狐の窓
そいつは僕を見て語った。
「ねえ君は「狐の窓」と言う物を知ってるかい?」
愛おしそうに机の上のラジオを撫でる少年。
ラジオは古臭いが何処か奇妙な魅力を感じる物だ。
ラジオを撫でながら話す姿に僕は困惑する。
僕に言ったのか?
知らない少年何だが……。
「はあ? 「狐の窓」だって」
僕は眼前の少年の言葉に眉を顰める。
というか温泉施設の休憩室の一室。
開店したばかりのこの時間では大した客は居ない。
いても数人。
その中で此の少年は多くの席が空いてるのに僕の所に来た。
相席した意味が分からない。
チラリと見た此の顔。
見覚えが無い。
ラジオのスピーカーに耳を当てた少年の顔に。
「愛してるよ相棒」
「僕の質問は無視か」
恋人に語る様ににラジオに愛を囁く少年。
そこには混じりっ気のない愛を感じさせる。
深く。
深く。
深い愛情。
相手がラジオで無ければ。
……。
うん。
という事は誰かと間違えたんだろう。
そのまま無視して読みかけのオカルト本の続きを見る。
というか関わったらヤバイ奴判定する。
「無視しないで欲しいな~~」
「お前が先に僕を無視したんだが?」
「相棒への愛が抑えられずにね~~つい」
「気持ち悪い」
「ええ~~そうかな~~僕と君の仲じゃないか、酷いな~~」
「僕はお前の知り合いでは無いんだが」
ニコニコ笑いながら話すな。
まず愛おしそうにラジオを撫でる手を止めろ。
変態が移る。
「分ってるさ~~君とは赤の他人だという事は」
「だったら話しかけんな、読書中だ」
変態と関わりたくないと言いたい。
「え~~良いじゃん話そうぜ」
ヘラヘラ笑う少年。
こいつの保護者いないのかな?
視線だけで周囲を見るが保護者らしき人物はいない。
「……」
よし。
無視しよう。
「お~~い」
声を掛けるな。
変態。
「察するに君は心霊現象や都市伝説等のオカルト関係の物が好きと思うんだが」
その言葉に思わず読書の手が止まる。
「……」
無視だ。
無視。
「日常の中に潜む非日常……それを君はたまらなく愛おしいのだろう」
「煩い」
「僕のこの相棒に対する愛の様に」
「黙れ変態」
ペラペラと喋る少年にイライラする。
奇妙なラジオを持った少年。
こいつの振り回されっぱなしだ。
イライラする。
「霊感が欲しかったクチだろう君」
「……」
読書の手が止まる。
その言葉に動揺したからだ.
そのまま読書を再開する。
「霊感は無理だけど似たような事が出来ると言ったらどうする?」
「似たような事だと?」
思わず僕は聞き返す。
「興味津々だね」
「……」
「日常に潜む者を見ることが出来る方法さ」
嘘だな。
「まあ~~正確に言えば人ならざる者を見る「御呪い」だが」
「はあ? 「御呪い」だと?」
その言葉に首を傾げる。
少年は、ふふっと唇に指を当てて嗤う。
「特別な指の組み方をし」
眼前で狐のような指の組み方をして素早く変化させる。
「呪文を唱え」
僕の耳に聞こえない声で何かを呟く。
呪文?
「その指の穴(隙間)から見ると目に見えないナニカが見える能力」
組みあがった指の隙間から僕を覗く目。
細い。
細い目。
「そんな「御呪い」だ」
組み立てた指を解く少年。
「但し使うには危険な術なので注意した方が良いよ」
「注意?」
「ああ」
「どんな事だ?」
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
うん?
「つまり見えるという事は見られるという事か?」
「そう来たか~~」
「違うのか?」
「いや~~その解釈でも良いよ」
「そうか」
「だから使う時は細心の注意をしてくれ」
「ふうん」
机の上に肘をつき手に顎を載せる。
「手遅れにならないようにね」
そう現前の少年は僕に教えてくれた。
ニイイ~~と怖気を感じさる嗤いで、
『手遅れになるかもしれんがな』
ラジオの音に混じって人の声が聞こえた気がするが気のせいだろう。
その少年に会ったのは偶然だった。
そう偶然。
温泉施設でオカルト関係の本を読んでいる時に偶然出会った。
眼前の少年に。
色が黒く髪質が絹の様な髪。
目は一重。
黒目と白目がハッキリわかれミステリアスな美しさ。
鼻は平均より低いと思う。
あまり痩せすぎず頬の肉がついていて丸顔。
黄色みがかった肌の色はモンゴロイドの顔立ち、特徴的な感じだ。
足や手のパーツも小さいという日本人の容貌を捉えていた。
不自然なまでに。
まるで作られたかのような不自然な日本人の容貌を持った少年。
その少年が僕に声を掛けた。
オカルト関係の本を読んでいた僕に。
そして教えてくれたのが「狐の窓」。
温泉施設で「狐の窓」を知った僕は試したくなった。
素人でも出来る「御呪い」を。
目に見えないナニカが見える能力。
期待通りなら「霊視」能力を得られるかもしれない。
そんな「御呪い」だ。
怪しい。
怪しいが念願が叶うかもしれない期待に僕は胸を膨らませた。
早速試してみた。
指を組み合わせて……。
組み合わせて……。
「手が……手が……指が痛い……」
想像以上に指の組み方が難しく痛い。
「指が痛すぎて組めない」
「練習有るのみ」
気軽に言われた。
「次の指の組み方忘れた」
「動画が有るからスマホで探して」
「呪文が分からん」
「ネットに載ってるから検索して」
苦笑いする少年。
教えといて後は放置か。
良いけど。
「それじゃあね~~」
「どこに行くんだ?」
「相棒とデート」
「……」
少年は言うだけ言って何処かに消えた。
「何か最後まで分からん奴」
温泉施設の帰りの電車を待つ時間で「狐の窓」を検索した。
指の組み方を動画を見ながら練習した。
呪文も検索できたので覚えた。
後は「狐の窓」で何を見ようかな?
