表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラーメン屋の新メニューなのに、ラーメンではなくうどんが入っています。

作者: 西山景山
掲載日:2026/04/15

 

 俺は今日、十八年間過ごしてきたこの家を出る。


「父さんは、もう店か」


 父はラーメン屋の店主をしている。店の名前は『笑ーめん』。

 ネーミングセンスはイマイチだし、ラーメンの味はそこそこ。だけど、それなりに繁盛はしているみたいだ。


 今日も朝から店の準備で、もう家には居ない。あと一時間もすれば開店時間だ。


「開店前に顔出すくらいはできるかな」


 家から徒歩五分。『笑』と書かれた暖簾をめくり、扉を開ける。


「そこ、座れ」


 無愛想な接客に従い、厨房にいる父の正面のカウンター席に腰を下ろす。

 ふと昨日ぶりに父の顔を見て、違和感を覚えた。


「眼鏡なんか掛けてたっけ?」


 目つきは悪いが視力は良いはずの父が、なぜか黒縁の丸眼鏡を掛けている。

 

「......大学でも()()()()とやらは続けるつもりなのか?」


 どうやら、眼鏡についての話題は触れない方が良いらしい。


「謎解きサークルみたいなのがあれば入ろうかなとは思ってるけど。ていうか、俺が謎解き同好会に入ってたこと知ってたんだ」


 父との会話で一度もその事に触れられることは無かったから、知らないものかと思っていた。


「まあな。......朝ごはんは食べたのか?」


「まだだけど」


「なら、これを食え」


 乱雑な音を立てながら、いくつかの料理が載ったプレートが俺の前に置かれる。


「え、わざわざ作ってくれたの?」


「違う。これは店の新メニューだ」


「新メニュー? これが?」


「せっかくだ。食べるついでに名前を考えてくれ」


「新メニューの名前を俺が考えるの?」


「俺には名前をつける才能がないらしいからな」


「自覚あったんだ」


 確かに父のネーミングセンスは壊滅的だが、今まで一度たりとも店についてのアドバイスを求められた事はない。

 独り立ちする息子への父なりの餞別なのだろうか。


「大切な新メニューだから、しっかり頭を使って考えてくれ」


「だったら自分で考えなよ」


 まあ、文句を言っても仕方がない。父は一度こうと決めればてこでも動かない頑固な人だ。

 まずはメニューの確認に取り掛かる。目の前に置かれたのは、おにぎり、豚汁、みかん......。


「ラーメン、どこ?」


「豚汁、食べてみろ」


 言われた通り、豚汁に口をつける。


 すると、豚汁の中には。


「うどん」


 ラーメンではなく、うどんが入っていた。


「たまにはラーメン以外も、と思ってな。お前もラーメンよりうどんの方が好きって言ってただろ」


「......そうだったっけ? あれ、めんまが入ってる」


「ラーメンらしさも多少はいるだろ」


「めんまには荷が重いでしょ。じゃあ、『エセラーメン定食』ってのはどう?」


 早速、頭の中に浮かんだ名前を提案してみる。


「却下だ。しっかり頭を使って考えてくれ」


 即答。俺の思いつきは父のお気に召さなかったらしい。

 次はおにぎりを食べてみる。中身はおかか、もう一つは梅。


 おにぎりに、豚汁。

 それなら。


「『朝ごはん定食』とかは?」


「却下」


 また即答。


 その後、いくつか名前を提案するも悉く「却下」される。


 父の不躾な態度に、俺は段々とイライラしてきた。


「いい加減にしてくれよ。頭を使って考えろ、だって?」


 積もり積もった怒りのまま、突如感情が溢れ出す。


「そっちこそ頭を使って考えてみろよ!! 息子が旅立つ日だってのに、あんたは店の事しか考えてない!!」


「それは」


 父が言葉に詰まる。


 その反応は、図星であるという証明に違いない。


「言わなくたって分かるよ、あんたにとって俺なんかどうだっていいんだろ? むしろ、俺がいない方が店に専念できるから都合がいいんだろ?」


「それは違う!!」


 口から飛び出す言葉が、鋭く尖ったものへと変貌する。


「父さんにとって、俺は邪魔な存在だったんだろ? 俺が居なくなって清々するな、良かったな」


「違う!! 俺はただ、お前に......」


 その時、俺の方へと身を乗り出した父の足元から何かが落ちる音がした。

 反射的に覗き込むと、一冊の本が落ちているのが見える。


「み、見るな!!」


 父は慌てるように本を拾い上げ、すぐさま元のポケットにしまった。


 しかし、俺は表紙に書いてったポップな文字を見てしまった。


「初心者でも簡単、おもしろ謎解きクイズの作り方?」


「っ!? こ、これは違うくてだな」


 急激に頭の熱が冷めていくのが分かった。

 段々と冷静になると、今日の父の言動に疑問を覚える。


 普段は掛けてないはずの眼鏡、ラーメン屋なのにうどん、みかんじゃなくてデコポン。

 そして、度々父が口にしていた言葉。


「頭を使って考えろ......?」


 頭を使う。これを謎解きのヒントだと考えてみると、見方が180度変わる。

 おそらく頭というのは頭文字の事。


 眼鏡、うどん、デコポン。

 これらの頭文字は、『め』『う』『で』。


「これじゃまだ足りない。他にあるとしたら新メニューの料理か?」


 出された料理はうどんとデコポン以外だと、豚汁とおにぎり。

 頭文字は、『お』『と』。


 『め』『う』『で』『お』『と』。

 これらを並べ替えて、できる言葉は。


()()()()()


 どうやら口下手な父は謎解きという形で、俺にこの言葉を伝えるつもりだったようだ。


「最初から謎解きなら言っとけよ」


「......俺は、こんな簡単な言葉も面と向かって言えん情けない父親だ。でも」


 父の目が俺をじっと捉える。


「今までお前の父親じゃなきゃ良かったなんて思ったことは、一度たりだって無い」


 それは嘘偽りない父の本音なんだろうと思った。


「......俺、本当はうどんよりラーメンが好きだ。父さんが作るちょっと塩辛いラーメンが好きだ」


「そうか」


「俺が謎解き好きになったの、父さんが連れてってくれた脱出ゲームがきっかけなんだ」


「そうか」


 それから、父とたくさんの話をした。


 気付けば、開店時間まであと五分を切っていた。


「そろそろ、行くわ」


「ああ。元気でな」


 最後の別れを済ませ暖簾をくぐる時、ふと思い浮かんだ言葉があった。


「何回か帰ってくるか、らーメン」


 父さんの顔は見えなかったが、店の中から小さな笑い声が聞こえた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