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月に誓う永遠の愛  作者: 七凪亜美
第一章
4/39

4 不思議な彼

このエピソードは、文字数2300字ほどです

 映画の日から、私とリクの関係は少しずつ進展していった。


 週に一度の水曜日、カフェで顔を合わせるだけだった関係が、映画の後から毎日メッセージのやりとりをするようになった。

 

 最初はたわいのない話。「天気がいいですね」とか「昨日夜更かし寝れなかったんです」とか「今日、お店が混んで大変でした」とか。


 リクはいつも私のメッセージに丁寧に返信してくれる。

 送信すると、一時間以内には既読がついて、また会話が続く。


 そのうち、最初は敬語で送っていた私も、いつの間にかタメ口で返すようになった。

 リクから、タメ口にしようと言われたわけではない。自分から、なぜか無意識に口調がリラックスしてそうなった。


 お店にお客さんとして来た時も、軽くタメ口で話すようになった。

 最初は、リクが「お疲れ様」と。私は「ありがとう」と返したり、「新作のプリン、美味しいよ」と言ってみたり。


 そして、週末にも一緒に少しだけ時間を過ごすことが増えてきた。


 最初は閉店後、駅まで歩くだけだった。

 それが、近くのベンチで十分ほど缶コーヒーを飲んで話すようになり、

 そのうち、日曜日の午後に短い散歩をすることもあった。

 

 春の終わり。

 日差しが優しく、風もやわらかい。そんな穏やかな季節。


 リクと歩く時間は、何気ないけれど、心に残る。

 会話内容は、バイトの出来事だったり、友達と遊んだ時の話だったり。

 リクは聞き上手で、いつも相槌を打ってくれる。私の目を見て話を聞き、ちゃんと意見を言ってくれる。

 

 段々、“ただのお客さん”の枠を超えている気がする。

 でも、不思議と嫌じゃない。


「こういう季節、好きなんだよね」

 

 ある日、近所の住宅街にある川沿いの小道を歩きながら、リクがそう呟いた。


「夏が来る前の、ちょっと物憂げな空気というか」


「うん、わかる。私も……こういう時期、好きだな」

 

 まるで感覚が重なったみたいで、思わず笑った。


「やっぱり、似てるのかな。千沙ちゃんと僕」

 

 そんな風に言われて、心がくすぐったくなる。


 リクは昔からの友達みたいに自然で、それでいて、言葉のひとつひとつに誠実さがある。

 余計なことは言わないけれど、言葉の選び方がとても優しい。

 だから、一緒にいると落ち着くし、安心できる。

 

____


 金曜日の夜。


 私はいつものように、夕方からカフェのシフトに入っていた。


 金曜日の夜は、少しだけ忙しい。

 仕事帰りのお客さん、部活帰りの学生たち。

 ピークを過ぎた二十時すぎ、少しだけ落ち着いた頃に、あのドアが開いた。


「こんばんは」


「……あっ」


 リクが立っていた。

 思わず驚いた顔をしてしまった私に、リクは少し照れたように笑った。

 

「びっくりした? 水曜日じゃないけど、ちょっと近くまで来たから……」



「え、うん……そうなんだ」


 水曜日だけじゃない。彼が来てくれることが、こんなにも嬉しいなんて、自分でも意外だった。

 

「今日は、何にしますか?」


 私は気を取り直して、店員として振る舞う。


「うーん……あ、今日出たって言ってたスコーン、これ?」

 

 リクは、レジ横に並べられた新商品のスコーンを指差した。


 それは、さっき裏で私がゆきちゃんに「今日の新作、いい感じ」と言ったもの。 

 大きな声で言ったわけでもないし、お客さんに聞こえるような位置でもなかった。


 ……聞こえていたの? それとも偶然?


「これと、ロイヤルミルクティー。いつものやつで」


「かしこまりました」


 違和感を覚えたけれど、それは言葉にならなかった。


____

 

 その日、閉店前の二十一時直前。

 お店の中にいるのはリクと、テーブルを拭いていた私だけだった。

 ゆきちゃんは裏でゴミ出しをしている。


 リクは、いつものようにロイヤルミルクティーを飲みながらスマホを触っていたけれど、ふと目が合うと、静かに席を立ち、私の方に近づいてきた。


「ねえ、千沙ちゃん。来週の日曜、もし空いてたら……どこか行かない?」


「えっ、日曜?」


「うん。最近、散歩ばっかりだったから、たまにはどこかちゃんとした場所に行ってみたいなって」


「……いいね。たとえば?」


「千沙ちゃん、動物園とか、水族館とか、好きじゃなかったっけ?」


 その言葉に、一瞬だけ動きが止まった。

 

「……え? なんで、それ……?」


「え? あれ……前に言ってた気がしたけど……違った?」


「ううん……言ったかな……」

 


 確かに、私は水族館が好き。小さい頃、よく家族と出かけた思い出がある。


 でもそれは、友達と話す中で軽く言ったことがあるくらいで、リクには話していなかったはず。


 いや、もしかして……話したかも? いや……?


 曖昧な記憶の中で、私はただ笑って誤魔化した。

 最近リクと話すこと多かったし、自分が気づかないうちに言っていたのかも。


「うん、水族館……好きだよ。行きたい」


「よかった。じゃあ、来週の予定、空けておくね」


____



 帰宅後、メッセージが届いた。


《スコーン、ちょうどいい甘さだったね。千沙ちゃん、ああいうの好きそうだなと思った》


 まただ。私が裏で言った“甘さちょうどいい”という一言。

 リクは聞いていたのか、予測したのか——あるいは、偶然なのか。


 彼は、たしかに観察力がある。

 でもそれにしても、少しだけ、私の好みを当てすぎている気がする。


 それは「嬉しい」こと。

 ……だけど、ほんの少しだけ、「怖い」と思った。


 でも、そんな感情を抱くなんて、私はおかしいのかもしれない。


 気になってるのに。


 いい人だなって思い始めて、声やさりげない動き、あの瞳に胸が動くこともあるのに。



 私はスマホを置いて、ふぅと小さく息を吐いた。


 まだ分からない。

 この違和感が、ただの勘違いなのか、それとも——ちゃんと見つめるべき何かなのか。


 

 その夜、ベッドに入って目を閉じたとき、ずっと誰かに見られていたような気配が、心に残った。

 

 目が覚めたときには、その感覚も、夢の中に溶けていた。


 



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