90,第1層。
グルガ探索ルートの入口とはいえ、聖都とは約20キロの距離がある。
だから聖都に近づきがたい身としても、問題はない。
スゥ、エンマとともに、〈魔月穴〉入り。
表層エリアはまだ太陽光も入ってきており、蟲型魔物もほぼ出現しない。
しかしエンマはすでに失神しそうなので、この先が思いやられる。
それで少しばかり強い口調で、
「だいたいエンマ、おまえだって冒険者試験では、ここを潜っているはずじゃないのか?」
するとなぜか元気になったエンマが、
「わたしは天才的なヒーラーですよ! よってヒーラー特別待遇で、試験はスルーです」
「なんか腹が立つな」
スゥが先頭を進みながら尋ねてくる。
「ところでリッちゃん、第何層まで進むつもり?」
「ふむ」
この探索行は、かなり運ゲー。
そして望みは薄い。
会員№252が、ここで死んだかどうかも分からない。
巧妙な煙幕ということもありえる。
つまり、『〈魔月穴〉の探索に行き帰ってこなかった』ように見せかけて、どこか遠くへ逃亡している、という。
ただいまのところ会員№252に逃亡する必要性が見つからないことと、見せかけにしては手がかりが少なかったので、おそらく煙幕ということはないだろうが。
で、あって欲しいものだ。
仮に〈魔月穴〉でくたばっていたとしても、その死体が蟲の餌食になっていなければいいが。
それに探索者のなかには、放置された死体から金目のものを取っていく輩もいるし。
そもそも〈キー〉って、どんなものなんだ? そのまま鍵の形なのか?
「なんだか、ダメな要素が多すぎるな。とりあえず第三層まで潜るか」
〈魔月穴〉は天然のダンジョンであるため、明確な階層が存在するわけではない。
ただおおむね、ここまでの深度は何層という基準が決められている。
冒険者試験のときは、第二層までもぐったものだ。
だからせめて、そのときよりは深くもぐろうと。
ちなみに、深くもぐればその分、生還率も下がる。当然の帰結。
「いーやーでーすー! そんな深いところは、いーやーでーす!」
と駄々をこねていたエンマだが、やがて周囲から太陽光がなくなり、松明の光だけが頼りになったころ。
「なんだか、この押しつぶしてくるような暗闇、安心します」
と、謎のダンジョン適性を発揮してくる引きこもり。
その意外性に関心していると、カサカサという音が聞こえてきた。
これは、人のように大きい節足動物が這いよってきた証ではないのか。
そちらに松明を向けたとたん、影の中から、馬のようにでかいムカデが現れる。
ただの巨大ムカデではなく、全身を装甲で固め、人間のような腕が伸びて槍まで持っている。
正式名称は百足魔。
「蟲というのは、なんでこうも脚が多いんだ?」
鳥肌がたってくる。
となりではエンマが、いまにも泡をふいて気絶しそう。
一方のスゥは、感心した様子で、
「あんなに脚があるのに絡まったりしないのは、凄いよねー」
「とっとと退治しろ」
しかし暗闇が多くを占めるなか、百足魔の敏捷性は厄介。
スゥの戦剣〈荒牙〉が何度も空を切る。
「さっさと仕留めろ。蟲はごめんこうむる!」
《デバフ・アロー》を発射。
百足魔に命中とともに、減速デバフを付与。
百足魔の動きが鈍くなったところで、スゥが〈回転斬り〉で仕留めた。
「わぁ、リッちゃん! デバフ付与を矢にして飛ばせるようになったんだね! さすがだよ!」
「……ありがとう。にしても、マイリーがいてくれたら、とこんなにも思ったことはない」
と、百足魔のおぞましい死体を眺めてから、おれは呟いた。
スゥは誤解して同意する。
「マイリーさん、強いもんね」
「そうじゃない。あいつ、たぶん虫よけバフとか使えたはずだ」
「……さすがに、そんなピンポイントなバフはないと思うけど?」




