7 気になる彼
このエピソードは文字数2400字ほどです
水曜日の夜、バイトが終わると、私はいつものようにリクとの時間を楽しみにしていた。
だけど、今日は少しだけ胸の中に不安がよぎる。
リクは、やっぱり完璧すぎる。時々、その完璧さに圧倒されて、どう接していいのか分からなくなることがあった。
でも、そんな“完璧”も受け入れたい。
今まで、リクのような人に出会ったことがないから、その完璧さに不安を感じているだけなんだ。
私は、リクのことが好き。
だから、リクのことを受け入れたい。
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「お疲れ様、千沙ちゃん」
リクがカフェの前で待っていた。この前も会ったばかりだし、今週は何度も顔を合わせているけれど、リクに会うたびに胸がドキドキする。
「お疲れ様、リク」
私も笑顔で彼に答える。
リクの顔を見ていると、また自然と安心してしまう。
彼は本当に穏やかで、どこか柔らかい空気をまとっている。
いつも通り、カジュアルな服装に包まれている。その落ち着いた雰囲気が私にとっては心地良かった。
「今日はどうしようか? 昨日はショッピングだったし、ちょっと気分を変えて、今度は食事でも行こうか?」
リクはそう言って、優しく私に提案する。
「うん、それいいね。最近ちょっと忙しかったから、今日はゆっくり食事を楽しみたい気分だな」
「そうだよね。じゃあ、千沙ちゃんが好きそうなお店、探しておくよ」
リクの言葉には、いつもながらの安心感がある。
私が何も言わなくても、彼は私のことをしっかり考えてくれている。
それが嬉しい。
二人でファミリーレストランに向かい、しばらくは映画や最近観たドラマについて話していた。
リクは、本当に何でも知っているような人だった。
今流行りのドラマ、数年前に話題になった映画。
どんな話題でも、さらりと流れるように話してくれるから、私はつい楽しくなってしまう。
ドラマや映画の感想も、私の「凄く面白かった! 感動したの!」という語彙力のないものでも、リクはちゃんと頷いて、その作品のポイントや私の知らない伏線なども解説してくれる。
食事が終わった後、リクが言った。
「今日は、あまりゆっくりできなかったけれど、今度はもっと一緒に過ごせる時間を作るから」
「うん、ありがとう。リクといると、なんだか時間があっという間に過ぎちゃうよ」
「それは、千沙ちゃんが楽しんでくれてるからだと思う。千沙ちゃんと過ごす時間が、僕にとってもすごく大事だから」
その言葉に、私は思わず心が温かくなった。
リクの優しさや、彼が心から私を大切にしてくれていることを感じるたびに、少しずつ彼に依存している自分がいることに気づく。
「リクは、どんな時でも穏やかで優しいよね。私、時々それが怖くなることがあるんだ」
「怖くなる?」
リクは少し驚いた表情を浮かべる。
その反応に、私は少しだけ自分がどんなことを言っているのか分からなくなった。
「うん、だって、リクは本当に完璧すぎて、怖くなるんだ。そんなに完璧な人が私みたいな人を好きだなんて……なんだか夢みたいで信じられない時があるんだよね」
「そうか。でもね、僕にとって千沙ちゃんは特別な存在なんだよ。千沙ちゃんがどんな風に感じているかは分からないけれど、千沙ちゃんがいるからこそ、僕はここにいる意味があると思っている。だから、完璧じゃなくてもいい。千沙ちゃんと一緒にいることが大切なんだ」
リクの言葉には、どこか真剣さが込められていて、私は思わず息を飲む。
「ごめん、ちょっと重たかったかな」
リクは少し申し訳なさそうにして目線を下に向ける。
「あ、いや。そう言ってくれて嬉しいよ」
こんなに心から私を思ってくれているリクが、本当に完璧に思えて、逆に私はどうすればいいのか分からなくなってしまう。
その後食事を終えた後も、リクとは別れることなく、また深夜までやっているカフェで少し話をしたり、散歩をしたりして過ごした。
普通なら帰って寝る時間だ。
でも、リクと過ごす時間は、私にとってはもう欠かせないものになってきていた。
「千沙ちゃん、最近少し忙しそうだったけど、ちゃんと休んでる?」
「うん、なんとか。でも、こうしてリクと過ごす時間があると、疲れもすぐに取れる気がする」
リクは優しく微笑んで、少しだけ顔をそらした。その仕草に、私は何だか心が温かくなる。
「僕も千沙ちゃんと一緒にいる時間が、すごく大事だから。だから、また来週も会おうね」
「うん、もちろん」
家に帰ると、リクからのメッセージが届いていた。
《今日も素敵な時間をありがとう。千沙ちゃんと過ごす時間が、僕にとって一番の幸せだよ》
その言葉に、私は胸がいっぱいになる。
《こちらこそありがとう! 私もリクと過ごせて楽しかった!》
本当は、楽しいってもんじゃない。
楽しいを超えて、気持ちいい。無言の時間も苦ではないし、リクと一緒にいられる時が幸せだ。
でも、そんなことを言えるはずがない。
ゆきちゃんからは相変わらず「まだ付き合ってないんですか?」って、少し呆れ顔された。
あ、そうだ。まだ、付き合ってないんだ。
まだ、友人止まり。
もしも、本当に付き合ったら、カップルになったら、私はどうなっちゃうのだろう。
今でさえ、まるでリクのことを彼氏のように感じているし。
リクも、彼女が出来たら……。
そういえば、リクに彼女いないよね。
彼女がいたら、私に構わないはず。
《リクって、彼女いるの?》
私は咄嗟にメッセージを送ってしまった。
送信してから後悔している。
こんなこと聞いたら、いかにも彼女ポジションを狙っているように思われる?
恥ずかしい、今すぐ穴を掘って埋まりたい。
数分後、スマホは小さく通知音が鳴った。
《彼女はいないよ。彼女がいたら、千沙ちゃんと会えないでしょ?》
あぁ、もう。
この前、私の真似をして買ったという同じウサギのスタンプが、両手でハートマークを作っている。
彼女いないんだ。
よかった。
リクが近くにいるわけじゃないのに、メッセージだけでもドキドキしてしまう。
返信に迷った末に、私は同じウサギのスタンプを送信した。
深夜三時。
空には月が見えていた。