70,落としどころ。
先に言っておくと、おれも考えなしではあった。
そこは認めるよ、本当に。
〈王〉と、〈紫陽夢〉のリーダーを、同時に凍結状態にしたらどうなるのか、というね。
凍結デバフには、生命維持に問題がないバージョンがある。ゆえにおれは『一時的に凍らせたけど、健康に問題なし』と分かっている。
しかし、おれのデバフ能力など知らぬ、まわりにいた〈王〉の軍勢や、〈紫陽夢〉のメンバーたちはどう思うか。
──俺たちのリーダーが氷漬けで殺されてしまった!
と誤解するのも、無理はない。
というわけで、大いなる混乱が起きた。
殺気だつ軍の兵たちと〈紫陽夢〉メンバーたち。
「おっと。これはしくじったな」
慌てず騒がず──デバフ付与能力で大事なのは、心を静めていること。
凍結を解除する。
とたん双方の者たちが動きをとめ、唖然としてそれぞれのリーダーを見据える。
一方の当事者二人は、互いに溜息をついて、武器をおろした。
〈王〉のハーランが、愉快そうに言う。
「面白い体験だったな、ヴェンデル? 氷漬けにされて、少しは頭も冷えたか?」
対するヴェンデルは鋭い眼光をハーランに返す。
「真の敵に踊らされ、おれたちの拠点を掃討しにきたのは、貴様のほうだろう」
「ああ。〈王〉として動かなければ、この玉座から追放されてしまうんでな。だからこそ、状況を好転させるための種を撒いておいた。そうだろう? 異郷の冒険者?」
やっと、おれの出番か。
「ええ、そうですよ王さま。さ、このクリスタルを見てください。これは地下の拠点から発見した暗号解読器用のクリスタルです。この刻印からして、コア機関のものであることが明らかです。つまりこのことから、『コア機関の構成員がレグの地下に潜んでいた』ことは証明できます。
もちろん。これは状況証拠に過ぎず、破壊工作の真犯人がコア機関の者、とまで言い切れるわけではありませんが」
「ああ。だが議会のジジイどもを黙らせるくらいの証拠にはなる。感謝するぞ、冒険者どの」
「まぁ、善行を積むのが趣味なので──いや、ほんとにね」
おれは一歩引いて、ハーランとヴェンデル、旧友たちに会話の場を譲った。
ヴェンデルが苦々しく言う。
「ハーラン。貴様は〈王〉となり、この都市の格差社会を変えると約束したはずだったんだがな」
「ふん。俺が何もせずにだらけていると思っているのか。いいか。格差を構築するにいたった経済体制というものがある。そこを変える必要があるし、それには時間がかかる。革命を起こして、どかんと変えるわけにはいかないんだ」
ふとハーランが、何やらいいことを思いついた、という顔をする。
それから、にやりと笑って、自身の首を示し。
「それとも、ここで俺を殺してみるか、ヴェンデル? 革命を起こすなら王を討て。レグが建都して以来、統治者は王の名を冠されてきた。その王を殺すことで、何が変わるか試してみるか?」
ヴェンデルは背を向ける。
「貴様が何も変えていないと確信をもったら、そのときはおれが自ら、その脆弱な命を狩りとってやる。だがそのときまで、貴様の首は預けておこう」
「いいのか、ヴェンデル。そうか。じゃ、帰るぞ、ケイ。コア機関の奴らを問い詰めなきゃならないからな」
「はっ。閣下」
影のごとく──文字どおり影になることができるケイが、ハーランに付き従う。
そのさいおれと視線をあわせ、感謝の意をこめて頭を下げてきた。
おれはヴェンデルに顔を向けて尋ねた。
「ひとまず状況はおさまったが?」
「ああ、お前のおかげだ、感謝する」
「だが〈紫陽夢〉メンバーは納得するかな? 〈王〉軍によって、だいぶ拠点をやられたはずだ。犠牲者も出てるいだろう」
「確かに一部に遺恨が残ったのは事実だ。だがおれがハーランの命を取らなかった意味も理解できるはず。おれはそう信じている」
「あんたがハーランを殺さなかった理由か──つまり、いまの〈王〉に賭ける、ということだな? ハーランによって、レグの格差社会が大きく改善されることを」
「もともとおれたちは暴力に訴えるような組織ではない。反政府組織という烙印も、上層エリアの議会の連中が勝手につけたものだ。ハーランはまず、議会のじいさんどもを黙らす手を考えねばならない」
なるほど。結局、〈王〉だからといって、何でもやりたいようにできるわけではない、ということだよな。
「とにかく、これで一件落着か──?」




