、そう。そこで、リクが告白してくれて」
「リク……!」
ゆきちゃんの目がうるうるしている。なぜか自分のことのように感動してるみたいだ。
「それで、それで!? 千沙さんはなんて答えたんですか?」
「……付き合いたいって、思ってたから。素直に“はい”って答えたよ」
ふふ、と笑うと、二人が同時に「きゃー!!」と歓声を上げる。
「やっぱり、やっぱりそうですよ~! 絶対両想いだと思ってましたもん! あの人、いつも千沙さんのこと目で追ってたし、注文するときも他の店員じゃなくて千沙さんがいるの確認してたし!」
「え、マジで!? それは気づかなかったな……」
「うん、たぶん…私も最初は気のせいかなって思ってたけど、回数が重なるたびに確信に変わっていった感じで!」
ゆきちゃんが嬉しそうに話すその様子を見ていると、なんだか照れくさいけど、嬉しさが胸の奥からじわじわと込み上げてくる。
優君も腕を組んで、少し真剣な顔をしていた。
「いやー……でも、リクさん、すごいよな。完璧だし、紳士的で、落ち着いてるし、めっちゃ大人っぽいし……俺らの何倍も上に見える。一回しか見たこと無いけど」
「そうなんだよね。たぶん同じ大学生とは思えないくらい……って、あれ? リクさんって、大学四年生って言ってましたよね?」
「うん。来年の春卒業で、もう内定も決まってるって」
私はそう返しながら、自分でもそのことに少し違和感を覚えていた。
変じゃない……よね?
完璧すぎるリク。それでも、私は彼の“優しさ”を信じている。それだけは確かなことだった。
「それにしても、千沙さんが付き合ってくれるなんて……あの人、ほんと幸せ者ですよ」
優君が少し照れたように笑って言った。
「そんな……私なんて普通だし」
「いやいや、千沙さんって落ち着いてて、やわらかい雰囲気あるし、何よりちゃんとしてますもん。うらやましいっす」
「ほーら、優もこう言ってるよ~?」
「ちょ、ゆきちゃん! 変な言い方しないでよ!」
「えへへ~」
こういう、何でもない日常のやりとりが、こんなにもあたたかく感じられるのは――きっと、リクの存在が大きい。
彼が私の中に静かに入り込んで、今は心の一番奥に座っている。
ロイヤルミルクティーとクロワッサンを食べながら、中々その席から立ち上がろうとしないんだ。
明日はリクとデートの日。
だけど、このことを言えば更に騒がしくなりそうだから、黙っておくことにした。
次のシフトの時に、事後報告しよう。
____
閉店後、私はレジを締めながらスマホを開く。
メッセージには、リクからの《今日もお疲れさま》の文字。
《ゆきちゃんと優君に話したよ。みんな、すごく喜んでくれた》
と返すと、すぐに返信が届いた。
《本当? よかった。千沙ちゃんが嬉しいと、僕も嬉しい》
その言葉を見ただけで、頬が自然と緩む。
リクとの会話は、どこかふんわりとした安心感を与えてくれる。
まだ付き合い始めたばかりだけど、何年も前から知っていたかのような、不思議な落ち着きがある。
《今日お店にいけなくてごめんね、どうしても外せない家の用事があるんだ》
《全然大丈夫だよ! 気にしないで!》
返信を送って、ふと思った。
全然大丈夫だよ! って、あなたのこと全然どうでもいいです! みたいな捉え方にならないよね。
出来ることならリクに会いたかったけど、用事があるなら仕方ない。たまに一人で帰る夜も悪くない。
だけど、この返信でリクを傷つけてしまったら?
いや、いちいちこういうこと考える方が重いのかな……。
《ありがとう。次はお店に行けるから楽しみにしていて》
通知音と共に来た返信に、私は小さな声で「よかった」と呟いた。
そして、私は思う。
この人のことを、もっともっと知りたい。
もっと長く、一緒にいたい。
きっと、これが『好き』って気持ちなんだ。
私は店の鍵を閉めた。
夜風が、優しく私の髪を撫でた。
――リク。これから、よろしくね。