83,無双スゥ。
出場者の待合室へと続くゲートに、スゥが入っていく。
それを見届けてから、おれは観客席に上がった。
戦闘フィールドを囲うようにしてある階段状の屋外観客席。
そこの上のほうが、チケットの指定席だった。
そこの席に腰かけて、どこからかこちらを見ているだろうノーランを探してみる。
ノーランの容姿は、ディーンから聞いてある。それとお互いが本物であることを示す合言葉も。
さすがに今回は、グウェンのときのような偽者と遭遇することはないだろう。
手持無沙汰なので、売店でポップコーンを買って、席に戻る。
しばらくして闘技大会が始まる。
観客を楽しませることに特化した闘技大会。
名のある戦士ばかりが出場する場合、トーナメント方式が採られる。
一方、今日は『その他大勢』の者たちしか出場していないらしい。
よってバトルロイヤル方式が採られる。つまり、50人ほどで一斉に戦い、戦闘フィールド上に最後まで立っていた者が勝者。
そんな説明を、近くの席の観光客から聞く。
ははぁ。
これはスゥをスカウトした者、スゥの実力を見抜いたわけではなく、単純に戦剣を装備していたから声をかけたな。
その装備しているものが、戦剣であることも分からなかっただろう。
なんだ、面白味のない。
まず戦闘フィールドにあがったリングアナウンサーが、観客たちの熱狂をあおる。
説明好きの観光客によると、たいていバトルロイヤル方式の決着がつくまで、一時間はかかるそうだ。
そのころには、出場者たちは全身から血を流し、なかには死者も出る。
そうして観客たちは、暴力に酔いしれるのだとか。
「あー。スゥをスカウトした運営委員、これは解雇ものだな」
出場者たちが、戦闘フィールドに上がる。
それぞれが斧や大剣などの武器を持っている。たしかに、このまま乱戦となれば、かなり暴力沙汰になるだろう。
そこにスゥがいなければ、だが。
出場者の一人、どんな状況でも、スゥはやる気満々。
リングアナウンサーがノリノリで、
「これより第2015回闘技大会を開催いたしまーす!」
さすが観光の目玉、回数が多い。
大歓声!
で、すぐに終わった。
さすがに戦剣〈荒牙〉は鞘におさめたまま、スゥが駆け抜ける。
その走り抜けたあとには、『峰打ち』された出場者たちが、どんどん倒れていく。
あっというまに走り終わり、汗ひとつかかず、スゥは腕組みした。
おそらくスゥの感想は──
──(あれ。手ごたえがないぞ)
静まりかえる観客たち。
唖然呆然とするリングアナウンサー。
第2015回闘技大会は失敗か?
と思った矢先、次第に観客たちから歓声があがり、これはこれで熱狂に包まれる会場。
まぁ、スゥの無双は見事だったものな。
これはこれで歴史を作ったか。
ふと観客席の通路を、一人の男が足早に移動していく。
その背中を見て、おれはディーンから聞いていた容姿を連想する。
いまのは、ノーランか?
しかし、なぜこっちに接触しにこない?
おれは席から立ち、追いかけた。
出口へと向かう、会場内部の通路に入る。
観客席とは違い、いまここにはひと気がない。
さらにいえば、ノーランの姿もない。
いや、トイレの扉がある。
その中に入ると、小便器が並んでいる前に、男が倒れていた。
背中から血を流しながら。
その凶器は、近くに転がっている短剣だろう。
おれは男のもとに駆け寄り、背中の出血箇所に手を押し付け、止血を試みる。
「ノーランさんですか? しっかりしてください。ちょっと誰か──都合よくヒーラーとか、いませんか?!」
声を聞きつけたのか、通路から男女のグループが、様子を見るため入ってくる。
とたん、そのグループ内の女が叫んだ。
「きゃぁぁ、人殺し!」
するとグループの仲間も続く。
「そいつだ、そいつが殺したんだ!」
「誰か、殺人犯がそこにいる!」
と、何が問題って、おれを指さしていることなんだが。
「……いやマジで勘弁しろ」
見ると、止血の試みもむなしく、ノーラン(?)は絶命していた。




