88,ダンジョン嫌い。
〈魔月穴〉はダンジョンといっても、ようは大地に空いた大穴。
どこの都市の領土でもないため、自由に探索することは可能。
ただし採取できるものといえば、魔法を使えぬ人間には用のない魔鉱石ばかりだが。
それでも最深部には、まだ見ぬ宝──的な何かがあるのではないか、といまでも探索チームが送られることはある。
冒険者ギルドは、この〈魔月穴〉を冒険者に入るための試験会場として利用している。
といっても、そうそう死んでもらっても困るので、上位階層の探索で済む内容だが。
ダンジョンなので、敵性生物は多い。
そこを巣穴にしている魔物──自然と蟲系が多い。
なにを隠そう、おれは虫が苦手だ。
一方ネズミは嫌いなくせに、虫は大得意なスゥ。
「けっこう楽しいところだったよね、リッちゃん?」
スゥとは同じときに受験したが、その年は受験者が多く、試験時も別々のパーティに入れられてしまった。
ちなみにそのパーティには、異常に強い少女受験者がいてくれたので、おれは何もせずに合格できたが。
そういや、あの子を見ないな。冒険者の一員として、どこかで活躍しているのは間違いないが。
確か名前は──。
「リッちゃん、なにを考えているの?」
「同じ試験パーティにいた女の子のことを」
「リッちゃんの浮気もの!!」
「なにを言う。おまえのことは魂レベルでいつも思っているぞ、スゥ」
「リッちゃん! アイラヴユー!!」
さて。この〈愉悦論の会〉の会員№252は、消息を絶った。
そしてその家には、〈魔月穴〉ダンジョンの探索を示すものが複数見つかっている。
これは、試しに行ってみるべきなのか、あのダンジョンに?
まったく心が浮き立つ話じゃないが。
「いや、これは結論を急ぎすぎるな。最終的には、この案も採用せねばならなさそうだが。まずやることは」
「やることは?」
「生首を盗み出す」
「……リッちゃんって、たまに変なことを思いつくよね」
──翌々日。
おれとスゥは、デゾンに帰還していた。
冒険者ギルド本部に向かうと、ギルマスのディーンが、とくに驚いた様子もなく言う。
「おや、想像以上に早い帰還だね。すべて上手くいったようだね?」
「いや、まったく上手くいっていないんですよ。なーにひとつ、うまくいってないんだから」
スゥが強調するように続ける。
「驚き桃の木山椒の木、タヌキのぽんぽこです」
「……スゥ、おまえは少し黙ってろ」
おれは抱えていた箱を、執務室のデスクにのせる。
「とにかくお土産です、ギルドマスター」
ディーンは眉間にしわを寄せてから、お土産の箱の内部をのぞき込んだ。
「これは、素敵なお土産だ。特産品かい?」
「考えようによっては」
ディーンは、防腐処置を施されてある、ノーラン(らしき)男の生首を取り出す。
これはおれとスゥで、死体収容所から盗んできたものだ。
もちろん、この男の死因は刺されたことによるもので、首はつながっていた。
ただ首だけ欲しかったので、死体損壊の罪を甘んじて受けつつ切断してきたわけだ。
「で、この人は、あなたの旧友ノーランですか?」
「リクくん。わが旧友の生首を、なんら警告なしに押し付けてくるとは。エレノラから、鬼畜性を受け継いだようだね。いや、あえて言っておくが、褒めてはいないよ?」
「つまり、ノーランで間違いないわけですね? 替え玉とかではなく?」
「ああ、そうだ。これは、我が友ノーランだ。さて、何があった?」
闘技場での一件を報告する。
ノーランが何者かに殺されたうえ、その殺人容疑をかけられてしまったと。
「そのわりには、歓楽都市ヴィグからの脱出は楽勝でしたがね。あそこは歓楽都市だけあって、人の出入りが激しいから」
さらに、ヴィグの鴎騎士の接触があったことも話す。
スプリング。鴎騎士団の指令で動いているのか、単独行動かは不明。
「スプリングは、ノーランが〈愉悦論の会〉なる結社に属していたこと。そこから抜け出そうとしたことで、殺されたと話しました。真偽は不明ですがね。
さらにスプリングは、〈愉悦論の会〉№252の会員の住所を教えたうえ、会員たちは〈愉悦論の会〉の集合場所に向かうことのできる〈キー〉を所持しているはずだとも」
そして№252の家には、彼が〈魔月穴〉ダンジョンに潜り、そこで死亡したことを示唆する証拠が見つかった。
ディーンはうなずいた。
「つまり、いまも№252の死体は、〈魔月穴〉内に放置されているかもしれない、というわけだね?」
「№252がソロで潜ったか、パーティで潜ったかは分かりませんが。まぁ、あそこで仲間の死体を置き去りにするのは、よくあることですしね」
「仮に死体が残っているのならば──その死体は、〈キー〉も所持しているかもしれないと」
「残念ながら、その可能性があるわけですよ。だから──」
「君たちの次の目的地は、〈魔月穴〉ダンジョンということだ」




