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セップ島の民話 -Ceplandtales-  作者: は
ニコ・ハワドの冒険 -Nicholas the Flock master-
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第5話 『妖精の菓子』




 あるところにシュゼッタという妖精の女がいた。

 ふらりとどこかの町に現れては町外れの廃屋を買い取って、そこに住みつく変わり者だ。が、彼女が買い取った廃屋は三日と経たずに見違えるほど立派なものとなり、出来上がった彼女の『店』から何とも言えない菓子の匂いが漂うことになる。


 彼女の得意は、麦の焼き菓子だ。昼時を過ぎて麦芽と蜜が適度に焦げる香りが町中に届く頃、子供達は硬貨を握り締めてシュゼッタの店に押しかけるのだ。


「シナモンのたっぷり入ったスコーンはどう?」


 真っ白なコックコートに身を包んだシュゼッタは笑顔で子供達を出迎える。

 妖精がもつ若草色の長髪は飴色のバレッタで留めてある。だから、真っ白な帽子をかぶったシュゼッタは御伽噺に出てくる王子様のようだ。彼女の笑顔を見て女の子達はうっとりとするし、菓子を頬張れば男の子達だって頬が緩む。

 まるで魔法のようにシュゼッタの店には菓子が並ぶ。都のお洒落な店だって作れないような、色とりどりの菓子。そのどれもが驚くほど安く、子供達は安心して買うことが出来る。そんなに安く売っては儲けにならないだろうと村人達は心配するがシュゼッタはいつも微笑むばかりである。



 ある晴れた日のことだ。南の方から物凄い勢いで風が吹いてきた。

 その風はあまりにも強く、町中の家屋で家が揺れ、まるで地震のような騒ぎになった。屋根板が吹き飛び大木が倒れ、シュゼッタの店では色鮮やかな看板が傾いてしまった。風の強さに驚きつつ看板を直そうとシュゼッタが店の外に出ると、見知らぬ女の子が立っているのに気がついた。

 五歳くらいの女の子は碧・紅と左右に分かれた瞳を涙で潤ませ、淡い紫の髪には小さな雷が絶えず生じている。どう見てもまっとうな人間ではないが、女の子は泣き出すまいと唇を噛みつつシュゼットを見上げ、こう言った。


『しゅーくりーむをくださいっ』


 人の言葉に慣れていないような。そんな錯覚さえ抱かせる舌足らずな言葉。シュゼッタがほえーっとしていると、女の子は自分の言葉が通じなかったのかと思ったのか、もう一度大きな声でシュゼットにお願いした。


『あまくておいしいしゅーくりーむをよっつくださいっ』


 なぜ、四個なのだろう?

 具体的な数を示されて、シュゼッタは戸惑った。すると女の子は「きっ」と目を見開いてこう叫んだ。


『にこらすがしゅーくりーむみっつでうられたから、おいしいしゅーくりーむよっつでかいもどすですっ』


 女の子が叫ぶと涙がぽろぽろこぼれて粒になり、手の平に落ちて幾つかの水晶と化した。水晶はどれもサクランボ程の大きさで、内側から紅と碧の光を放っている。女の子はこれをシュゼッタに差し出し、鼻声で訴える。


『いまはこれしかないけど、これでしゅーくりーむをよっつつくってください     やっぱり……たりませんか?』

「お城を四つ買えちゃうわよ。騎士も姫様もセットでね」


 シュゼッタは木綿のハンカチを取り出し、涙と鼻水でべとべとになった女の子の顔を優しく拭いた。


「シュークリームは作ってあげる。でも、その綺麗な石はいらないわ」

『で、でも』

「大丈夫」


 シュゼッタはウィンクすると女の子を店の中へと連れていく。その途中「あら、そういえば」と呟き指をぱちんと鳴らせば、傾いた看板がひとりでに元通りとなった。

 女の子はそれを不思議そうに見ていたが、質問する前に店の扉が勝手に開き、驚く間もなくお菓子造りが始まった。



 翌日。

 女の子はやってきた。恥ずかしそうに、うつむきながら。シュゼッタはにこにこしながら女の子に声をかけた。


「やあ、こんにちは。昨日のシュークリームはどうだったかな? 久々の自信作だったから、少し造りすぎちゃったんだけど」

『う、うん。とってもおいしかったです。けど……』

「?」

『あんまりおいしそうだったので、かえるとちゅうでぜんぶたべてしまったです』


 ひやー、と女の子は顔に手を当てて恥ずかしそうに白状する。


『しゅーくりーむがあんなにおいしいものとはしらなかったです。にこらすがとしまのおねーさんにだまされてしまったのもむりないとおもったです。でも、きょうこそはにこらすをとりもどすので、きっちりおかねをもってきたですっ。おねーさん、しゅーくりーむをくださいっ』


 沈黙が生じた。シュゼッタは肩を震わせ、そして。

「――ぷっ」

『おねーさん?』

「あはははははははは!」


 シュゼッタは声を上げて、それこそ楽しそうに腹を抱えて笑い出した。




 セップ島のどこかの町に、気のいい妖精が不思議な菓子を作っている。

 竜の娘さえ魅了してやまないと評判の、不思議な店がどこかにあるという。




◇◇◇




 ある日のこと。

 竜の血をひく幼い少女が一生懸命に菓子を焼いていた。彼女の師匠は妖精の女で、腕利きの菓子職人だ。師匠は根気良く菓子造りの方法を竜の少女に教え、竜の少女もまた根気良く頑張った。何度も失敗し、何度も付近を灰燼に帰し、一言では言い表せない犠牲を支払いつつ初めてまっとうな菓子を完成させようとしていた。

 その時である。


『はーっはっはっはっはっはァッ!!!』


 カマドの中より猛々しい魔神が現れた。焼き上がっていた菓子を吹き飛ばし、床に落ちたそれらを踏み砕き、ゼンマイのような髭をたくわえ筋骨隆々とした魔神は胸を張る。


『身体貧弱にして男運の悪そうな娘たちよ! 望みを言うが良い、己の魂と引き換えにしてな!!! カーッカッカッカッカッカッカ!』


 一通り笑い終わってから。

 魔神は気付いた。まず少女は床の一点を凝視し、唇を強く噛んでいた。涙も出ていたかもしれない。次に魔神は妖精の女を見た。額に青筋が浮かび、肩が小刻みに震えていたが、それでも女は少女を気遣っていた。


『望みを言うが良いぞ、幸薄きメスどもよ!』

「ほほう」


 ゆらりと師匠が動き、テーブルにおいてあったケーキナイフに手を伸ばす。しかしその手は少女によって制され、師匠は硬直する。

 見てはいけないものを目にしたかのように。


『ふふふふ……うふふふふふふふ、です』


 うつむいた少女の口から不気味な笑い声が聞こえてくる。


『願いを言っていいですか?』

『言うが良い、小娘よ』


 ふんぞり返って魔神は頷く。少女は窓の外、はるか南を指してこう言った。


『ここからみなみにまっすぐすすむと、きんいろのひつじをかっているすてきなおにいさんと、それにつきまとっているせーはんざいしゃすんぜんの、としまでみさかいないおんながいるです。そのとしまおんなにむかって、

「やーい、としまー、ごーいんなわかづくりー、しょたー、せーはんざいしゃあ。じぶんがとしとらないからって、はえてもつうじてもいないようなおとこのこをくどきおとすなんざ、どーかんがえたってハンザイいがいのなにものでもないのでーつ。わかったら、じぶんがうまれてなんねんたってるのかじゅーぶんかんがえて、とっととえんきっておうちかえってはぁみがいてねるですっ」

 とせんげんして、わんぱんちいれたあとに、すてきなおにいさんをつれてきてほしいです』

『よくはわからんが、承知した。契約は成立したからな、ハーッハッハッハッハッハ!』


 魔神は高笑いと共に南の空へ飛んでいく。師匠は思わず窓の外を見るが、南には雲一つない青空が広がっていた。

 魔神は風よりも早く南へ飛び、山を越えた。


 数分後。

 轟っ。

 爆音に近い雷鳴が、立て続けに数発轟いた。南の空は限りなく白に近い紫の光に包まれ、空気が震える。雷鳴は数分間立て続けに起こり、その雷鳴に負けないほどの『絶叫』が聞こえてきた。師匠は己の耳を押さえ、竜の少女は床に落ちた焼き菓子のカケラを拾い集めた。


 更に、数分。

 店の扉が力なく開き、魔神が姿を現した。ところどころ身体を形成するパーツが欠け、超高温にさらされたのか身体のあちこちが熔け、ついでに回復不能の刀傷を急所に受けまくった魔神はすがるような視線を竜の娘に向ける。


『お、お願いだっ。魂なんて要らないし違約金として私の財宝をくれてやるから、先刻の契約を無効に――』


 させてくれ。と、言い終わらぬうちに。

 魔神の背後の空間が歪んだ。その歪みより華奢な女性の腕が計4本現れると魔神の身体を掴み、一気に引きずり込んだ。魔神は生まれて初めてあらわにする恐怖の表情を浮かべたまま空間の歪みに飲みこまれ。


 轟っ。

 再び空気を震わせる爆音が南の空に一度だけ轟いた。その後には気味が悪いほどの静寂が訪れ、師匠は何故か大きく溜息を吐くと竜の少女にこう言った。


「それじゃ、お菓子作りなおそうか」

『はい、です』


 竜の少女は多少すっきりした表情で頷くと、菓子造りを再開したという。めでたし、めでたし。




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