お?
交差点に花束が置かれてた。
事故現場かな?
よし。
ここにするか。
指を組んで隙間から交差点を見る。
後は覚えた呪文を唱える。
「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ」
危険と知りながらも好奇心を抑えられず試してみた。
ワクワクする。
……。
………。
…………。
「何も見えない……」
やはり嘘か。
……。
いや偶々かも。
「確かこの町は心霊スポットがあった聞いた事が有る」
スマホで検索。
よし。
近くに一つ有った。
行くか。
一時間後。
心霊スポットに到着。
そこで「狐の窓」を使ったが何も見えなかった。
「騙された……」
酷い。
酷すぎる。
骨折り損だ。
「家に帰るか」
そうして帰宅した。
家に着いたのは21時でした。
時間を無駄にした。
「あのガキ次に会ったら締める」
ご飯を食べて暫し。
考え込む。
もしかしてだけど指の組み方が複雑で上手くいかなかったのだろうか?
そう考え何度も指の組み方を練習した。
そして動画を見比べ練習した結果だが……。
結果は成功とも失敗とも言える。
指の組み方と呪文は正確にできたと自負できる。
前よりも。
これが成功。
失敗は何も見えなかったという事。
何も。
そう何も。
霊感ゼロの僕にも幽霊ぐらい見れるかと期待したが駄目だった。
玄関。
ベット。
台所。
居間。
仏壇、
思い余り近所も見たが無理だった。
成果はゼロだった。
よし。
あのガキ締める。
一週間後。
僕は訪れた温泉施設で再会した少年は何度もうなずく。
僕の文句に対して。
「君は間違えたな」
何をだ?
「あれは人ならざる者を見る「御呪い」と言ったろ」
だから心霊スポットを見たんだが。
「あの「御呪い」では幽霊は見えないよ」
え?
「それが君の間違い」
マジか。
「だが其の様子を見る限り「御呪い」は成功したみたいだね」
え?
いや何も見てないけど。
「君は家の中でも術を試したろうっ?」
その言葉に僕は……。
アレ?
試した気がする。
『何を見た?』
ラジオから人の声がする。
まるで僕に質問するかのように。
『目の前にある何かを見ただろう?』
ベットを。
そう。
ベットを。
「ベットだけかい?」
少年の質問に考え込む。
違う。
「何を見た?」
ベットの下に居る何かを見た。
何かを。
そう。
何か。
何かを。
「何を?」
人を。
人。
人だろう。
人?
「人なのかい?」
斧だ。
斧を。
斧を。
斧を持った人らしき者を。
「そうかい」
少年は頷く。
「そいつはどうした?」
ベットの下から……。
あれ?
あれ?
這い出して……。
斧を……。
「どうした?」
ボタ。
何かが手元に落ちた。
赤黒い何かが。
ボタボタ。
白い破片が落ちてきた。
ボトボト。
灰色の柔らかい物が落ちる。
ボタボタボタ。
ボタボタボタ。
大量の血の塊と骨の破片。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
ボトボトボト。
脳らしき物が落ちてきた。
何処から?
僕の頭から。
これは……僕の?
「あ~~あ、使うには危険な術なので注意した方が良いよと言ったんだがな」
机の上に肘をつき手に顎を載せる眼前の少年。
ニタニタ嗤いながら。
愉快そうに嗤いながら。
「手遅れにならないようにねともね」
そう眼前の少年は僕に教えてくれた。
あ。
ああ。
『手遅れになったな』
知っている。
目の前の少年を知っている。
『都市伝説』という物が有る。
口裂け女。
トイレの花子さん。
カシマさん。
霊界ラジオ。
ベットの下に潜む殺人鬼。
近年生まれた妖怪を扱ったマスコミや書籍では「現代妖怪」と称してる。
だが昔に誕生した妖怪と区別するために人はこの現代妖怪をこう呼ぶ。
「都市伝説」
……と。
都市伝説。
現代妖怪。
等と言うべきそれら。
古くからある妖怪と区別するべく付けられた名だ。
その中に眼前の少年の風貌をした「都市伝説」が有る。
「ラジオを持った災厄を振りまく少年」
という新しい「都市伝説」だ。
気が付いたら存在し。
いつの間にか消え去っている少年。
後には悲惨な現場が残されてる。
等という「都市伝説」だ。
僕は思わず「狐の窓」を眼前の少年に使う。
けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ
「あ~~あ今頃使うかなあ~」
少年の容姿が「御呪い」により姿を激変させた。
色が赤く髪質が絹の様な髪。
目は一重。
赤目と白目がハッキリわかれ目。
鼻は更に低い。
あまり痩せすぎず頬の肉がついていて丸顔。
肌の色は浅黒いに変化。
そして大きく変化してるのは額から伸びている角。
悍ましく捻じれた角。
明らかに人間ではない姿。
鬼。
悪鬼。
少年の服を着た鬼。
ラジオを持った鬼だった。
鬼の手が僕に伸びる。
そのまま何かが湿った物が砕ける音がした。
その正体を見た瞬間僕の意識はなくなった。
「人間って何で好奇心を抑えられないんだろうね」
『お前も元人間だろう?』
「元ね」
どこかで湿った様な音がする。
ピチャピチャと。
何かをかみ砕く音がする。
ガリガリと。
何かを啜る音がした。
ジュルジュルと。
「死後一週間の魂は不味いね」
『確かに』