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セップ島の民話 -Ceplandtales-  作者: は
セップ島の不思議な話 -Fairytales of Cepland-
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第30話 『やくそくのはなし』



 その昔、剣士ヨセフが旅に出る前の話。

 

 小さな街を治めるヨセフの屋敷には色々な人が訪れていた。大人達はむずかしい話を父母と交わすものだから、連れてきた子供達はヨセフと弟が面倒を見ていた。

 その頃すでに家をすて旅に出ることを決めていたヨセフは、弟が立派に家を守り立てるように言い含め、将来弟の嫁さんになりそうな小娘たちには「こいつをよろしくね」と頼んで回った。小さな女の子たちはヨセフの弟が好きだったし、ヨセフにそう頼まれるとみな頬を赤く染めてこくこくと頷いた。

 ただひとりの女の子を除いて。

 青みがかった黒髪の小さな女の子、ヨセフの記憶が確かなら彼の本家ともいうべき良い家柄の少女は、ヨセフの弟よりひとつばかり年下でありながら偉そうに胸を張り、こう言った。


「わたしはおおきくなったら、ヨセフのおよめさんになるんです」


 生まれて十年も経っていないような女の子は、えへんぷいと自慢げにますます胸を張る。

 これには他の子どもたちも驚き、ヨセフもまた困惑した。


「大きくなったら、って」

「おっぱいが」


 と、女の子は近くにあった果物かごから大ぶりのリンゴ二つほど抱えて、ヨセフに突きつけるようにして見せた。


「これくらいおおきくなったら、およめさんになるんです」

「かなり大きいね」

「やくそくですっ」


 断ると間違いなく泣き出しそうだったので、ヨセフは仕方なく女の子の頭を撫でながら「わかったよ、きちんと大きくなったらね」と約束した。




 さて時は流れ。

 旅の剣士ヨセフは、年老いた父を見舞い、当主として見事に頑張っている弟を祝うべく郷里に近い街にいた。

 既に魔剣士の名は広く知れ渡り、かのニコラス・ハワドと並び称される若者の帰還に、彼の郷里はちょっとした騒ぎとなっていた。


「あんた、この辺じゃ有名人なのね」


 ごく当たり前のようにヨセフと腕を組みながら、盗賊娘のリズは着いたばかりの街道筋の宿場町を眺めて呟いた。

 なるほど、決して安くはない重ね色刷りのポスターが宿はもちろん宿場町のあちこちに貼っている。そこに描かれているのは、名門ハイマン家の紋章と、それを前に握手をする二人の若者の絵姿だ。おそらくは巡回牧師にでも頼んで調べたのだろう、片方の若者は間違いなくヨセフその人である。


「本物のほうが、も少しカッコいいわ」

「それはどうも」


 振り払っても腕に組み付くリズに懲りたのか、腕を組ませたままにしているヨセフは、何度も見たポスターの図面を見てげんなりとする。帰郷する前に数度手紙を送りはしたが、こういう馬鹿げた真似はしてくれるなと念を押したはずなのに。


「それにしても、ヨセフがいいとこの御曹司とは知らなかった」

「家督は弟が継いだし」

「いーのよ、いーのよ」幸せそうに勝ち誇った笑みを浮かべるリズ「とりあえず未来の義父母と義弟に挨拶するだけでも意味があるんだから」

「?」


 リズの言っていることの意味がわからず首をかしげるヨセフ。

 ああもうじれったいわとリズは公衆の面前で既成事実をこしらえようと顔を近づけ、


「この無礼者め!」


 と、次の瞬間飛び蹴りを喰らって後方に数度転がった。

 無論そんなもので命を落とすリズではない。ヨセフはというと彼女の実力を知っていたからそれほど心配しておらず、むしろ突然の襲撃者を前に硬直していた。

 目の前にいるのはリズより幾つか年下と思しき貴族の娘。

 真珠粉をまぶしたような白い肌。腰まで伸びた美しい黒髪は、青みを帯びている。

 琥珀をちりばめた豪奢な衣服を当たり前のように着こなす気品は、若さと色気を併せ持つ美貌と自身への絶大な自信から来ているのだろう。なにより目を惹くのは、コルセットにより絞られたウェストによりなおいっそう強調された双丘とも言うべき豊かな胸の膨らみである。


「お久しぶりですわ、ヨセフ様」


 スカートの端をつまんで軽く膝を折り、令嬢は優雅に笑みを浮かべる。とても先刻憤怒の形相でリズの顔面にヒールを蹴りつけた少女と同一人物には見えない。


「お久しぶり?」

「ええ」


 令嬢は、これでもかと胸を張りついでに乳房を揺らし、勝ち誇るようにヨセフの手をとった。


「約束どおり、林檎の果実ほどに大きくなりましたわ。お嫁に貰ってくださいますわね?」

「……」


 令嬢の言葉に。

 ヨセフは上を見て下を見て、ついでに周囲を見た。

 転がっていたリズを先刻より介抱していた茶店の主人は非難がましくも同情的な視線を向け、おそらくは令嬢の付き人と思しき中年婦人や護衛兵たちは「ひめさまがんばれー」と小声で応援している。

 令嬢は情熱的かつ積極的にヨセフに迫る。最小の動きで退く路を阻み、ついには壁に背を当ててしまったヨセフを前に涙を拭うふりをしながら実際には獲物を狙う狼の目で舌なめずりなどをし、そのくせ潤んだ瞳を向けている。


「たとえ幼き日々の戯れに等しい約定であっても、貴族同士の交わした約束」

「う」

「十にも満たぬ幼子が小さき胸を恋の痛みで膨らませながら今日という日を待ち続けたのです。ヨセフ様、どうかわたくしめを」

「てりゃあ!」


 握っていた令嬢の手がヨセフの頬に触れる寸前。

 リズは鋼線と革を編んだ細紐を投じて令嬢の手を叩こうとした。が、狙いはこれを逸れ、令嬢の見事な乳房を衣服の上より叩いた。

 ぼと、ぼとり。

 令嬢の豊かな乳房より、大ぶりの林檎が二つほどこぼれて地面に落ちた。

 救いがたい静寂が辺りを支配する。


「えー……」


 いまひとつ事態を掴みきれていないリズは、硬直した令嬢の胸周りを測るように細紐を巻きつけ、次にそれを己の胸に試してみた。


「大丈夫、女の価値は断じて胸じゃないわ」


 ぽんぽんと、心底同情するリズ。


「お、覚えてらっしゃい!」


 との捨て台詞を残して令嬢は泣きながら姿を消し、ただひとり正確な事情を思い出したヨセフは帰郷の取り止めを本気で考えたという。







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