81,旧友。
しばらくは、平穏無事な日々が続いた。
毎日、ゴブリン討伐クエストばかり。
どうやらデゾン周囲には、ゴブリン残党がたくさんいるらしい。
連中も、野生動物でも狩ったりして、好きに暮らしているのなら放置もできるのだが。ゴブリンの主食が人肉なので、そうも言っていられない。
このまえ、解体した人肉に塩胡椒ふりかけている現場に遭遇したときは、さすがに吐き気がしたな。
その晩は鹿肉ステーキ食べたけど。
ところで平穏無事とは言ったが──。
スゥは拗ねているし、エンマは相変わらず引きこもっているし(そして要求だけは多い)。
そう考えると、たいして平穏無事ではないのかもしれない。
ある日。
〈暗闇荒地〉の師匠から手紙が届いていた。
実は中立都市レグから帰還してすぐ、アンガス戦での《デバフ・アロー》による支援攻撃の礼をしたためた手紙を送っていた。
ただ返事があるとは思わなかった。
「どれどれ」
便箋には短い返信文が記されていた。
──『デバフ付与スキルはまだまだ先があるのだよ。わたしは、あなたのさらなる飛躍に期待している。進化するのだー!』
これはつまり、《デバフ・クリエイト》スキルにさらなる磨きをかけろ、という励ましの言葉か。
さらにいうなら、もう支援攻撃なんて撃たせる仕事を作らないこと、という厳しい言いつけの気もしてきた。
「了解です、師匠」
にしても、そろそろ平穏無事(?)な日々も終わりを告げそうだが。
別に、師匠からの手紙が予兆というわけでもないが。
はたせるかな翌日、冒険者ギルド本部に行くと、ギルマスの秘書官から呼ばれた。
ギルマスの執務室に行くと、リュートの姿がすでにあった。
「リュート。ついにお前も前線に出るのか。五分で死ぬのに500万賭けるわ、おれ」
「はっはっ。リク、オレは最後まで後方支援要員だよ。今回も、ギルドマスターからは『エンマを歓楽都市ヴィグまで輸送する』クエストを受けただけだからね」
輸送とは、また。
「そうか。ついにエンマも、我が家から巣立つか……しかし、どうして歓楽都市ヴィグに?」
「それは私から説明しよう」
と、ギルマスのディーンが言う。
寝ぐせはなおらないが仕事だけは早いリュートが、「じゃ、オレはさっそくクエストを開始します」と言って退室する。
それを見届けてから、おれはディーンに尋ねた。
「もしかして、おれとスゥも歓楽都市ヴィグに派遣されるんですか?」
ディーンは、いつも通り何を考えているのか分からぬ笑みを浮かべる。
「察しがいいね。今回は、リク、スゥ、エンマの三人パーティで臨んでもらいたい」
「だから先んじて、リュートにエンマを『輸送』させておくわけですか。確かに、おれとスゥじゃ、エンマを引きこもり部屋から出すだけで日が暮れそうですが……。いっそリュートもパーティに加えてくれればいいのに」
「彼の才能は、完全に後方支援向きだからね。それと、今回は冒険者ギルドの命令というより、私個人からの依頼だと思ってくれ」
「ギルマス個人からの依頼? それは報酬が髙そうだ」
スゥがすかさず肘打ちしてきた。
「リッちゃん、がめつすぎ。ギルドマスター。もちろん、わたしたちはギルドマスターのため、無償で依頼をこなします」
「タダ働きはしないぞ」
ディーンがおかしそうに言う。
「もちろんタダ働きさせる気はないよ。今回は、歓楽都市ヴィグにいる、私の旧友を訪ねてほしい。何やら困った事態に巻き込まれたそうだ。助力を頼む手紙が届いた。ただし、手紙では詳しいことは書けないとも。たとえ暗号文を使っても、誰が盗み読みするか分からないからね」
「はぁ。つまり旧友のかたに会うだけで、いいんですね?」
「そして、何に困っているのか聞き、適切に対処してほしい」
おれは疑わしい気持ちで、念押しで尋ねる。
「本当に、その旧友さんが何に困っているのか、まったく見当もつかないんですね?」
「ああ、もちろんだ」
と、誠意をこめた口調で、ディーンが答える。
しかしなぁ。
何に困っているか分からないと言いつつ、SSSランクのヒーラーであるエンマをパーティ入りさせてくるというのは。
ろくでもないことが待っているんだろ、これ。




