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月に誓う永遠の愛  作者: 七凪亜美
第二章
8/39

8 彼の言葉

このエピソードは、文字数1700字ほどです

 リクと出会ってから毎日という日々が、私にとって特別な時間になった。


 リクはいつも、私の予定や体調を優先してくれる。


「千沙ちゃんが疲れてるなら、今日はゆっくり休んで。僕は、千沙ちゃんが元気な顔でいてくれるのが一番嬉しいから」


 そんな風に、いつも穏やかに、優しい言葉をくれる。


 だけど、その優しさの奥に、何か秘密を抱えているような――そんな気がする瞬間も、時々あった。


 だけど私は、そういった“違和感”を心の隅に追いやることにしていた。


 だって、リクは完璧すぎるほど完璧なのだ。


 顔立ちは端正で、ふとした瞬間の笑顔がとても柔らかい。


 服装もいつも清潔感があり、香水の匂いも強すぎない。

 お金のことも、毎回の食事代や映画代、何も言わずにすべてリクが払ってくれる。


「今日は私が……」と言っても、「僕が誘ったんだから、僕が出すよ」とやんわり制されてしまう。

 私から誘ったときでも、「千沙ちゃんがいるだけで僕は満足だから」と言って、私の財布を持った手を止めてくる。


 だから、リクと一緒にいる時間は、まるで夢の中にいるような感覚だった。

 でも、ちゃんと現実。彼は確かに存在する人なんだなと思うと、さらに好きが増える。


 そんなある日。水曜日のバイト終わり。


「今日ね、ちょっとだけ歩こうか」


 いつもは駅近くの静かなレストランや映画館に行くけれど、リクはそう言って、私を少し遠回りの散歩に誘った。


 夜風は心地よくて、少しひんやりとした空気が心を落ち着かせてくれる。


 住宅街を抜けて、公園のベンチにたどり着いた頃には、辺りはすっかり静まり返っていた。


「ここ、覚えてる?」


「え?」


「前にさ、千沙ちゃんが“この公園、静かで落ち着くから好き”って言ってたから」


――言ったっけ、そんなこと。


 でも、確かに何気なくつぶやいた記憶がある。


 そんな細かい言葉まで覚えていてくれたことに、胸がじんと熱くなる。


 ベンチに並んで腰掛けると、リクはゆっくりと息を吐きながら、ポケットから小さな缶コーヒーを取り出して私に差し出した。


「ちょっと冷えてきたから、温かいの飲んで」


「ありがとう……リクって、ほんとに気が利くよね」


「ううん、千沙ちゃんのことだから、つい考えちゃうだけ」


 言葉が少しだけ甘くて、少しだけ真剣だった。


 静寂が流れる中、リクは缶コーヒーを両手で持ちながら、少し遠くの街灯を見つめていた。


 そして、ぽつりとつぶやくように言った。


「ねぇ、千沙ちゃん」


「ん?」


「……僕さ、ずっとこの時間が続けばいいなって、思ってたんだ」


「え?」


「初めて、千沙ちゃんの声を聞いた日。お店のカウンター越しに“ロイヤルミルクティーとクロワッサンですね”って言われた時。なんて優しい声なんだろうって思った」


「……」


「それからも、何度も話しかけたくて。でも、変に思われたくなくて。だから、同じ注文をし続けて、同じ時間に通い続けて……ちょっとずつ話せるようになって……」


 リクの声は、少し震えていた。


 私は言葉を挟めずに、ただリクの横顔を見つめていた。


「千沙ちゃんの笑った顔とか、真剣に何かに集中してる顔とか……全部が好きで、目が離せなくなって」


 好き……リクは確かに今そう言った。

 リクはそっと、私の手の上に自分の手を重ねた。


 その手は、少しだけ冷たくて、だけど確かに熱を持っていた。


「だから、千沙ちゃん。僕と……付き合ってください」


――その言葉は、夜の静けさの中で、まっすぐに私の胸に届いた。


 迷いはなかった。

 迷うどころか、感情よりも先に口が開いていた。


「……はい。私でよければ……」


 私は、小さく頷いた。


 リクの目が、ほんの一瞬、大きく見開かれた。

 まるで、子供のような。


「……ほんと?」


「うん。私も、リクのこと、好き」


 言った瞬間、リクの目に浮かんだ涙のような光を、私は見逃さなかった。


「ありがとう、千沙ちゃん……。大切にする。絶対に」


 リクは、まっすぐな眼差しで、私の手をぎゅっと握った。


「私も……リクのこと、大切にする」


 その夜、私たちは初めて手をつないだまま、ゆっくりと歩いた。

 大きくて、ゴツゴツしていて、暖かい手。


 同じ道なのに、今はまったく違う世界に見える。


 心の中に、小さな灯りが灯ったようだった。


 リクとなら、きっと、これからの日々も大丈夫。


 そう思えた瞬間。



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