76,その肩書きは、やめて。
結果的にマイリーを追い払ってくれたルテフニアは、戦剣をおさめつつ、疑わしそうな目をスゥへと向ける。
「先ほどの話は本当なのか? 貴様が、いま〈封魔〉スキルを所持しているというのは?」
スゥは頭をかきながら、なぜか照れ笑い。
「えーと。そうらしいんだよね、てへへ」
確認を求めてか、ルテフニアの視線がおれへと向けられる。
いまさら隠し立てしても仕方ない。
「そうなんだよ、てへへ」
ルテフニアはしばし考えこんでいたが、やがて何か思考のケリをつけて言った。
「……信じよう。貴様たちと行動したことで、貴様たちが悪人でないことは分かった。善人といえるだろう。少々、考えなしだが」
スゥがおれを見やって、
「ほら、リッちゃん、言われてるよ」
「いや、だいぶ、お前のこと──ルテフニア。事情を説明させてくれ。フライアは〈封魔〉スキルを、次の神聖聖女へと移譲することを望んだ。おれとスゥも協力したんだ。しかしある事故によって、スゥに〈封魔〉スキルが移譲してしまった」
実際は、グウェンの偽者の仕業だが。
この件は、いまはまだ明かすことはないだろう。
そもそも、いまはおれたち冒険者ギルドの信頼性が問われているときのように感じられるからだ。
「私も自分の身分を隠していたのだから、貴様たちを責めることはできない。ふむ。だが、そうなるといまや、貴様が神聖聖女ということだな、スゥ」
スゥがきょとんとした顔で、
「……え、そうなの? 聖都の評議会の人たちは、否定すると思うけど」
「我々は、我々の定義によって判断する。神聖聖女とは、聖都評議会がそれと認めた者のことを言うのではない。女神の力、すなわち〈封魔〉を継いだものをいう。貴様のことだ、スゥ」
スゥは困った様子で、おれを見やった。
スゥが〈封魔〉スキルを所持している以上、いつかこの手のことが起こると思ってはいたが。
「ルテフニア。〈封魔〉スキルをそこまで重要視するのは、なぜなんだ? ハーフディアブロという種族にとって、〈封魔〉はどう影響を及ぼす?」
「それについては、改めて話そう。私は交渉事は得意ではない。ゆえに単刀直入に言おう。リク、スゥ。二人には、わが王国エルに来てもらいたい。そちらの立場は、人類の外交代表としよう」
「人類の外交代表? それは肩書きが重すぎる!──そもそも、そっちだけの都合で決められるものじゃないしな。いったい人類の都市がいくつあると思っているんだ。ただ、冒険者ギルドの代表としてならば、訪ねることができるかもしれない」
いずれにせよ、おれとスゥには荷の重い話だが
ルテフニアはうなずいた。
「それで構わない。では、そちらの準備が整ったら、連絡をくれ」
連絡方法を告げてから、ルテフニアは立ち去った。
おれとスゥはしばし顔を見合わせていたが、ふと別件を思い出す。
「……ところで、エンマはどうした?」
魚屋兼冒険者出張所に向かう。
アンガスとの戦闘に入るときスゥを呼びに行かせてから、戻ってきていなかったエンマ。
いまは無事に引きこもりに戻っていたことが分かり、安心。
引きこもり扉の向こうから、エンマの揺るぎない声が轟いた。
「わたし、もう外には出ていきませんからねっ!!! あんな、怖い、思いは、勘弁です!!」
「分かった分かった──今回のクエストでは世話になった。切断された腕もつないでもらったしな。これからは思う存分、引きこもっていてくれ。じゃ、また縁があったら会おう」
魚屋を出てしばらく歩いていると、意外な知り合いが向こうから歩いてきた。
長身の同世代の男で、橙色の髪はいつも寝ぐせで乱れている。おれでさえ、寝ぐせくらいは治すぞ。
冒険者の中で、数少ない顔見知り。
「リュート。珍しい奴を見かけたな。しかもこんなところで」
「よっ、リク。それにスゥちゃん。仕事だよ、仕事。君たちと違って、オレは雑用が主なんでね~」
「どんな仕事だ? もう破壊工作の件は片がついたぞ」
「だぁから、そういう壮大なクエストじゃなくて、もっとこじんまりしたものだって、オレに与えられるのは。たとえば、人事異動を見届けにくるとか」
「人事異動の見届け? そんなことのために、わざわざ派遣されて──あー、そういうことか」
人事異動を命じられた者が、引きこもって拒否しているわけか。
「エンマを連れ出しにきたのか」
「そういうこと。ヒーラーとして、そろそろ実戦に出てもらおうということらしいね。じゃ、オレは行くよー」
リュートを見送ってから、おれはスゥに言った。
「どうせ実戦に出るなら、エンマは欲しいよな」
「ギルドマスターに交渉しよう、リッちゃん!」




