73,『デバフ解除』キャンセル。
南南西の彼方から。
一本の薄紅色に輝くエネルギー矢が、飛んでくる。
なんだか、やる気の感じられない速度で。
そのエネルギー矢の目標はアンガスのようだ。
アンガスは、軽々と躱すも、エネルギー矢はぴたりと止まり、その矢先をアンガスに向けなおす。
そして、渋々といった様子で、アンガスへと向け、再度、飛んでいく。
スゥがそばまで来て、エネルギー矢を指さした。
「リッちゃん、あれ、何? アンガスを追尾しているようだけど?」
「おそらく師匠が送ってきた、何か」
「え、リッちゃんのお師匠さんが?」
方角としては、〈暗闇荒地〉方面から飛んできた。
それに、あのエネルギー矢の正体は、師匠の《デバフ・アロー》。
おれの場合、物理攻撃判定を発動条件とするデバフ付与がほとんど。
一方、師匠はもちろん、そんな『メンドクサイ』ことはしない。
そのため生み出したのが、デバフ付与を撃ちだすエネルギーの矢。
そして外すという面倒な事態も嫌なので、完全ホーミング制。
おれもその領域を目指したが、結局、辿り着かなかった。
アンガスが氣をかためた拳を、《デバフ・アロー》へと向ける。
これを新たな挑戦としたか、愉しそうに笑いながら。
「面白いじゃないか、お若いの。追尾してくるなら打ち落とせばいい」
氣の拳を、《デバフ・アロー》へとぶちあてる。
なるほど。デバフ解除状態にした拳で、か。
この男、何度かデバフ付与を受けただけで、人体の氣の流れを変えることよって、デバフ状態を解除する術を編み出した。
いまや、それを好きに拳に乗せることができるとは。
《デバフ・アロー》が消滅する。
スゥが嘆いた。
「ああ! せっかくの、リッちゃんのお師匠さんからの援護攻撃が!」
師匠。あの怠惰な師匠が、弟子であるおれのために、援護用の《デバフ・アロー》を撃ってくれたなんて……
いや感動はしているけど、あとが怖いんだが。
アンガスが新しいタバコに火を点けながら、満足そうに言う。
「この程度かお若いの。そっちの切り札は?」
スゥがあらためて戦剣〈荒牙〉を構える。
このときアンガスを挟んで、反対側にはルテフニアがいる。挟撃できる位置。
おれはスゥの耳元で言った。
「スゥ。師匠の援護攻撃は意味を成した。だから勝利を信じて戦え」
「え、うん分かったよ、リッちゃん!」
師匠のデバフは、ちゃんとアンガスに付与されている。
アンガスは気づいていないが。
アンガスは元モンクであり、氣を極めたことで、はからずも『デバフ解除』の力を得た。
師匠はどういうわけか、そのことを予期していたらしい。
だから師匠は、『デバフ解除』を不可能とするデバフを、《デバフ・アロー》で放ってきた。
アンガスとしては、この《デバフ・アロー》を避けつつ、おれたちと戦うべきだったな。
だが自らの氣の力を過信したあまり、《デバフ・アロー》を打ち落すという愚を行った。
まぁ、この状況を、こっちが生かせなきゃ仕方ないが。
「アンガス──」
と、新たな人物の声が呼ばわる。
アンガスがちらりとそちらを見やり、新しい愉しみが増えたとばかり、にたりと笑う。
そういやこのおっさん、激しい戦いの中も、サンダルが脱げてないな。それだけ余裕だった、ということか。
マイリーが悠然と歩いてきて、おれのそばまで来た。
「リク。アンガスを仕留めるわよ」
「いいのか、お前の同僚だろ?」
マイリーの返答は簡潔明瞭だった。
「あの男のやり口は、あたしの美学に反する」
「じゃ、やるか」




