94,デバフの好物。
第3層に入る。
当然、層が深くなるほどに、危険度も増してくるわけだ。
もともと№252の死体を見つけるため、ここまでは潜る予定ではあったが。
「そういえばハンナさん。君は先ほど仲間たちと、だいぶ潜ったと思うけど、放置された死体を見なかったかな? 実はおれたちは、知り合いの死体を回収しにきたんだ」
知り合いというのも、あながち嘘というわけでもない。
№252会員の自宅にも遊びに行っているくらいだしな。招かれたわけではないし、目的は家捜しだったが。
ところで、この問いかけはちょっとしたカマがけの要素もある。
ハンナは、自分たちが第3層までしか潜っていないと、先ほど話していた。おそらく嘘だろう。
そしていま、第3層に入ってから、『だいぶ潜った』と言われ否定しなければ、第4層以降に進んだことを意味するだろう。
案の定、ハンナはこう答えた。
「えっと、見てないと思います」
「死体は第5層あたりにあるかと思うんだが」
第5層などは適当だが、仮にハンナたちが第5層までもぐっていれば、ここでも『見ていない』と答えるはず。
ハンナは一瞬、自然な流れで首を横に振りかけ、
「いえ、そこでは見てな──あの、というより、私たちは第3層までしか潜っていませんので」
「ああ、そうだったな」
なんだろう。第5層でも随分な深度だが──一瞬、それよりも深く潜ったことを示唆しようとしていなかったか?
「見て、リッちゃん。あれを」
進行ルートの途中の壁に、赤い血でマークがしるされていた。
「なんだ、これ──これは人血か?」
連れていかれた、ハンナの仲間たちのものか?
少なくとも、血は新しいが。
意外なことにエンマが答える。
「聞いたことがあります。亜人ジラ族は、追跡者に対しての警告に、こんな印を描くそうです」
警告か。追ってきたら、どうなっても知らんぞ、という。
「ま、選択肢はないんだ。先に進むぞ」
さらに第3層を急いで進み、気づけば第4層に突入していた。
層のかわり目に案内板があるわけでもないが、やはり雰囲気というものが変わる。
それにまた、血の警告印を見つけた。
ある意味では、追いかけているルートに間違いがないと教えてくれているのだから、親切かもしれんな。
ふいに大きな空間に出た。
実は〈魔月穴〉は深くもぐるほど明るくなっていく。魔鉱石には暗闇で光る性質があり、この手のものは、深い層にほど産出されるものだ。
ところがこの大きな空間の上方に、宿屋くらいの大きさの生命体がつり下がっている。
しかも、大樹のようなものが八本、ぞわぞわと動いている。
「なんだろう、遠近法の問題かな。まるで建物のようにでかい蜘蛛が、蜘蛛の糸でつり下がっているように見えるのは?」
エンマが悲鳴をあげる。
「リクさん! こんなときに現実逃避している場合ではありませんよ! まさしく、怪獣のような蜘蛛型魔物です!」
そのとなりでは、ハンナがよりいっそうの絶望の表情でへたり込む。
「あんな化け物、討伐には冒険者の軍勢が必要……もう助からない」
ところで。スゥがレグの地下で『人間サイズ』のネズミに、ネズミ恐怖症が出なかった理由、なんとなくわかった。
ある一線をこえると、もうそれは別の生命体。
おれの場合、人間サイズくらいだとまだまだ蟲認識していたが、あそこまで巨大化されると、ガーディアンに対峙するような気分になる。
脅威ではあるが、蟲を見たときのおぞましさは感じないわけだ。
それにいまは、遠距離デバフ攻撃ができるしな。
《デバフ・アロー》を発射。
巨大な蜘蛛型魔物に、第四の型【冷たいものは冷たい】を付与。
効力は、凍結デバフ。
巨大蜘蛛が、凍結化。
さらにつり下がりの蜘蛛の糸が砕け、そのまま落下。
地面に激突し、凍結状態のままバラバラとなった。
「ああいう『ボス顔している敵』は、デバフの大好物だよ」
どちらかというと、数の暴力でこられるほうが不得意だ。




