93,怖い話は、怖い。
亜人たち連れさらわれた人たちを助けるため、急ぎで〈魔月穴〉探索を再開。
とにかく進行速度を優先するため、これまで以上に、蟲型魔物の不意打ちには注意しないといけない。
「ここで、襲撃がありました」
そう言ってハンナが示したのは、なんの変哲のない一角。
いや食事の残骸があるので、ここで小休止をしていたのか。
「あなたたちは、探索を追え、地上に戻る途中だったのか?」とおれ。
とくに何か深い意味があったわけではない質問。
ところがハンナは、なぜか動揺する。
「え? あの、そうです。はい、地上に戻る途上で、追っ──いきなり亜人たちの襲撃を受けました」
「そうか」
うーむ。いま、この女、『追っ』と言ったか?
つまり、『追ってきた亜人たち』と言おうとしたのか?
追われていたとして、ここで呑気に食事を取るものか?
第2層まで上がってきたので安心だと思ったのかもしれない。
ここまで亜人たちは追ってこないだろうと。
ではなぜ亜人たちに追われていたのか?
確かに亜人たちは、探索中の人間を見ると攻撃してくる。
だからといって、100体規模の集団で、逃げていく人間を執拗に追いかけたりはしないものだ。
何か、理由があるのではない限り。
「……急ごう」
問い詰めてもハンナは話しそうにないし、仲間が亜人たちに連れさらわれたのは確かのようだ。
仕方ない。いまは冒険者として、人命を優先するか。
天井の低いルートを進んでいるとき、エンマが「ひっ」と短い悲鳴をあげる。
「……なにかいま、天井を這っていきましたよ! 生理的に受け付けないものが……おぞましい蟲型魔物が」
「蟲というのは、そもそも生理的に受けつかないものだ」
まったく、人がせっかく、『ハンナたちが亜人に追われていたのはなぜか?』という考察をすることで、巨大な蟲どものことを忘れていたというのに。
スゥがふと思い出した様子で、
「そういえば二人とも、こんな『怖い話』は知ってる?
ある蟲型魔物に捕まった冒険者は、自分が食べられるものと覚悟したんだって。だけど何もされずに、解放されたんだ。その冒険者は、自分の幸運に感謝しながら、自宅に帰った。
だけどね、その日から冒険者の身体に異変が起きるんだ。はじめはお腹が、張っているだけだった。便秘かな? くらいに思っていたんだよ。
ところが、お腹はどんどん膨らんでいくんだ。毎日、毎日。ついにはち切れんばかりになって、ようやく病院に行ったんだ。緊急手術で切開したんたけど──
とたん、その冒険者の腹腔からは、大量の蟲が蠢きながら出てきたんだよ!!!!
そう。冒険者を捕まえたあの蟲型魔物は、寄生タイプ。冒険者のお腹のなかに、卵を産みつけていたんだねぇ」
おれは知っている。スゥが、場を和ませようとしたことを。悪気はないことを。
ただの空気の読めない幼馴染ということを。
だけど言わせてもらう。
「スゥ! なんで、おまえは、そーいう話しかできないんだ?!? そういうぞっとするようなことを。ここが、どこかの都市の安全な酒場とかならまだいいさ。ビールを飲みながら、そういう『怖い話』をするのも。だがなんだって、よりによってこの〈魔月穴〉で、そんなことを話すんだ?!」
エンマも激しく同意する。
「そうです、そうです、ふざけんなです! ふざけ、あぎゃぁぁぁぁぁ!!」
一体の蟲型魔物が暗闇から飛んできて、エンマにぶつかる。
仰向けに倒れたエンマの腹部に、蟲型魔物の尾が突き刺さった。
「きゃぁぁぁ! 卵を産みつけられているんですけどぉぉぉ!!」
《デバフ・アロー》発射。
エンマに産みつけ中の蟲型魔物を凍結させ、尾を腹腔から引き抜いた。
「誰か、剣を貸してください!」
スゥが予備用の短剣を貸すと、なんとエンマはみずから、自分の腹を裂いた!
内臓を引きずり出して、卵が産みつけられていないのを確認する。
「お、おい、エンマ、おまえ、なんてことを」
血まみれの両手で額の汗をぬぐってから、回復スキル〈戯〉で、腹の裂け目を再生する。
「卵、産みつけられる前で良かったですよ。凍結してくれてありがとうございます、リクさん」
「………ああ、別にいいぞ」
スゥが青い顔で言う。
「……リッちゃん、わたし、ちょっと気分が悪いかも」
「……おれもだ」
エンマって、もしかすると誰よりもタフなのかもしれん。ある意味では。




